表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第七章 決勝前夜のできごと
57/96

チャプター56

〜王城 ルーヴェンライヒ伯爵の執務室〜



「して、どうだ? そなた達の目から見て、不正を働いている者はいたか?」

 机の前から接客用のソファに移った伯爵は、並んで座る四人と向かい合う形で腰を下ろすと、早速本題を切り出した。元騎士団員として誰よりも鋭い目を持っているツァイネと、現役の戦士として街の外で魔物や野盗とも交戦経験のあるゲートムント、一人で幅広い依頼人を相手に商売を行っているフォルクローレ、そして人ならざるものとしての知見や感覚、それに長く生きてきた経験があるエルリッヒ。伯爵が四人に期待しているのは、何も気心の知れた相手だからというだけではない。

「じゃあ、まず俺から話しますね。少なくとも、俺の目からは、他に八百長試合をしている人がいるようには見えませんでした。もし、そういう人がいたんだとしたら、それは動きにも出ます。でも、観戦していてそういう人がいたようには見えませんでした」

「それは俺も感じたな。みんな、全力で戦ってるように見えた。別の街で賭け試合を見たことがあるけど、ああいうところだと結構イカサマもあるんだよな。そういう闘いかたとは違うっつーか。だから、八百長はないと思うぜ。……ないと思います」

 二人の意見は伯爵にとってはとても有益だった。なまじ実戦を経験していない。相手が本気かどうかくらいは観客席の、それもかなり上段からでも見抜けるのではという期待通りの言葉をくれた。

「……そうか。して、そなたらはどう見た?」

「あー、えーと、観戦させてもらっておいてなんですけど、あたしはそういうのを見抜くのは苦手で。交渉で嘘をついてるのはなんとなくわかるんですけど、戦いが本気かどうかまでは。でも、嘘っぽい戦いには見えなかったですけど。多分、ですけど、八百長試合だったら、最初のあの戦いみたいに、ちょっと芝居っぽいっていうか、舞台の上のワンシーンに見えるんじゃないかと」

 苦手と言いながらも興味深い回答を見せたのはフォルクローレ。『芝居っぽい戦い』を身振り手振りを交えながら表現している。誰にとっても新鮮な目線だったが、確かに言っていることに一理はある。どちらかが勝つと決まっていれば、ある程度は事前の段取りが必須になるからだ。そして、どれだけ奮戦の末の勝利あるいは敗北に見えても、それが事前に仕組まれていたことなら、誰かは気づくはずだ。あれだけの観衆全てを欺けるものではない。

「フォルちゃん、面白いこと言うね。その視点はなかったわ。お芝居っぽいっていうの。確かに、私の記憶でもそう言う嘘くささを感じる試合はなかったように思いますね。あと、これも大事なポイントだと思うんですけど、ここまで試合が進んでて、八百長試合があったとすると、勝ち進む分だけ根回しが必要になりますよね。根回しをするからには、相手にとってのメリットを提供しなきゃいけないわけです。騎士団での出世なのか、わかりやすくお金なのか、他の何かなのか。しかも、次に誰と当たるかは試合が行われないとわからないから、ある程度ギリギリにならないと交渉もできませんし、相手が高潔だったり自分より上の家柄の出身だったら、交渉に応じてくれないかも知れない。そこまで考えたら、リスクがすごく大きいですよね。それに、正直にちゃんと戦って負けた方が名誉ってことまで言えると思いますし」

「ふむ、確かにそうだな。エルリッヒ殿は、そこまで考えて八百長を仕掛けるのは現実ではない、と見るわけだな? それも一理あるか」

「そう言う伯爵はどうなんですか? 伯爵から見て、怪しい人はいましたか? ……なんて訊くのは野暮っていうか、酷ですけど。伯爵は、自分の目で見たみんなの戦いに疾しいものを感じ取れなかったからこうして俺たちを招集したんですよね?」

 ツァイネは伯爵の真意を鋭く射抜いた。まさにその通りで、八百長であると明白な者を見出すことができなかったからこそ、四人を呼び出し、意見を聞く場を設けたのだ。もちろん、八百長を行った者があれ以来現れていないということであればそれが一番なのだが、見逃したとあれば、騎士団幹部としての面子にも関わる。いや、この際自身の名誉はどうでもよかった。一番大事なのは、今後訪れる可能性の高い国難から国や王都を守るべき騎士団に、不正を働く輩を置くわけにはいかない、然るべき戦力を保持できていなければならない、という焦燥感にも似た感情だった。すでに一度ならず二度までも攻め込まれている以上、喫緊の課題なのだ。

