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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第七章 決勝前夜のできごと
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チャプター54

〜王城 正門前〜



 約束の時間よりも早く到着していた女性陣から遅れることしばらく、ようやく男性陣が現れた。待ちくたびれた、というほどではなかったが、なにしろお城から、ルーヴェンライヒ伯爵からの呼び出しである。遅くなっては失礼だ。世が世なら、要件が要件なら、そして時代が時代なら、それだけで首が飛びかねない。

「ちょっとー、遅いんだけど〜」

「ごめんごめん。ギルドで昼飯を食べてから来たんだけど、周りのみんなと話してたら盛り上がっちゃって」

「そーなんだよ! ほら、俺ら大会に来賓で呼ばれてて毎日出てるだろ? あれで、自分らが抽選に外れた日の試合の様子を語って聞かせろっていうもんだから、ついついな!」

 そこまで細かくは覚えてないだろうし、何日も前のことを語れと言われても大変だろうが、どうやって盛り上がる話をしたのだろう。そんなことが気になってしまう女性陣二人だった。だが、兎にも角にも少し遅れたことは事実であり、そこは最低限反省してもらわねばならない。

「盛り上がるのは結構だけど、約束の時間に遅れたことは事実だよね? それについては?」

「……ハイ。すませんでした」

 淡々と時間に間に合っていないことだけを追求されてしまうと、さすがのゲートムントも意気消沈。萎んだ風船のようになってしまった。

 そこまで強く責め立てたいわけではないから、あまりこの話題を引きずることはしたくなかったが、最低限は自覚してもらわないと困るというものだ。

「ほら怒られた。だから言ったのに。早く食事を済ませて先に到着しちゃおうって言ったよね? 全く、俺の制止を振り切って話し始めたんだから……」

「ちょ! お前なぁ。俺ばっかりを悪者にすんなっての。自分だって乗っかって盛り上がってたじゃねーか。俺一人の責任じゃねーって」

「あーはいはい。こんな往来で言い争いするのはやめようね。ここ、どこだかわかってるでしょ? お城の目の前だよ? あそこの兵士の二人に見咎められたらどうするのさ。いや、その時はツァイネの威光が使えるか。とにかく、恥ずかしいからやめてよね」

「そーだそーだー!」

 フォルクローレまでが乗っかって二人を非難する。側から見ればむしろ楽しげなやりとりに見えるかもしれないが、くだらないやりとりを仲裁しなければならないエルリッヒからすれば、そんなに気楽なものではない。そもそも、注目を浴びること自体、恥ずかしくてたまらないのだ。

「フォルちゃん……。とにかく、お城に入るんだから、いい?」

「……ハイ」

「……ごめん」

 流石にあまり迷惑をかけるわけにはいかないからか、二人は改めて落ち着きを取り戻して謝った。くだらない理由であればあるほど、鎮まるのも早いのだ。もしかしたら、どこかで冷静にものを見ている自分達もいたのかもしれない。

「それじゃ、行くからね? くれぐれも粗相のないように!」

「はーい!」

 これではまるで自分一人だけが大人のようだと思いながらも、三人を引率して跳ね橋を渡る。と、当然、衛兵の目をくぐり抜けることはできず、用件を問われることになる。

「これより先は城内。許しのない者が立ち入ることはできない」

 槍を手に、鎧を纏った兵士から出た、お仕着せのような感情の見えない言葉に、一瞬目喰らってしまう。が、流石にそれで怯む一行ではない。

 誰呼ぶともなくフォルクローレがしゃしゃり出た。

「あのー、あたし達の顔、見覚えない? 大会中毎日来てるんだけど」

「生憎と、城門警護は兵士の持ち回りで、俺たちは大会が始まってからは初めての担当だ。それ以前には何度もここに立ってるが、いちいち顔は覚えていられないしな。それで、用件は?」

 兵士の一人が答える。その内容は至極尤もで、反論の余地はない。大会期間中一度もここの担当になっていなかったというのだから、兵士の数の手厚さが窺える。

「そういえば、お兄さん達は大会に出てた? 覚えてないのはあたしも同じだけど、見覚えないなーって思って」

「……予選敗退だ」

「君たちは知らないだろうが、大会が始まる前に、場内で予選が行われているんだよ。そこで勝った兵士だけが、あの舞台で戦ってるんだ。ま、貴族出身者は別だけどな。もし騎士団全員があの方式で試合をしたら、何日あっても足りない。わかるだろ?」

