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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第八章 いざ決勝戦
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チャプター62

〜中央通り〜



「いよいよ決勝かー。長かったようで、あっという間だったよね〜」

「それ、どっちなのか分かりにくいよね。長いのか短いのか」

 朝、二人は他愛のない話をしながら中央通りを王城に向かって歩いていた。周囲には、今日の記念すべき試合を見たいと、抽選狙いの市民たちも大勢いた。抽選なのだから、申し込んだ最後の一人が当選することもあるだろうに、ついつい早くに申し込みたいと思ってしまうのは、人間の習性のようなものなのだろう。

「ゲートムントたち、ちゃんと間に合うかな」

「さ、どうだろうね。ツァイネがいれば大丈夫な気はするけど、別にあの二人は一緒に暮らしてるわけでもないしね。いくらツァイネがしっかりしてても、ゲートムントを叩き起こして身支度させて、て考えると、大変そう……て! それここ最近の私と同じじゃん! しかも、あっちは男だから身支度も女の子よりは楽だろうし! ぬぬぬ」

 何の気なしに口にした話題が、思わぬところで自分に飛び火するようなことはよくあるものだ。だが、いつでもそのような状況になるのはありがたいことではないし、気まずいものでもある。フォルクローレはなんとか話題を変えられないか、周囲をキョロキョロと見回してネタ探しをした。

「うーん、何も面白そうなものはないなー」

「ちょっとフォルクローレさん、話題を逸らそうとしましたね? 今更文句言ったりなんかしないって。少なくとも今日は」

 正直なところ、フォルクローレを叩き起こして朝の身支度を整えてやる作業は、面倒ではあるが、なかなかに楽しいのである。もしかしたら小さい女の子がお人形遊びをするときの気持ちはこんな気持ちなのかとも思うが、確証は持てない。だが、思いの外面倒見がいい自分を発見したような気がして、楽しいのである。それに何より、人に頼られるのはある程度までなら嬉しい。フォルクローレの世話は、その「ある程度」のギリギリ手前にあるように思えた。どことなく、身だしなみを自分色に染められるのもいいのかもしれない。

「うげ。今日はってことは、また今度お小言を言われるわけか……」

「それが嫌なら生活習慣を見直すことだね。昨夜も言ったじゃん。で? 何か面白いネタはあった?」

 あるのは大会期間中のありふれた日常くらいだろうが、せっかくだからと訊いてみる。もちろん、一切の期待を込めずに。

「なーんにもない。なーんにも」

「ま、世の中そんなもんでしょ。それよりも、あの二人よりも先に到着しておきたいところだね。なんとなく、自分たちが待たせる立場になるのは許せないし」

 優位に立ちたい、借りを作りたくはない、そんな大袈裟な感情からではないのだが、なんとなく、自分たちは待つ立場でいたい、という気持ちがある。巻き込まれるフォルクローレからしたたまったものではないかもしれないが、規則正しい生活のおまけのようなものなので、今更でもあった。

「今この時間にここを歩いてるあたしたちより先ぃ? ないない。ツァイネ一人なら教会の鐘が鳴るより先に到着しててもおかしくないけど、二人一緒に来るなら絶対無理だね」

「じゃあ、もしあの二人が仲違いでもして別行動を取ったら?」

 あからさまに可能性の低い話を一例に出すのは卑怯と言ってもいい論法だが、あえてそんなことを口に出してみた。果たして、フォルクローレはどう思うだろうか。

「それもないない。あの二人、全然タイプが違うのに全然喧嘩しないんだもん。あれかな。歯車みたいに、ちょうど個性の違いが噛み合ってるのかな。からくりみたいにスパッと割り切れるような話じゃないけど、ありえるよね」

「そっか、よくよく考えたらフォルちゃんは私より付き合いが長いんだもんね。あの二人のことはもっとよく知ってるか。前から喧嘩したところは見たことないんだね」

 仲がいい、と言うよりは馬が合う、と言う表現の方があの二人はしっくりくる。どちらも似たようなものなのだが、その細かい意味合いの違いが、あの二人の間柄を表す際にはピッタリと現れてくる。それはフォルクローレも感じているようで、

「腐れ縁に近い感じがするよね、あの二人は」

 などと言っている。

「そういえば、あの二人の昔の話ってあんまり聞いたことないなぁ。ツァイネが騎士団にいたのと、その間ゲートムントはもう冒険者として身を立ててたっていうことくらい?」

「あたしが聞いてるのもそのくらいの話だね。でも、そんなに小さいうちから外に出ても役に立たないし、実際には街外れで自主練してた、ていうくらいじゃないのかな。流石のあたしも十三歳のゲートムントみたいなのがいても、雇おうって気にならないし」

