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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第七章 決勝前夜のできごと
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チャプター59

〜王城 ルーヴェンライヒ伯爵の執務室〜



「いや、あの、みなさん? さっきのあたしの発言には本当に深い意味なんかないんで、掘り下げるって言われても、掘り下げようはないんですよ? だから、あの、この話題はこのくらいにしていただけると助かるんですけど……ダメですかね」

 錬金術に誇りを持って取り組んでいるのは事実だが、今の話題で錬金術士以外の視点を持ち出したからといって、誇りを蔑ろにしているわけではない。それをこんなに掘り下げられようとは、想像だにしていなかった。

「冗談だよね? 何にもでてこないんだし」

「いや、冗談じゃないよ? あそこで錬金術士以外の視点を持ち出すのは、明らかに変だよ」

「ああ」

「それはまぁ、そうだろうね」

「私はよく分からないが、三人がそういうのなら、そうなのだろうな」

 伯爵だけはあまりピンときていないようだったが、それは何の助けにもならなさそうだった。なんとかして話題を変えなくては。いや、大事な話はもう終わったのだから、解散でもいいはずだ。腕を組み、錬金術のために鍛え上げた頭脳を必死に回転させる。

「えーと、うーん、うーん、何かないか〜? いい切り返し方、いい切り返し方……」

「ちょ、ちょっと、フォルちゃん? 何悩んでるの?」

 少なくとも、エルリッヒは本気でフォルクローレの言い回しに不自然なものを感じ取り、それに触発されたゲートムントとツァイネも本気で裏の意図を疑い出している。こんな状況では、八方塞がりではないかとすら思えてしまう。かと言って、適当な嘘で乗り切るのは良心の呵責が許さない。

「そりゃ悩みもするよ。今、三人は嘘言ってると思ってるわけでしょ? あたしがなんかの意図があって庶民だったら逃げ惑ってたって言ったってことについて。でも、本当にそんなことないんだし、それをどう証明しようか、どうやってこの話題を終わらせようか悩んでたんじゃん。そもそも、あたしは錬金術士であると同時に、この町で暮らす一般市民なんだよ? あー、なんでお城のこんな豪華な部屋でこんなこと言ってるんだろう」

「……ま、まぁ、本人がこれほど強く言っているのだ、信じてやってはどうか?」

 みかねた伯爵が助け舟を出す。伯爵としては、本当に真意があるならそれはそれで興味深いと思っているが、一方で、本当に何もないのであれば、これ以上問い詰めるのは残酷だとも感じていた。少なくとも、今まで人の親として住数年を過ごし、騎士団幹部としても二十年余りの騎士団人生の半数人の上に立ってきた目線からは、嘘を言っているようには感じない。ならば、無理に追い詰めるのは気の毒でしかないと思ったのだ。

「は、伯爵様〜!!!」

 思わぬところからの助け舟に、拝み倒しそうな勢いで感謝を告げる。感謝されるのは悪い気はしないが、ここまで大袈裟な態度を取られるほどのことをしている自覚はない。そうまでして追求から逃れたいと思うほどに、エルリッヒの追求は厳しいのだろうか。ただの仲良しグループではないのだろうかと、今更ながらこの四人の距離感を掴みかねることとなった。

「い、いや、そのような大層なことは何もしておらん。それよりも、だ。本当に何の真意もないのだな?」

「ありませんよ〜! エルちゃんこそ、どうしてそこまで強い違和感を覚えたのさ。あたしが錬金術士以外の視点を持ち出すことなんて、前にもあったじゃん! ……多分だけど」

「ほら、多分でしょ? 私の記憶ではなかったんだよ。もちろん、私の方が長く生きてる分記憶力が弱くなってる可能性だってあるけどさ、いついかなる時も錬金術士として、爆弾をはじめとした道具で状況を乗り切ることを考えてたフォルちゃんがこんなことを言うなんてって思ったんだよ。もしかして、大会期間中は調合から離れてて、自覚が鈍った?」

 またしても思わぬ方向からの指摘が入る。確かに大会期間は思いのほか長く、その間エルリッヒの家に厄介になっていて一切の調合を行なっていない。だからと言って、錬金術士としてのプライドや感覚までは失っていないという自覚はある。それでもこの指摘には、少しばかり心臓を射抜かれたような感覚を覚えた。

