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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第七章 決勝前夜のできごと
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チャプター53

〜王城 正門前〜



 午後、4人は城門の前で待ち合わせをしていた。呼ばれていたのは、いつも通りの面々である。時間に余裕があったため、エルリッヒたちは当初の予定通り掃除や近所の散歩をこなしてから昼食を済ませ、登城用に少しだけいつもより念入りに身支度を整えることができた。一方、ゲートムントたちの様子は窺い知れない。のんびり過ごしているかもしれないし、朝から森にでも訓練に出かけていて、時間を忘れているかもしれない。とにかく、待ち合わせの時間は指定しているので、今は待つのみだった。

「あの二人、間に合うかな」

「さぁねぇ。私たちはあの二人をどうこうすることはできないしねぇ。このためだけにお店に泊めるってわけにもいかないし、信じるしかないと思うよ。一応、約束の時間までは待つけど、それをすぎてもなんの気配もないようだったら、先に行こう。伯爵を待たせる方が良くないし」

 跳ね橋の向こうで城門を守る二人の衛兵に不審な目で見られながら、のんびりとその時を待った。遠く教会の方角から、約束の時間の半刻前を告げる鐘の音が聞こえる。

 少し早く来すぎたかもしれない、と思ったが、陽の高さと教会の鐘の音以上に正確に時を把握する術がない以上、前もって行動することは必須事項と言っても良かった。

「あたしたちがなんのためにしっかり準備を整えてきたんだか、その意味を考えててほしいよね」

「こら〜、フォルちゃんがそれを言わない。もしうちでの寝泊まりじゃなくてアトリエに帰ってたら、今この場にいる自信あった?」

 基本的にぐうたらで、なおかつ調合中は徹夜も厭わないフォルクローレは、その分だけ時間にもルーズだ。もしアトリエに帰って生活していたら、徹夜での調合の果てにこの時間でもまだ眠っていたかもしれないし、なんなら調合をおこなっていなくてもまだ起きていなかったかもしれない。彼女の時間感覚は、依頼の期日に間に合わせることに全て振り切られていると言っても良かった。

 流石に自覚はあるのか、エルリッヒの指摘に少しだけ気まずそうな表情になる。

「あー……うん、人のこと言えないね。でも、ま、今はこうしてここにいるんだし? ね? ホラ!」

「ホラじゃないよ。私の気苦労も知らないで。全く……。っと、もしもの話であれこれ言ってても意味ないね。それより、今は男たちだ。ツァイネはそんなに時間にだらしないはずはないんだけど、稽古に出ちゃうと途端に変わるからなー。それにゲートムントはフォルちゃん並みに時間にルーズだし。これが、外に出る冒険の待ち合わせだったら間に合わせてきたんだろうけど、そうじゃないからなー」

 そろそろ近くに来ていないかと、二人の気配を探りながら回想を重ねる。冒険の旅に連れ出すときは流石に待ち合わせの時間に間に合わせてきている二人。そういう、要件限定での時間感覚でも困るのだが、全面的にルーズな性格をしているよりは幾分だけマシだった。

「外での冒険、か。いいな〜。あたしも一緒に冒険に行きたいなー。できれば国の外がいい!」

「え、何を急に。用があったら同行をお願いするかもしれないけど、危ないよ? それに、フォルちゃんとは前に素材採取ツアーに同行したじゃん。あれじゃあダメなの?」

 王都から数日という、比較的近くの森での採取ツアーだったが、それでもフォルクローレとの王都の外への外出であり、一般の人からすれば十分な大冒険である。自分が普段から出かけている範囲だからか、それでは冒険の範囲には入らないらしい。

 もちろん、その言い分も分からないではなかった。遠い異国の地に赴き、見たことのないような他所の土地の植生からくる植物を採取したり、この国では珍しい鉱石を採掘したり、出会ったことのない魔物や獣相手に思い切り爆弾を投げつけて討伐し、その素材を確保する。そして、少し雰囲気の違う街へ赴き、その土地の料理を味わう。錬金術士でなくとも魅力は感じるのである。

