チャプター65
〜王城 中庭 竜王杯会場〜
それまでは一番高いところの王族席の、それも中央に設けられた席から観戦していた国王が、今日は武舞台に直接姿を現した。
観衆が見守る中、分厚いマントを引きずりながら、堂々とした足取りで、その中央に歩み出る。
民衆がこれほど間近に国王の姿を見る機会など、ほとんどない。あるとすれば、時折ある大きな式典の際に遠巻きに見るくらいだ。それは安全上の理由もありどこの国でも敷かれているやり方なのだが、それだけに、国民と物理的に近い距離で姿を現すことは珍しい。
決勝に対する運営側の意気込みの表れのようなものを感じるが、その内側にある思いが、イベントごとを盛り上げる目的なのか、騎士団に対する叱咤なのか、観客の目線からはそれを窺い知ることはできない。
ただ一つ、今まで以上の盛り上がりを見せただけだった。
「今この場に集いし国民たちよ! そして騎士団の勇士たちよ!」
国王の登場で再びざわめいた会場が、また再び静まり返る。せっかくのこの距離での国王の言葉を聞き漏らすまいと思ったか、不敬罪で処罰されないようにと思ったかはわからないが、観客たちは皆、一挙手一投足に目と耳を集中させている。少なくとも、この国の『王様』はまだまだ強い崇敬を集めているようだった。
「余はこの国の王として、そして今大会の主催者として、この日を迎えられたことを心より嬉しく思う。皆もその思いに変わりはないのではないだろうか。まして、決勝に勝ち上がったもののうちの一人は貴族出身の騎士ではない。平民出身の一般の兵士である。皆の中には貴族出身の騎士だけが勝ち進むような展開では面白くないと思っていたのではないだろうか。装備も鍛錬も劣ると思われていた平民出身者が勝ち進んだことは、余としても大変嬉しく思っているところである。もちろん、より余に近いところで国を守護する騎士たちの活躍も喜ばしく思っている。どちらの者も、対立する立場ではない。大会終了のあかつきには、役割の差こそあれ、手を携えてこの国を守るために尽くしてほしい。前置きが長くなってしまったが、いよいよ長らく開催してきた今大会も最終日である。皆、最後の試合を存分に楽しむが良い! もちろん、余も心から楽しみにしている!」
かつて、国王がこれほど長く国民の前で言葉を発したことがあろうか。記録こそ残っていないが、この国の歴史上においても初めてのことかもしれない。それほどまでに、今日この時のこの最終日に寄せた言葉は異例であり、貴重であった。
国王が城内に下がると、再び観客席にざわめきが戻る。
☆☆☆
「はぁ〜。王様があんなに長く話してるの初めて聞いた気がするよ」
特別席で聴いていたフォルクローレも、素直な感想を漏らす。直接謁見したことのあるフォルクローレですらこうなのだから、周りの観客たちの驚きはひとしおだろう。
「んー、でも、貴族の人たちは心配してるみたいだね。あんなに長くお目見えするなんてとか、何かあったらどうするんだとか。やっぱり、王様はあんまり民衆の前に軽々しく姿を見せるものじゃないっていう意見も根強いのかな」
「え、そんなこと言ってるの? 聴こえたの? それって、やっぱり人間より優れた聴覚の方の話?」
会話の内容もそうだが、フォルクローレにはエルリッヒが自分には聴こえない声を聴き取っていることにも関心を示した。こういう、本筋ではないところに関心を示してしまうのが、フォルクローレのフォルクローレたる所以なのである。
エルリッヒは言葉で返すまでもなく、柔らかい笑みを浮かべたままこくりと頷いて返す。自分が人間以上の聴覚を持っているからこそ聴き取れたのだということは、それで十分に伝わる。
「はぁ〜、やっぱすごいねぇ。羨ましいよ。や、それとも、普段の物音がうるさくて耳障りに感じちゃう?」
