チャプター63
〜王城 城門前の跳ね橋前〜
「は。ゲートムント、何言ってんの?」
ゲートムントによる思いもよらない一言につい固まってしまった一同だったが、沈黙を破ったのは他ならぬフォルクローレ本人の冷たく突き放したような言葉だった。
「お、おいおい。そりゃねーって。普通褒められたら喜ぶところだろ? なんで俺がおかしいみたいな受け取り方になってるんだよ」
「いやだってさー。それに、ゲートムントはエルちゃんのことが好きなんでしょ? やっぱり変だって。それに、普段ならそういう気の利いたことを言いそうなのはむしろツァイネの方じゃん。ほら、変でしょ?」
「いやいや、俺だって今日は可愛格好してるなぁとは思ったよ? でも、会話には段取りってものがあるでしょ? まずは挨拶をして、それからそう言う話題に入る、みたいな。だから、俺が話題に出してなかったのは、単なる順序の話だって。ていうか、エルちゃんこそ黙ってて、どうしたの?」
先ほどから、エルリッヒだけは口を開いていない。ただ黙ってニヤニヤと笑みを浮かべているだけ。どちらの側に立つのであれ、普段ならば積極的に会話に参加してくるはずなのに。
「いやぁ? 私はゲートムントがそうやって反応してくれて、心から嬉しく思っていただけだよ」
「心から嬉しく? 自分への好意が逸れて嬉しい、みたいなところ? それとも、何か別の理由?」
ツァイネはまだ真意を図りかねていた。もし、エルリッヒが自分への好意がフォルクローレに向いて嬉しい、と言うような理由だったのならば、それはあまりにも辛い。少なくとも、自分たちの好意を快く思っていないということになってしまうから。とはいえ、本人の口から聞くまでは何も断定はできない。希望を捨てるのはまだ早いと、気を取り直す。
「いやいや、そこまで冷たい女じゃありませんて。今ゲートムントがフォルちゃんに見惚れたのは、可愛かったからでしょ? 今日のフォルちゃんは、私がコーディネートしてあげたのです!」
「してもらったのです!」
「なんだ、そう言うことか。よかった〜。つまり、自分のコーディネートがゲートムントを虜にできて嬉しいってところだよね?」
「そ、そっか、そう言うことか。あ、安心したぜ……」
男二人はほっと胸を撫で下ろす。確かに、今日のフォルクローレは普段見ないような服を着ており、尚且つ髪も二つ結びのおさげにしている。見慣れた錬金術士の法衣もそれなりにファッション性の高い服装だったし、いつものポニーテールに錬金術士の正装らしい冠のようなものも似合ってはいたが、普段着は新鮮さもあって、とても印象的だった。髪型も同様に、決して凝った髪型ではない。むしろ素朴ですらあるのだが、それがまた新しい魅力を放っていた。いや、本来の魅力を引き立てていると形容した方が正しいのかもしれない。
「どう? 可愛いでしょう。今日はせっかくの決勝戦、最後だからと思って、私の服から見繕って、髪も可愛く見せるために思案を凝らしました。結果、シンプルだけどすごく可愛くなった、というわけ。服に関しては、背丈が近いのが幸いしたね。こればっかりは差が大きいと着回しができないから」
「着せ替え人形になった気分だったけどね。それに、背丈は確かにそんなに変わらないけど、体型は微妙に違うから、実はちょっとだけキツい……」
「えっ、それってどういう……」
「まさか、太……いや、悪ぃ悪ぃ。でも、そんなにか?」
さっきまでの自慢げな笑顔から一転、フォルクローレの表情がわずかに辛そうなものに変化した。おしゃれとは時に我慢も必要なのだ、とは聞いていたが、自分が我慢する立場になることは一切想定していない。
「ほら、そう言うことを自分から言わない言わない。それに、普段お店で動き回ってる私の方がエネルギー消費が多いのは当然でしょ」
錬金術士も大釜をぐるぐると回したり、かごいっぱいの素材を背負って採取活動に励んだり、台車いっぱいに重たいアイテムを積んで依頼主に納品しに行ったりと、それなりに力仕事はあるのだが、何しろ根がズボラなフォルクローレのこと、消費カロリーという観点ではエルリッヒには及ばないのだった。そこに加え、普段の栄養バランスもフォルクローレの方が悪い。今が例外なだけで、普段は日常生活の全てにおいてフォルクローレの方が体型には不利なのだった。
「や、そうだけどさ、そうだけど、ほら、それだけじゃなかったじゃん? ま、まあ、別に動けないほどじゃないし、服がはち切れるほどでもないから、普段通り過ごすことはできるんだけどね。でも、可愛い格好も楽じゃないってことは確かだよこれ」
「全く、何言い出すかと思ったらこんな余計なことを言うとは思わなかったよ。今の話は、フォルちゃんが大袈裟に言ってるだけだからね? 二人だって、今までフォルちゃんのこと見てて、太ってるとは思ってなかったでしょ?」
「まあ、それはね」
「だな。っつーか、普段の格好の方がよっぽど露出が多いけど、太ってるって思ったことはなかったな。いや、あんまそう言うこと意識して見てなかったっつーのもあるけど」
フォルクローレはその性格からか、二人からはあまり異性としては見られていなかった。それがエルリッヒには少々もどかしく思っていたので、いつか持ち前の素材の良さを意識させたいと企んでいた。だから、今こういう話ができていることが嬉しくてたまらない。
どちらにせよ、自分とはいつまでも同じ時間は生きられないのだから、どれだけ好意を向けられても応えることはできない。その気持ち自体はありがたいだけに、ずっと心苦しく思っているのだ。
「これからは二人とも意識してみてあげてよ」
「ちょっ! エルちゃん何言ってるのさ! あたしはそんな風に見られたいわけではなーいっ!」
「そう言うところ、フォルちゃんらしいよね。普通女の子として意識されるのって、嬉しいものじゃないの?」
「だよなぁ。流石の俺もそれくらいはわかるぞ。それとも、実は俺たちのこと嫌いとかか?」
これだけパーティのように一緒に過ごしているのに嫌われていたのだとしたら流石に悲しい。ゲートムントとツァイネは互いの顔を見合わせ、もしかしたらの可能性に軽く肩を落とす。
「いやいや、違う違う。別に二人のことを嫌いなわけでは、ない。ただ、あたしは自分がかわいいかどうかとか、そう言う色恋みたいな浮ついた話とか、そういうのがどーでもよいだけ。優れた錬金術士でいられればそれでいいのだ。ま、たまにはこう言うかわいい格好をするのもいいけどね。それだって、自分じゃよくわからないからこうしてエルちゃんに見立ててもらってるわけだし」
「これからもどんどんフォルちゃんを可愛くしていくから、楽しみにしててよね1 って、それはそうとそろそろお城に入ろうよ。思いの外長話しちゃったし」
「そうだね。フォルちゃんがかわいい格好してたからつい盛り上がっちゃったよね」
「だな。っつーか、最初にきっかけを作ったのは俺か。悪い悪い。もしこれで遅刻なんてことになったら、申し訳なくてお詫びのしようもねーよ」
時間についてみんなから色々と言われているゲートムントは、ついつい神経質になってしまう。が、挨拶ついでの雑談など想定の範囲内。この程度で時間に遅れるようなスケジュールの組み方はしていないのだ。この辺りは流石にエルリッヒとツァイネの采配である。
「心配しなくても大丈夫だから。さ、行こう行こう。おはようございます〜」
一行は跳ね橋を渡り、城門を守る衛兵に挨拶をして城内に入っていった。
〜つづく〜