「っ!! そ、それはない! と思いたい」

「でも、ここしばらく中和剤の一本も調合してないよね? 感覚が鈍っても無理はないんじゃない?」

 失っていないまでも、感覚は鈍っているのかもしれない。それであれば、錬金術士としての自覚が僅かに薄れていたとしても、不思議はない。自分ではその自覚がなくても、だ。

「う〜ん、それを言われると辛い。た、大会が終わったらちゃんと仕事に戻るから大丈夫だよ! 多少勘が鈍ってたとしても、すぐ取り戻せるから!」

「そうだね、そうかもね。だけど、最初は簡単なレシピからやってみたほうがいいんじゃない? そしたら、腕の鈍り方もわかるでしょ。それに、さっき市民の目線で話をした理由もわかってくるかもね」

 あくまで普段のフォルクローレだったらそんなことは言わないに違いない、と断じて譲らない。確かに、錬金術士n仕事に戻れば、何の意味もなく市民の目線を持ち出していたのか、感覚や自覚が鈍っているからこそ出てきた話題だったのかもわかるだろう。

「じゃ、じゃあ、その時になったら思い出してみるよ。それでいいでしょ? とにかく、今のあたしにとっては、何も特別な理由はないんだから!」

「そこまで言うんなら……まぁ。みんなも、それでいい? 伯爵も、それでいいですか?」

「いいも何も、エルちゃん次第だから……」

「だなぁ」

「私はそもそもフォルクローレ嬢の言い分は嘘ではないと思っていたが……」

 よく分からないまま疑われ、よく分からないまま話題を閉じることができた。よく分からないが、ほっと胸を撫で下ろすフォルクローレであった。

 八百長試合の確認から、どうしてこのような話題になってしまったのか、もう思い返すことも面倒くさい。

「さてと、あんまり長居しても良くないし、そろそろ失礼しますね。で、大丈夫ですか? さっきの話、他に訊きたいことがあればまだ答えますけど」

「いや、十分だ。辛い記憶もあったかもしれないと言うのに、ありがとう。では、また明日、決勝の会場で会おう」

「はい。いい試合が見られるといいですね」

 四人は席を立ち、執務室を後にする。四人のうち、フォルクローレが人一倍安堵していたのは言うまでもない。宿題は出されてしまった格好になったが、それはもう晴れがましい気持ちで城内を歩いていた。

「さてと、どうする? ちょうどお昼頃だけど、もしよかったら、二人もうちに寄ってく? お昼、作るよ?」

「お! それはありがてぇ! けど、お金取る?」

「ゲートムント……この流れでその質問が出るのはちょっといただけないよ。相手は食堂の主人なんだから、お金を取るのが当然でしょ。エルちゃんにそのつもりがなくても払うつもりでお相伴に預かるのが礼儀じゃない?」

 こう言う時、二人の性格、というか育ってきた環境の違いが出る。ゲートムントはあくまでも庶民的な下町で育ってきたのに対し、ツァイネは騎士団での出世に合わせて、少しずつ立場に必要な振る舞いやマナーを身につけてきた。今は貴族社会でも通じる立ち居振る舞いと庶民感覚をハイブリッドさせた価値観を中心に据えている。相手によって、それを使い分けていた。

「そっか、いや、悪い」

「いいよいいよ。ゲートムントがそういう性格なのは知ってるし。安心して。お金は取らないから。その代わり、大したものは出さないけどね」

「それでも十分だよ。むしろありがたいくらいだよ」

「感謝して食べるといいよ。大会期間中、あたしなんか、ほんと胃袋を握られちゃってねー、もう、他の人の料理は食べられないって感じ? とまで言うのは大袈裟だけど、それに近い状態になってるね。職人通りからだとちょっと遠いから、近所の人が本当に羨ましいよ」

 まるで自慢でもするかのように語り始めるフォルクローレ。元はと言えば、彼女が朝寝坊をするから大会期間中は同居させているのだ。このような大きい態度を取れる理由はどこにもない。

「フォルちゃん……どの口でそんなことを……とにかく、こんなところで話しながら歩いてたら怒られそうだし、さっさと帰ろう!」

 すでに周囲の人たちからは奇異な目で見られている。中には元親衛隊員として有名なツァイネのことに気づいたり、一時期王都を賑わせたエルリッヒの存在に気付いた者もいたが、ほとんどの視線は騒がしい連中を見る迷惑そうなものである。

 それに気づくなりいたたまれない気持ちになった四人は、そそくさと城内を後にするのだった。




〜つづく〜

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