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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第七章 決勝前夜のできごと
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チャプター57

〜王城 ルーヴェンライヒ伯爵の執務室〜



「一つ教えてもらってもよいか? その時倒した魔物は何匹くらいいたのだ?」

 エルリッヒが一通り幕を下ろした話題を、伯爵は再び掘り起こそうとする。実際に魔物が攻めてきた時の話などそうそう聞けるものではないからか、ここで話を終わらせてはもったいないと考えてのことだ。とはいえ、話題が好評だったことはエルリッヒにとっても嬉しいことなので、嫌な気はしない。

 ゲートムントとツァイネの二人も、この手の話は決して興味のない話ではないはずだ。問題は、フォルクローレである。隣に座っているフォルクローレがつまらなさそうな顔をしていないかどうか。

「昔の思い出話を続けるのはいいんですが……フォルちゃんは平気? 眠くなってない?」

「ん、大丈夫だよ? なんで? もしかして、興味ないと思ってた? いやだなぁ。あたしがエルちゃんの話を聞いて眠くなるわけなんてないじゃん。もしここでうとうとなんてしたら、無礼打ちで首を刎ねられるかも知れないしね。いやー、あはは。というのは冗談だけど、百年も前の話なんて、面白くないわけないじゃん。気にしないで続けてよ。街を襲ってきた魔物を一網打尽にしたんでしょ?」

 冗談めかした様子は、フォルクローレがいかに肝の座った娘であるかをよく表している。いくら面識があってある程度打ち解けているとはいえ、伯爵の執務室で話をしているのに、冗談を挟むことを忘れない。特に場を和ませようという意図があるわけでもなく、自然にそういう物言いが口をついて出てくる。言葉尻では緊張している素振りを見せていても、内心ではなんとも思っていないのではないか、そう思わせるだけの振る舞いが垣間見られた。

「じゃあ、せっかくなのでもうちょっとあの時の話をさせてもらいますね。あの時も私は正体がバレるのを避けるために、周りに目撃者がいないか確認しながらだったんですけど、幸い生きてる人は誰もいなくて、いや、幸いっていうのは不謹慎か。不幸中の幸いであらかたの人は避難が済んでて、市中は亡くなった人たちばっかりだったし、気配も感じなかったから、遠慮なくやらせてもらいました。倒した数は、正直覚えてないですね。ただ、百や二百じゃなかったとは思います」

「少なくとも二百匹以上か……よくぞそれだけの数を相手に戦い抜いたものだ」

 その口から直接聞いた数は不正確なものではあったが、予想以上の数だったために、部屋の空気を重くしてしまった。いったいどのような戦いをしたのかはまだ想像の息を出ないが、決して楽なものではなかっただろうと思わせてくれる。それをこともなげに語っているのは、百年という年月がそうさせているのか、それとも、これから語られるであろう実戦の話でわかるだろうか。

「エルちゃん、どうやってそれだけの数を相手にしたのさ。いろんな魔物がいたんでしょ?」

「それそれ! 俺も気になってた。やっぱ、あのフライパンで打ちのめしたのか?」

「まあまあ、そう先を急がないでくださいな。あのフライパンはね、平和になった後で手に入れたものだから、この時はまだ持ってないんだよ。一人前の料理人として最低限自分を認められるようになった証っていうのかな、そういう意味合いの物で、この頃はまだ修行中だったから。で、何で戦ったのかっていう話だけど、最初は弔い合戦の意味も込めて、亡くなった兵士が提げてた剣を借りて戦ってたんだけどね、途中で力不足を感じて、竜殺しの剣を呼び出して戦ってたんだよ。ま、大半が雑魚だったから、苦労はしなかったよ。一振りで何匹も屠ってやったし、小型から中型の魔物ばっかりだったし」

 やはり、当時のことをこともなげに語っている。決して武勇伝を語るような自慢げな口ぶりではないが、苦労話というよりは、どこか古い思い出話を語っているような印象がある。それに、いかに雑魚といえど、そう簡単に倒せる物なのだろうか。それは、エルリッヒの人智を超えた身体能力があればこその戦果ではないのだろうか。そもそも襲ってきたのが雑魚という言葉すら疑わしくなってくる。本当に、雑魚だったのだろうか。男三人には共通の疑念が湧き上がった。

 そして、少なくともツァイネはそれを飲み込んだまま話を続けてもらう気にはなれなかった。

「ねえエルちゃん、今の話で引っかかったんだけど、それって、本当に雑魚の大軍だったの?」

「え? どうして? ていうか、どういうこと? 間違いなく雑魚だったとは思うよ? 明らかに弱かったし。ほら、私たちが戦ってきた魔物の中にもいたじゃん。見かけは体が大きかったり筋骨隆々だったりしたけど、戦ってみるとそんなに強くなかった魔物って。そういう類のはそれなりにいたように記憶してるけど、手強いのはいなかったなぁ……んで、なんでそんなこと訊くの?」