 街の外に出る際は護衛を雇い入れることの多いフォルクローレは、その辺りの目利きは養われている。いくら今が腕利だとしても、年少期まで遡れば話は別だ。いくらなんでも野盗や魔物を蹴散らすことはできないだろう。

「流石にそうだよね。それは私もわかる。機会があったら、昔の話も聞いてみよっか」

「そだね。面白そう。いや、面白いといいけど。つまんない話だったら聞き損だし」

 そんな他愛もない話をしていたら、待ち合わせ場所に到着する。いつものように、王城前の跳ね橋だ。跳ね橋の向こうで不審者が来ないよう警護している二人の兵士も、すっかり顔見知りである。元々ツァイネは有名人だから兵士たちの間では知られてたが、その友人ということでエルリッヒたちも注目を集めていた。兵士たちに怪しまれずに待ち合わせができるというのは、非常に助かる。

「うーん、やっぱり来てないかー。ゲートムント、寝過ごしたか?」

「あはは! そりゃあり得そうだわ。それじゃ、あたしたちは優越感たっぷりに待つとしましょうか」

 二人はただじっと、その場でゲートムントたちを待つのだった。もちろん会話には花が咲いていたが。



☆☆☆



「全く、ゲートムントが朝弱いの、幾つになっても治らないよね。ほら、エルちゃんたち待たせてるんだから、急ぐよ」

「そう急かすなって。約束の時間まではまだあるんだし、エルちゃんたちはちょっとくらい遅れても時間に間に合ってたら怒らないんだし。あと、俺が朝起きられないのは今更だろー。これはガキの頃からだし、外で野宿してる時はともかく、基本的には治りようのない性分だ!」

 二人は少しだけ急ぎながら、それでも会話を止めることはせず待ち合わせ場所、即ち王城前の羽橋に向かっていた。ゲートムントの言う通り、約束の時間までにはまだ余裕があるので、このままだったら本来の意味での遅刻にはならないだろう。それでも急いでいるのは、エルリッヒたちが待っているからに他ならない。待たせては悪いという思いと、一刻も早く顔を見たいという思いが二人を急がせていた。

「性分っていうか、体質みたいなものなんだろうけど、冒険者を生業にしてなかったら、路頭に迷ってるところじゃない?」

「よくわかったな、ツァイネくん。その通り! 俺は朝が弱いから冒険者の道を志したのだ! なんて、間違っちゃいないんだけどな、回答としては半分だ。やっぱり、一番は体を動かして槍をぶん回すのが好きだからだよ。こういう仕事のない時代じゃなくてよかったぜ」

 魔物や野盗などと戦っている時以外は深く考えることを好まないゲートムントも、流石に身を立てる術の話となれば別だ。街の外に脅威の残っていた時代でよかったと、少し不謹慎ながらも思うのだった。

「平和過ぎない時代だったはずなのに、魔王が復活しちゃったけどね」

「それは言うなって。いくら俺でもそこまで望んじゃいなかったし」

 魔王時代を経験したことのあるものはエルリッヒや北の大陸で暮らす竜人族のような人間よりも寿命の長い種族のものたちだけだ。不安も大きいが、一方で活躍の場が増えるかもしれないと、少しばかりワクワクしているのがゲートムントたち冒険者なのである。だから、活躍の場という意味での魔王復活はやりすぎではあったが、全面的に否定するほどの思いは持ち合わせていなかった。

「お、ようやく見えてきたね」

「おう。間に合って良かったぜ」

 中央通りを抜ける頃、遠目に赤毛と金髪の二人の姿が見えた。ここまで来れば後一息である。

「ゲートムントがちゃんと起きられてれば、もっと余裕だったんだけどね」

「そう言うなって」

 軽口を叩きながら二人の待つ跳ね橋前に到着する。そして、いつものように挨拶を交わす。

「お待たせ。それと、おはよう」

「おはよ。今日は遅れなかったね。よしよし」

「待ち時間も短かったし、合格点をあげましょう。っていうか、ゲートムント、黙ってどしたん?」

 珍しく、ゲートムントが黙ったまま固まっている。一体何がどうしたと言うのか。今さっきまであんなに普通に言葉を交わしていたのに。

「急いで来たから息が切れた? それとも、具合悪くなっちゃった?」

「いや、フォルちゃんの姿があんまり可愛くて……」

 予想だにしないコメントに、三人の方が固まってしまった。




〜つづく〜

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