チャプター55
〜王城 正門広間〜
兵士たちの確認を経て、4人は王城に入る。中の案内は大丈夫かという申し出に、笑顔で穏やかに断りを入れることも忘れずに。
何度となく呼ばれて訪問しているのみならず、なにしろここにはツァイネがいる。勝手知ったる元職場だ。一人には気付かれてしまったが、もう片方、場内にアポイントメントのスケジュールを確認しに行ってくれた方には気付かれないままで終えることができた。とはいえ、きっと今頃この手の話をしているのだろうと思うと、帰りは質問責めに遭うかもしれない。もちろん、その頃には交代の時間を迎えていて、別の兵士が守っているかもしれないが。
呼ばれたのはルーヴェンライヒ伯爵の執務室だ。いくら場所がわかっていると言っても、貴族や使用人でもない自分達が城内をうろちょろしているのは流石に気が引ける。少なくとも、ツァイネを除く三人の総意だった。
「は、早く進もう」
「そだね」
「ああ。視線が痛ぇ」
「えぇ? 3人とも何言ってるのさ。視線なんて感じないし、急ぐと誰かにぶつかるかもしれないよ?」
一人だけ温度感の違う言葉を発しているが、当人が気づいていないだけで、見慣れぬ来訪者に対する冷たく刺す様な視線はツァイネにも平等に向けられている。城内に自由に出入りできる者でも、全員が全員ツァイネのことを知っているわけではないということだ。まして今は平服、鎧を着ていない。せめていつもの青い鎧を身に纏っていれば、親衛隊員だと識別してくれるのだが。
「ツァイネは我が道を行ってるねぇ。この視線、私は何度来ても慣れないんだけど」
「せめて、ドレスでも着て貴族のフリでもしてれば話は変わったのかな」
「そ、それはやめてくれ。俺だけ誤魔化しようがねぇ……貴族連中が着てるような服なんて持ってねーよ」
「物の例えだよ。そんなの俺だって持ってないし、フォルちゃんだって、ドレスなんて持ってないでしょ?」
そもそも、そういう貴族が来ているような装束でこの場に立っていたところで、立ち居振る舞いでばれかねないし、舞踏会でもないのに男女4人で固まって歩いていたら、それはそれで十分に不審なのである。
「し、失敬なー。ツァイネ、あたしを誰だと思ってるのさ。ないものがあったらパパッと調合しちゃう、錬金術士のフォルクローレさんだよ? ドレスの一着や二着。いや、そうじゃなくてだね、一応ドレスも持ってるってことが言いたいんだよ。錬金術士ってのは、臨機応変な立ち回りが求められるからね。ここじゃないけど、別の国でお城に呼ばれたこともあるし」
「普段おしゃれに全然興味がないフォルちゃんのドレス姿か〜。興味あるな〜。もしかして、ドレス姿なのに髪の毛も梳かしてない、なんてことは、ないよね?」
エルリッヒが心配するのも無理もない。今日もお城に上がるということで、一昨日と同様にエルリッヒが気合を入れて服装や髪を整えている。だが、これがもしフォルクローレ一人だったら。そう考えると、ドレスを着ているからといって城内をうろついたら、十分に怪しまれる可能性があるのだった。
「いやー、うーん、それはどうかなー。えーっと、前はどうだったかなー。あー、ごめん、思い出せないや」
「あ! 誤魔化した! てことは、いい加減だったんだね? 全く、フォルちゃんったら……」
そういう適当なところも愛嬌を感じるポイントではあるのだが、場を弁えきれていないという意味では、危険でもあった。流石に身だしなみ一つで捕まる様なことはないが、貴族たちはもちろん、城内警備の兵士に怪しまれることは間違いない。まして用があるのが王族だったら、尚更だ。
「フォルちゃんのそういうとこ、親近感湧くなー。俺も、いい格好してもそういう感じになりそうだ」
「あー、ゲートムントもそうだよねー。じゃ、二人は留守番だ。俺とエルちゃんで登城することにするよ」
こういう、皮算用に近い話で盛り上がるのはとても楽しい。むしろ騒がしくしていることで衆目を集めているということには気付かないまま、4人は城内を進んでいく。結局のところ、こうして雑談に花を咲かせながらも迷わず進める程度には勝手を知っているのだった。ツァイネは例外としても、このように何度も城内に呼ばれる平民はそうそういない。
