チャプター58
〜王城 ルーヴェンライヒ伯爵の執務室〜
「他に訊きたいこと、か。そうだな。それでは、その国がその後どうなったのか、教えてはもらえまいか。今も残っているというのなら、使者を派遣して当時の資料を見せてもらうことを検討したい」
「あー、残念ながら、滅びました。魔物が大挙して押し寄せてくるような局面でも保身を優先させて騎士を出さなかったような国なんで、魔王が倒された後、政治的な混乱が起こって、立ち行かなくなったみたいで。その頃にはもう街を離れてたんで、風の噂ですけどね。でも、滅んじゃったのは本当です。そうは言ってもたかが百年、遺構くらいは残ってるはずですから、もしかしたら役立つ資料の一つくらいは見つかるかも知れませんけど」
ここでもこともなげに「たかが百年」という言葉が出てきた。考古学者でもなければ使わないような言葉がさらりと出てくるあたりに、過ごしてきた年数の違い、過ごさなければならない年数の違いを思い知らされる。
もちろん、それよりも政治的な腐敗が魔物の侵攻以上に国家の存亡を左右した、という事実の方に意識を向けるべきではあるのだが。
「この国も、そのようにならぬよう気をつけなければならぬな。しかし、 教訓の多い話だ」
「私たち庶民が暮らす分にはいい国だったんですけどね。思えば、政治的には完全に貴族社会が腐敗していた割には税金も安かったですし。でも、庶民の立場からは、お城の内情なんて全然見えないですから、結局は見えないところでダメになって行ってたんでしょうね。何が原因かは、今もってさっぱりですけど」
「過去の話としては、類型的な話だよね。俺も、歴史書で何度か見かけたよ。そういうパターンの国。それを考えると、この国はまだよっぽどいいと思うよ。自分の国だからよく言うわけじゃないけど」
「なあ、今の話、保身のために城から出てこなかったんじゃなくて、弱くてまともに戦えないから出てこなかったってことはないのか? ほら、装備だけ立派な騎士っているじゃん? その国の騎士がそう言う奴らだったら、ビビって出てこないのもわかると思って」
「ゲートムントらしい発想だねそりゃ。んでも、あたしも一理あるとは思った。流石にその辺はわからないよね」
投じられた一石は、なかなかに興味深い考察だった。確かに、弱くて戦力にならないのであれば、魔物の侵攻などもってのほかだろう。城内に引きこもっていたとしても無理はない。そして、ゲートムントはやはり戦力的なことが気になるようだ。そう言う視点の違いも面白い。
「んーとね、一応、城下町の復興工事の時には騎士の人たちも陣頭指揮に立ってたね。その時に見た印象だと、流石に強そうではなかったけど、それでも鎧は立派だったから、守りは堅そうだったよ? それだけじゃ、実戦での実力は見極められないけどね」
「そっか、まぁ、そうだよなぁ。俺も、剣を交えないと強さまではわからないこともあるもんなぁ」
「じゃあなんで訊いたのさ。そう言うところ、ゲートムントらしいと思うけど。だけど、騎士がそこまで弱いって言うのは、ないんじゃないの? 今と同じ価値観ならだけど、家柄に対するプライドもあって鍛錬は欠かさない人が多いでしょ。伯爵も、少しはそう言う思いがありましたよね?」
「む、むぅ。否定はできんな。少なくとも、この国も昔からそのような気風はあったな。百年前の国でも同じような気風があってもおかしくはないか。そうなると、確かに弱いと言うのも当てにはならんか」
結局のところは真相を知る術などもはやないのだ。騎士達がどういった理由で城に引き篭もってしまったのか。そして、考えたところで真実に辿り着けるわけでもない。今はただ、そのエピソードを教訓として活かすのみ。それがこの場で出しうる結論だろう。