「ツァイネが気にしておるのは、本当は雑魚などではなく、少なくとも中堅クラスの魔物だったのではないか、ということだな? いや、私も気になっていたのだ。王都を攻め滅ぼそうというのであれば、雑魚の大群で攻め寄せたところで、確実な勝算は得られまい。数の暴力という言葉もあるが、一匹一匹の魔物が人間側の戦力を削れないのであれば、意味がない。まして、結果的には城に立てこもってしまったようだが、名うての騎士も控えているというのであれば、尚更だ」

 エルリッヒが常人より強いことを突きつけることに意味はない。だが、彼女の言う「雑魚」という言葉を鵜呑みにしては、おそらくこの先痛い目を見る。少なくとも自分たち一般の人間の目から見てどの程度の実力の魔物だったのかは、今後の参考のためにもできるだけはっきりとさせておきたいところだった。

「そ、そんなまさか、あの弱さで中堅ってことはないと思うんですけど」

「じゃあ、覚えてる範囲でいいんだけど、教えてくれないかな。街の破壊のされ方や火の手の上がり方、それから亡くなった兵士たちの武器や鎧の様子を。そう言うのがわかると、おおよその強さも推測できるからさ」

 こう言う時、ツァイネの状況判断は的確だ。過去のことだからうろ覚えの情報しか返ってこないかもしれないが、それでも、雑魚かどうかを推し量るくらいはできる。

 当のエルリッヒも、二人にこうまで言われては、自分の認識が揺らいでくる。果たして、あの時倒した魔物たちは砲塔に雑魚だったのだろうか。確かに、二人の言い分、推測は尤もだ。雑魚ばかりを寄せ集めても、王都を陥落させる戦力にはなるまい。もちろん、時期的に魔王軍の戦力も消耗していた可能性はなくはないが、それを断定する情報もまたどこにもない。

「う〜ん、うろ覚えでよければ。兵士たちの鎧は、凹んでたと思う。結構薄い金属板だったけどね。人間相手には十分でも魔物相手だったら雑魚でもそれくらいはできるんじゃないかなぁ。建物は、確かに結構損壊してたね。火の手は、ちらほら上がってたと思う。火を吐く魔物もいたんだよ。あんまりはっきり認識するほど一匹一匹と向き合ってなかったけど。こんなもんで、何かわかる?」

「多分だけど、雑魚ではないね。もちろん雑魚もいたかも知れないけど、中堅クラスの魔物もそれなりに混じってたのは間違い無いと思うよ。俺の交戦経験や、時代の違いも考慮すると、確証は薄まるけどね。魔王軍にとっての誤算は、騎士が出てこなかったことと、エルちゃんがいたことだ。騎士も含めて滅ぼすはずが、できなかった。そのことで、街中に人がいなくなって、エルちゃんが自由に戦える土壌ができてしまった。向こうからしたら、不運というほかなかっただろうね」

「でもさ」

 と、ここでフォルクローレが口を挟む。ゲートムントとともにずっと聞き役に徹していたが、珍しく口を挟んできた。興味深く聞いているとはいうものの、あまり専門的な分野の会話ではないはずなのだが。

「いくら騎士たちが来てくれなかったからって、避難しないで戦っちゃうの、すごいよね。やっぱり、住んでる街は守りたい、みたいな気持ちだったの?」

「もちろんそれはあったよ? でもね、私は、待ってるだけのお姫様じゃいられなかった。街が滅ぼされたら、その後はどうなると思う? 意気揚々引き上げると思う? 多分、お城を攻めるか、避難用の地下の壕が襲われて、みんな全滅して終わり。引き上げるとしたら、その段階までやった後なんだよ。だったら、魔物を倒さないと安全は確保されない。そう思ったわけ。魔王時代はね、あちこちの村や町でそういう判断が必要な場面があったんだよ」

 少しばかり重い話をして、一息つく。魔王が復活した今、そういう時代が再来しないように願うばかりだが、残念ながら確証がないばかりか、望みは薄い。一同の表情も、少しばかり曇り始めていた。

「だからこそ、戦う準備を備えておく必要があるんじゃん。この大会も、半分はそのためでしょ? 伯爵、他にこの時の話で聞きたいことはありますか? 覚えてる範囲でよければ、他にもお話ししますよ?」

 目線を上げて伯爵を見据えたその瞳には、強い光が宿っていた。それは、決して過去の暗い話を単なる悲劇として認識していない者の目だった。




〜つづく〜

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