「あ、ここだね」
「相変わらずおっきな扉」
「話してるとあっという間だな〜」
「一応、粗相のないようにするのは忘れないでよね? て、俺が言うのも変かもしれないけど」
普段一番緊張なくフランクに貴族衆と接しているツァイネが釘を刺しても、全く説得力に欠ける。のだが、一応の儀礼のようなものだと思えば聞き入れられる。エルリッヒはともかく、ゲートムントもフォルクローレも、ルーヴェンライヒ伯爵とは幾度か面識があり、多少緊張もしなくなってきてはいるのだ。
ツァイネが先頭に立ち、執務室の扉を軽くノックする。流石にここにはノッカーのようなものはないので自分の拳で叩くことになる。こう言う時の所作を見ていると、庶民とは違うことを実感する。特に本人が語ったりはしていないが、親衛隊に入隊するにあたり、所作振る舞いの指導も受けたのだろうと想像する。一般的には貴族出身者にしか門戸の開かれていない部隊だから、平民出身者が入隊するとなれば、城内では貴族の若者と同レベルの振る舞いができなければダメだと規定されてもおかしくはない。抜擢理由が剣の腕前と王家への忠誠心だったとしても、入った後では他の素養も要求されるのだ。
『誰だ』
扉の向こうから、少しくぐもった声で返事があった。間違いなく、伯爵の声だ。これに、ツァイネはさらりと答えた。珍しく、言葉遣いが丁寧だ。伯爵相手にもこんなに丁寧な言葉遣いだっただろうか、それとも、城内ということで他の誰かが見ているからだろうか。エルリッヒたち3人は、示し合わせたように似たようなことを考えていた。
「伯爵、ツァイネが参りました。お呼び出し通り、エルちゃんたち4人で来ています」
『待っていた。入りなさい』
4人は招かれるままに扉をあけ、執務室に入る。何度か足を運んでいるため珍しさはないが、何度入っても豪奢な調度品や内装に目を奪われる。これが、騎士団上層部にいる伯爵様の執務室か。
その、広くて豪華な執務室の一番奥に鎮座していた伯爵は、扉が閉められるのを確認すると、席を立ち、4人の元へと歩み寄った。
「せっかくの休みに、すまなかったな。よく来てくれた」
「いえいえ、伯爵こそ連日の観戦でお疲れでしょうに、今日もお仕事ですか? ご苦労様です」
まずはツァイネが社交辞令とも本音とも取れない挨拶をする。そして、伯爵に促されて4人はソファに腰掛けた。何度座っても、どこまでも沈んでしまいそうになるこの椅子のクッションには慣れない。
「そうだな、観戦というのもなかなかに疲れるものだな。元々、こうして机上の執務を行うよりは体を動かすほうが好きなのだが、あのような大会の観戦というのは、ただ疲れるだけでなく、自分があの舞台にいないことがとてももどかしく感じられて、いかんな。もう若くはないのだが、己もあの場に立って、若者たちと剣を交えたくなってしまう。立場や身分、それに歳も超えて。おっと、いかんな、つい話し過ぎてしまった。そなたら4人はどうだ?」
「俺たちもたいして変わりませんよ。少なくとも、俺とゲートムントは伯爵と同じ気持ちです。流石にエルちゃんはそんなことはないだろうし、フォルちゃんがあの場に立つ機会を得たとしても、爆弾を使うことになるだろうから、全力で止めなくちゃダメだけど」
砕けた中にも少しだけ相手を立てた話し方をするツァイネ。本来であれば、十分に不敬と取られるのだが、付き合いも長くなってきている伯爵は、流石にそのようなことでめくじらは立てない。これが、騎士団に属している若い兵士や騎士の物言いだったなら、多少は咎め立てもするのだろうが。
「……そうか、やはり、そうだな。文官でない以上、君達の思いが同じで、安堵もしているし、嬉しくも思うぞ。さて、ここへ呼び出した本題だが……」
「大体の察しは付いてますよ。決勝前日まで来て、おかしな振る舞いをしている参加者がいなかったかどうか、でしょ?」
ツァイネの射抜くような眼差しに、伯爵は穏やかな表情を変えて、頷いた。
〜つづく〜




