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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第一章 大会前夜の賑わい
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チャプター5

〜ルーヴェンライヒ邸 庭園〜



「それで、お父様への言付けというのはなんなのですか?」

 庭全体が良く見まわせるテラスで、穏やかなティータイムが始まった。メイドが持ってきてくれた焼き菓子はとても美味しく、紅茶はとても良い香りを放っている。

「今度、騎士団主催の武闘大会がありますよね? あれで、私は特別招待を受けちゃったんですけど、友達も一緒に観戦できないかと思いまして。そうだ! エルザ様もご一緒にどうですか?」

「それって、先日お話ししていた催しですよね? お父様も今、大会の成功に向けて奔走されています。でも、せっかくのお誘いですけれど、わたしは遠慮しておきます。あまり、争い事が好きではないので……。変でしょうか、武官の娘がこのようなことで」

 申し訳なさそうなエルザの様子を見ていると、こちらもいたたまれなくなってしまう。三人で観戦した方が楽しそうだからといって、好きでもないことに誘ってしまったのは迂闊だったか。

 確かに、エルザは武闘大会など好きではなさそうだ。それは、前々から感じていたことではある。

「変、ではないと思いますよ。男の子だったら、珍しいとは思いますけど。それに、私は争い事を好まない、優しいエルザ様の方が好きですから」

「エルリッヒさん! ありがとうございます。そう言っていただけて、少し気が楽になりました。ずっと悩んでいたわけではないのですが、もしかしたら、武官の娘がこんな性格なのはおかしいんじゃないかって、時々考えることがったので……」

 考えたこともなかった。言われてみれば、そういう悩みを持つ娘は他にもいるのだろう。家業に馴染めないという意味では、自分だって全く変わらないのだ。自分は一切悩んだことはなかったが、むしろその方が珍しいのかもしれない。本当に、いったい誰が責められようか。

「エルザ様、私だって家業が嫌で飛び出したようなところがありますから、そんなに変わりませんよ。もちろん、家業を継ぐ……王位を継いで竜社会を統治するような立場ではありませんでしたけど」

「そのお話、全く実感がありませんけれど、本当なんですね。本当は人間ではない、というのは。今でも、全く信じられません……」

 えるりっひはカップの紅茶を一口すする。少し冷めているが、それがまた味わいを変えてくれて美味しい。これが焼き菓子にとても合う。熱さを感じない分、それぞれの味わいがより感じられるようだ。

 そうして、グラスを置いてから、優しく語りかけた。

「信じられないのも無理ないですよね。だからと言って、ここで元の姿に戻って見せたら、お屋敷が吹き飛んじゃいますから、そういうわけにもいかないんですが。もし、今この体では太刀打ちできないような凶悪な魔族でも襲ってきたら、さすがにそんなこと言ってられませんけどね」

「そんなにすごいのですね。一度お目にかかってみたい気もします。やはり、危険でしょうか」

 恐る恐る、ではあるが、興味を示してくれている。とっても嬉しいことだった。実際には、本来の姿を見てしまったら怯えて逃げ出してしまうかもしれないが、それは想定の範囲内だ。さすがに、目の前に強大なドラゴンが現れて平静でいられる娘など、そうはいないだろう。それでも、やはり嬉しいのだ。

「エルザ様から見たら、とっても恐ろしく感じるかもしれませんよ? もちろん、取って食ったり襲いかかったりはしませんけどね。エルザ様には、穏やかな世界にいてほしいなぁって思うんです。だから、できることなら私の本当の姿は見ないままでいてほしいです。争い事は、男たちに任せておけばいいんですよ」

「そう……ですね。でも、男の方に任せっきりというのもなんだか申し訳ない気がして……」

 優しいため息をひとつ。エルザは本当に自分にないものをたくさん持っている。そう思わせてくれる。人の縁というものに感謝せざるをえない。これもひとつの神の思し召しというやつだろうか。

 良縁への恩返しではないが、できる限りの笑顔を作ってみた。

「っ、エルリッヒさん?」

「エルザ様は優しいですね。男達にとっては、私たち、というのも変ですけど、私たちが平和で穏やかにいてくれた方が、戦いやすいし、力も発揮できると思うんです。血なまぐさい世界で魔物を蹴散らす女の子は、私一人で十分ですよ。少なくとも、この街では。女性の騎士は、確かいませんでしたよね?」