「全く、そなたには敵わんな」

「お褒めに預かり光栄です。伯爵との付き合いもそれなりに長くなってきましたからね〜。なんていう大それたことを言うまでもなく、誰でも同じだと思いますよ。俺でも判断権を与えられてたとしても迷いますもん。でも、今のところは他に不正なしとして判断しちゃっていいと思いますけどね。一応、陛下から与えられてる親衛隊相当の権限で言わせてもらってます」

 ツァイネが行使する『親衛隊相当』と言う権限は、特例中の特例として認められ、与えられているものだが、親衛隊に所属する騎士の発言権は、決して軽いものではない。親衛隊員には、ある程度越権にあたる発言権が認められており、時にそれは国王への直接の提言すら許されるものであり、伯爵の持つ騎士団での権限を上回ることすらある。その権限で発言すると言うことは、騎士団としての公式見解として採用されてもよいという自信と根拠があればこそだ。ツァイネは今、判断の難しいポイントで伯爵を煩わせるくらいなら、自身の責任と権限で方針を決定してしまった方が早いと断じた。

「そうだな。そなたら四人が口を揃えて不正はなかったと見たのであれば、その判断を信じよう。無論、己自身でもそのように感じたからこそ、第三者の判断を仰いだわけだが。しかし、実際に八百長が一試合で済んだとなれば、これは騎士団にとっても嬉しい誤算だ。多くの者が、正々堂々と戦ったのだからな」

「そうですね。正直なところ、騎士団の中にも感じの悪い人は何人もいましたけど。でも、あの場においては一安心でしたね。俺たちみたいな身分の低い兵士は見下していても、国や民衆を守るっていう誇りだけは失っていないのかも知れませんね」

「ツァイネ、そんなに楽観的でいいのか? また魔物が襲ってきたら、保身で真っ先に逃げるかも知んねーぞ?」

「ちょっとゲートムント、そこまでひねくれたこと言わなくてもよくない? 伯爵の前なんだし、信じるっていうのも、悪くはないよ? や、確かに、そういう酷い騎士は私も過去見てきたけども。特に魔王時代の、あれはなんていう国だったかな、そこの王都にあるレストランで料理修行をしてた時なんだけど、魔物の侵攻があって、民衆が逃げ惑う中、一般の兵士が一生懸命戦って私たちを逃がそうとしてくれてたんだけど、パレードにいた立派な鎧を着た騎士達はついぞ現れなくてね。まぁがっかりしたもんだったよ」

「出た! エルちゃんの思い出話! で、その王都はどうなったの? 滅んだの? それとも、兵士たちが守り通したの?」

 成り行きで語ることになったかつての騎士達の腐敗話は、当然みんなの興味を引く。それはもちろん伯爵とて例外ではない。そういった歴史に学ぶところ大なりという思いもあるが、何よりも、自分が生まれる前の外国の騎士達の話だ、悪い話だとしても興味深い。

「んー、兵士の人たちは、いく人も犠牲になりながらも民衆を守ってくれて、民衆は街の地下に作ってた避難用の空間に逃げ込んだんだけど、やっぱり犠牲者は出て、結局お城からは立派な騎士達は来てくれなかったし、街はみんな避難して無人になったから、私が逃げ遅れたフリをして、残ってた魔物達を全員やっつけてやった。兵士の人たちも、私たちを守ったり逃がそうとするのが先で、あんまり倒せてなかったしね。いやはや、流石にあの時は言い訳を考えるのに苦労したよ。って、すみません、こんな話、面白いですか?」

「いや、実に興味深い話だ。よくある話だとは思うが、実際に目の当たりにした者の話だと思うと、ひとしおだな。我が騎士団も、そのような体たらくにならぬよう、気をつけねばと思うよ」

 最後まで助けてくれなかった騎士団への感情たっぷりに話して聞かせたかつての経験は、決してこの王都で再現されてはならないものだ。それが少しでも伯爵に伝わったのであれば、それよりも何よりも、思い出話としてこの場にいる四人が少しでも楽しめたのであれば、それが一番だった。

「ご清聴、ありがとうございました。なんて」

 少し気恥ずかしそうに話題を締めたが、ツァイネとゲートムントは、『大都市を襲った魔物の群れのほとんどを一人で片付けた』という部分に、戦慄を禁じ得ないでいた。




〜つづく〜


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