「弱くて参戦できなかったとしても、腐敗してて戦う気がなかったとしても、結局辛い思いをするのは民衆と末端の兵士たちなわけだし、それはどっちが真実でも同じなんだよね。あの時、たまたま私がいたから国の寿命は数年間延命したけど、私がいなかったら、あの場で滅ぼされて終わりだったんだし。だったら、ダメ元で戦った方がマシだったって思うよね。きっと」
「ちょっと辛辣だけど、言ってることは正しいね。騎士としてはどっちにしろ不名誉だし、勝てないまでも戦った方がよっぽど立派だよ」
「名誉じゃ飯は食えねーけどな。それに、国が滅んだっつっても、野垂れ死したわけじゃないんだろ? だったら、その時戦ってたら犬死にしてたかもしれないわけだから、城に引き篭もってたっつーのも、案外そいつらにとっては懸命な判断だったのかもな。いや、俺も城下町で戦う立場だから、ぜってー許してねーと思うけど」
四人はそれぞれ、自分がその場に居合わせたら、という目線で考えを巡らせていた。四者四用の意見が出る、はずだった。少なくとも、伯爵は騎士の立場、ゲートムントは義勇兵などの立場、ツァイネはその両方の立場、フォルクローレは錬金術士ならではの立場か。しかし、そうではなかった。
「少なくとも、騎士としてそのような行動は一歳理解できんな。魔物の脅威は確かに恐ろしいかもしれないが、騎士の立場と言うことを理解していたようには思えんからな」
「ですよねぇ。いいことがないですもん。民衆からの支持は失うし、勝っても負けても、みたいなところがあるし」
「二人みてーなのすらいなかったんだろうな。ま、俺だったら騎士は当てにせず兵士と連携して勝手に戦ってるんだろうな。それはそれで、楽しいかもしれないし、絶望感に包まれてるかもしれないけど」
「面白いね。伯爵もツァイネもゲートムントも、いかにもらしい意見で。あたしだったらどうだろう。錬金術士がその時代にもいたのは分かってるんだけど、この街にいたのかどうかはわからないし、錬金術士だったら戦ってるけど、そうじゃなきゃ、逃げ惑って終わりかなー」
「あれ、珍しいね。フォルちゃんが錬金術士じゃない立場の可能性に言及するなんて。爆弾で戦う話しかしないと思ってた。一番驚いたかも」
それは人によっては些細な話かもしれない。ここに強い驚きを覚えたのは、フォルクローレとの付き合いも長くなってきたエルリッヒだからこそだろう。
むしろ、そのことにフォルクローレの方が驚きを覚えて、ついエルリッヒの顔を覗き込んでしまった。
「ん? そんなに変なこと言った? 百年前の話だし、流石のあたしでも錬金術士じゃない自分の可能性について考えたっていうだけなんだけど。もちろん、錬金術士してたら爆弾片手に少しでも魔物を倒すぞーってなってたとは思うけどね?」
「それだよそれ。フォルちゃんは錬金術士っていう職業や爆弾作りに高い誇りを持って生活してるでしょ? なのに、そうじゃない自分の可能性を考えたって言うのがあんまり不自然で」
「エルちゃん、どうしてそれがそんなに不自然なのさ」
「そうだな。私も違和感は覚えなかったが……」
「それくらい、普通じゃないのか? なんか、そうやって言われると、余計気になるな。俺もエルちゃんが気になったところが気になってきたぜ」
まるで鍋をかき混ぜるように、違和感の種が広がっていく。エルリッヒとしても言語化が難しい違和感なので、それをうまく伝えられるかどうかの自信はないのだが、なんとなく、突き詰めてみたくなってきた。
「じゃあ話してみるけど、ゲートムントもツァイネも、フォルちゃんがどれだけ誇りを持ってやってるかは、知ってるでしょ?」
「そりゃあね」
「俺たちも散々世話になってるもんな。薬とか爆弾とか」
期せずしてフォルクローレが話題の中心になってしまった。いつまで続くかわからない話に、気恥ずかしさと居心地の悪さを覚えるフォルクローレなのだった。
〜つづく〜