 エルザの肩を軽くするために言ったことでも、ついつい正しいかどうかを確認してしまうのは、悪い癖だ。これでは台無しではないか。それでも、性分だから仕方がない。もし騎士団に女性騎士がいたら、少なくとも”私一人で十分”とはならない。確かに場内でそういう女性は見なかったので、問題はないはずだが。

「そうですねぇ。わたしも詳細は把握していませんが、いなかったと思いますよ。少なくとも、過去にはいたみたいで、幼い頃お父様から聞かされて憧れたりもしましたが、今は一切聞きませんから。それに、一般の兵士は入隊資格が男性のみだったはずです。ですから、今後も基準が変わらなければ貴族の子女だけ、ということになるでしょうか」

「そうでしたか。適当なことを言ったことにならなくて安心しました。でも、過去にはいたんですね。会ってみたかったですね。一体どんな方だったのか」

 いつの時代のことかはわからないが、確かに存在したという女性騎士。”いた”という話を聞くだけで胸が踊ってしまう。きっと、さぞかしかっこよかったことだろう。さぞかし風変わりに見られただろうが、親の命令だけで務まるものではない。自分を貫くのはとても素晴らしいことだ。

 それに、そういう人物に護衛されるのは、貴婦人たちからしても嬉しかったことだろう。

「はぁ〜、気になりますね〜」

「はい。あ、でも、気になるといえば、エルリッヒさんが一緒に観戦させたいというお友達は、どういった方なのですか? もしかしたらお父様に尋ねられるかもしれませんし、その、下世話なことですが、わたしも気になってしまって」

 恥ずかしそうに頬を赤らめている。大したことでもないのにそんなに恐縮しながら質問してくるこの奥ゆかしさ、やはり自分にはない一面で、とても愛らしい。

 気にしなくてもよい、ということを伝えるため、今一度優しく手を取る。こう言うエルリッヒにとって繊細なコミュニケーションは、フォルクローレとの間にはなかなか存在しないので、とても貴重だ。

 一瞬驚いたような顔をしたエルザだったが、そのせいで気恥ずかしさのようなものは飛んだらしい。いつもの顔色に戻っている。

「気にしなくてもいいんですよ。気になるのは当然のことですし、私も訊かれても嫌ではありませんから。一緒に行きたいのは、錬金術士のフォルクローレです」

「お噂は時々耳にしています。なんでも、すごい道具を沢山作るのだとか。お目にかかったことはありませんが、確か、お父様も何か依頼をしたことがあったような……」

 市井の人々だけでなく、貴族からの依頼もこなし、時には匿名の依頼も請け負うというフォルクローレ。正直なところ、この街の人脈において彼女を超える存在はいないのではないだろうか。そう考えると、すごい存在である。

 エルザは今のところ噂で耳にした程度だというが、果たして紹介した時に仲良くなれるだろうか。

「よければ紹介しますよ。私の、この街で初めてできた女の子の友達なんです。だから、エルザ様とも仲良くなれたら嬉しいなーって思うんですけど、どうでしょう」

「そ、そう、ですね。初めての方とお会いするのはいつでも緊張してしまいますから、まずはお会いしてみないことになは……」

 あんまり仲良くなれそうになかったら、それはそれで寂しいのだが、性格の不一致というものは誰にだってあるし、少なくとも自分は二人と仲良くやれているのだから、なんとかなりそうではある。ここから先は、少しばかり躊躇する思いが芽生えていた。

「じゃあ、エルザ様の気が向いたら教えてください。いつでも段取りしますから」

「私の気持ち次第で、いいんですか? それでしたら! エルリッヒさんのお友達ですから、きっと私も仲良くなれますよね! 心の準備ができたら、ご連絡しますね!」

 結果はまだまだ見えないが、まずは一歩前進だろうか。ついつい嬉しくなる。

「おっと、そろそろお店に戻らないと。あんまりお話できなくてごめんなさい。また今度、もっとゆっくりお話しましょうね」

「いえいえ、こちらこそ無理を言ってお茶に誘ったのですから、お使いくださってありがとうございました。また訪ねて来てくださるのを楽しみにしていますね」

 エルザはおいそれと屋敷の外には出られない。それを寂しく思いつつも、その気持ちを少しでも埋めるため、できるだけのことはしてあげたい、と思うのだった。

 カップの中の紅茶を飲み干すと、最後ににっこり会釈を贈ってから屋敷を後にした。




〜つづく〜

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