「それは、聴こえ方の調節ができるから平気。普段は普通の人間と同じくらいのはずだよ。それより、貴族連中はあんまりよく思ってない人も多そうっていうところだよ。王城も一枚岩じゃないってことくらいは分かってるつもりだったけど、このご時世にそういうのは、ちょっと不穏だよね。王様、これだけ慕われたら心配いらないとは思うけど、政治や税制に不満を持ってる人もいないわけじゃないだろうから、理解できないってことでもないんだけど」
色んな国で暮らしてきたエルリッヒだからこそ、歴史を問わず各国で共通する事情というものは理解できる。どの時代のどの国でも、大なり小なり国政に不満を持っている者はいるのだ。どれだけカリスマ性のある国王であっても、どれだけ後の世で評価の高い善政を敷いた時代であっても。だから、客観的に見ても平民にとって暮らしやすい政治を敷いている今のこの国でも、そこに不満を持つ者がいることは理解できるのである。それもちろん、善政からすら取りこぼされた貧民かもしれないし、逆恨みの類かもしれないし、詳細な事情は知りようがないが。
「不満、かー。ここよりもっと酷い国もあるのにね。あたしも、その辺は色んな国を渡り歩いてきたから多少は知ってるよ? 治安の悪かった国もあれば、住むところのない人の多い国もあったし、よその国に攻め込む気満々の国もあったし。そういう国で王様が顔を見せるのは危ないと思うけど、この国でそれっていうのは、ちょーっと考えすぎな気がするなぁ」
「だよね。何事も匙加減って言っちゃったらどうしようもないんだろうけど、少なくとも観客席に入る時に手に持つ検査はされるわけだし、物騒なことにはならないと思うんだよね。試合予定のない兵士の人たちもそこそこたくさん配置されてるし、最前列からでもそれなりに距離はあるし」
貴族といっても武官もいれば文官もいる。だかた、そのあたりの安全や危険に対する知見や理解も、様々だろう。それぞれが一方的な意見しか言えない状態にあるのも、それはそれで理解ができた。だが、こそこそと陰口でも言うかのように批判するのはあまり感心しない。そもそも、今回のお目見え自体、場内ではそれなりに議論が尽くされた上での決定だったのだろうから、それに口を挟むことができるのは、議論の場でも反対意見を唱えていた者たちくらいだ。そう考えると、議論の席にすら加われなかった貴族連中のやっかみと捉えることもできるかもしれない。
「実情がどうあれ、私たち平民にはどうもこうもないんだけどね」
「エルちゃん、それを言ったら元も子もなくない? あたしとしてもめちゃくちゃ同意見ではあるんだけど。ちなみに、その辺竜社会はどうなの? やっぱ、演説の場で反逆者的な竜がいたら問答無用で焼き払っちゃうの? それか、食べちゃったり?」
試合が始まるまでにはまだ時間があるらしく、観客たちが三々五々談笑を繰り広げる中、フォルクローレも例に漏れず、話の軸をずらしてきた。まさに雑談の類の話題と言っていいだろう。だが、好奇心に満ちた青い瞳は好天のせいもあってか宝石のように輝いており、心からの興味で質問していることがよくわかる。
「食べないし焼かないよ。そもそも、私たちだって同族は食の対象じゃないんだから。竜社会は、法律も税金もないんだから、そう言う不満はほとんど出ないんだよ。もっと手前の話として、ご先祖様が竜殺しの勇者を倒したっていう事実、つまりは力で決定された王族の立場なんだから。一応国民って言っていいのかな? 国民に当たるそこらの竜たちだったら、誰と戦っても私の方が強いんだし、私より強いお父様になんか、絶対勝てない。ほとんどの竜はそれをあらゆる意味で理解してるから、謀反みたいなことは起こらないね。人間社会とは違いすぎて、参考にならないでしょ?」
「うん! でも、めっちゃ興味深かった! そう言う些細な話、やっぱすっごい面白いよ!」
これはこれでフォルクローレの好奇心を刺激してしまったのかもしれないと思うと、少し複雑な思いのするエルリッヒであった。
決勝の試合は、まだ始まらない。
つづく