 言いにくいことを訊いてしまったかもしれない。ちょっとした疑問だったが、これにはさすがのフォルクローレも気まずそうな顔になる。

「あー、ごめんなさい、なんか、変なこと訊いちゃって。で、用件だったね。それについてはエルちゃん、よろしく!」

「ちょっと、急に振らないでよね? しょうがないな〜。えーっと、私たち、騎士団のルーヴェンライヒ伯爵に呼ばれてるんです。午後から来るようにとのことなのでこの時間に来ました」

 騎士団員に対して、ルーヴェンライヒ伯爵の名前はとても効く。伊達に騎士団の上層部にいるわけではなく、彼の名前は、末端の兵士でも知らないものはいないのである。とはいえ、それも彼が現場主義的な側面を持って活動している点や、平民出身の一般兵を見下さない姿勢で接している点などが大きいわけだが。

「ちょ、ちょっと待ってろ。今確認してくる」

 向かって右手の兵士が慌てた様子で場内に消えた。用があって城に赴くものは、大体この様に門番のどちらかが場内でそのアポイントメントが正式なものかを確認しに行く。事前にアポイントメントを取っていない場合でも、目的の相手が接見に応じる場合もあるので、いずれにしろ確認は必要なのだが。

「よろしくお願いしまーす」

 気の抜けた声で送り出す。ここまで、ツァイネは大人しくしていた。ともすると、顔を見せ名を明かすだけで顔パスで場内に入れそうなものだったが、ツァイネ自身はそれを一種の強硬手段だと考えており、揉めそうな気配でもない限りは、極力自分の名前で押し通るような真似はしないようにしていた。

 だが、それはあくまでもツァイネの中での理屈であり、周囲はそこまでは考えていないようで……

「あのー、後ろにいる貴方、もしかして、ツァイネさんですか?」

 居残った左側の門番がツァイネの存在に気付いた。

「そうだけど、面識あったっけ?」

「いえ。でも、お噂はかねがね。面識のある先輩から話をあれこれ聞いていて、その時の特徴と一致していたのでつい……でも、お目にかかれて光栄です!」

 きっと、ツァイネは騎士団の兵士と顔を合わせるたびにこのような反応をされてきたのだろう。初めてその場に居合わせた時はその知名度に感心したものだったが、同行する機会も多いので、流石のエルリッヒも慣れてきた。とはいえ、やはり兵士の目の色が一瞬にして変わる様は何度見ても凄いものだと実感する。

「そんな大層なもんじゃないよ。ただ、努力を続けただけだからね。ただ、もう少し長く騎士団にいたら、身分によるの限界を制度ごとなくせたかもしれないとは思うけど。でも、例外でも前例は作った。だから、みんなも頑張ってね。ま、俺みたいになるのがいいことかどうかはわからないけど」

「そ、そんなことありません! おそらく、ツァイネさんは俺たち騎士団の平民出身者にとって永遠の英雄です!」

 英雄呼ばわりされて悪い気はしないが特段嬉しくもない、というのがツァイネの本心だった。身分の壁を越えて出世の実績を作ったことは事実であり、騎士団の記録に功績を残せているが、それが自分限りの特例であっては困るし、英雄の冠を戴くのであれば、それは人類やこの世界にとっての功績を上げた後にしてほしい。ましてや魔王が復活してしまったこのご時世では。

 だから、現時点ではどの様な栄誉も受けるには値しないとすら考えていた。当然、相棒たるゲートムントとは異なる考え方だろうが、そんなことは関係ないし、それで友情に傷がつくものでもない。そうも考えていた。

「英雄、か。俺たちが魔王討伐に大きな貢献ができたら、改めてそう呼んでね」

「は、はぁ。って! 魔王討伐ですか!? てっきり、魔王討伐は勇者一行が行うものだと……もしかして、出陣のご予定でも?」

「俺はそんな話聞いてないけど、ツァイネ、予定あんの?」

 ゲートムントの問いかけには、にっこり笑って首を横に振るばかり。今のところは予定なし、ということだ。

「だよなぁ」

「あーびっくりした。あたしも寝耳に水だったもん」

「ツァイネだったら、内心そういうこと考えてても不思議はないけどね。私たちよりは、市井寄りっていうよりも騎士団や勇者一行に近い考えを持ってそうだし。今この話をしても長くなるし、また今度じっくり聞かせてよね。っと、兵士さん、戻ってきたみたいだね」

 気配を感じるまでもなく、大きな足音と鎧の各部位がぶつかる音が鳴り響き、先ほどの兵士が戻ってきたのがわかった。




〜つづく〜

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