「そうは言ってもねぇ。ましてやこのご時世だし。じゃあさ、勇者一行が現れたら、仲間に加えてもらうっていうのはどう? 爆弾とか薬とかをパパッと調合できるから、重宝されるんじゃない?」

「ちっがーう! そういうことではない。違うんだよ〜。あくまでもこの街の住人として外の国に出かけて行きたいんだよ〜。勇者一行に加わったらこの街をさよならすることになるじゃんか〜」

 なまじ国外の出身で、なおかつこれまた国外にあるアカデミーで錬金術を学び、諸国を漫遊した末にこの街に落ち着いたフォルクローレはこだわりが強い。ある程度は理解できるだけに、エルリッヒも頭ごなしには否定できないのであった。

「う〜ん。じゃあ、次何かで国外に出る機会があったら誘うよ。それでいい?」

「いい! ゲートムントたちだけが誘われたんじゃ、不公平だもんね〜。言っとくけど、エルちゃんはまだあたしの爆弾の真価を知らない。役に立つよ〜? 魔物との戦いはどんどん激しくなってるし、他にも土砂崩れで馬車が進めなくなった時にも一気に土砂を吹き飛ばせちゃうからね。なんてったって防水加工がしてある特別性だから、雨が降っても湿気らない!」

 爆弾のセールストークに花が咲く辺理、どれだけ可愛い格好をしてもいつものフォルクローレだ。爆弾作りに強いこだわりを見せ、そのこだわりが結実したかのような多彩で強力な爆弾を量産するフォルクローレは、アカデミーの卒業生の中ではどういった位置付けなのだろうか。錬金術師としては平均的なのだろうか、それとも、変わり種の生徒だったのだろうか。もしこれでも未熟者と見られるようであれば、錬金術士、ひいてはアカデミーという教育機関をあまりにも恐ろしい組織だと考えざるを得ない。

「ん? どしたの? 難しい顔して」

「え? あー、いや、大したことじゃないんだけどね。フォルちゃんが卒業したっていうアカデミーさ、フォルちゃんみたいな子がたくさんいるのかなーって思って」

 もしそうだとしたら空恐ろしい。世界は広いからこれまで出会っていないだけで、毎年相当数の錬金術士が世に出て活動をしていることになる。この街にだって、フォルクローレの後輩にあたる若者が表れないとも限らない。もしその時、その若者も爆弾作りにこだわりを持っていたとしたら。この街は一気に民間軍事力が高まることになってしまう。魔王が復活した今となっては心強いかもしれないが、それでも少し恐ろしい。

 自身の戦力が一騎当千では効かないレベルだということを棚に上げ、爆弾が根深く流通するようになったこの街の姿を一人想像してしまうのであった。

「うーん、少なくとも、あたしほどの爆弾を作れる子は他にはいなかったね! これはねぇ、生半可な努力で修められるものじゃないんだよ。アカデミーで習う基礎的なレシピに、どうアレンジを加えるか。それが爆弾の強さやバリエーションに反映されるからね。もちろん、独り立ちした後の生計にも直結するってわけ。だから、人に伝授する気もない! あるとしたら……遠い将来子供ができたときくらいか。想像できないけど」

「そ、そっか……」

 みんながみんなフォルクローレのような爆弾狂でないことがわかり、少しだけ安心する。それでも、基礎的なレシピとやらは一様に学んでいるということだから、他にもいるにはいるのだろう。やはり錬金術アカデミーは恐ろしいところだ。

「それにしても、やっぱりあの二人来ないねぇ」

「そうだね。ちょっと気配を探ってみるよ。目で見える範囲よりは遠くにいても気付けるから」

 じっと目を閉じて耳を澄ましてみる。足音が聞こえるわけではないのだが、こうしていると、他者の気配を強く感じることができる。その中でも、親しく接しているゲートムントたち二人の気配は特に掴みやすい。

(どうかな?)

 意識を集中させると、こちらに向かって近づいてくる二人分の気配を感じる。これは間違いない。ゲートムントとツァイネの気配だ。

 思った以上にあっさりと掴むことができてよかった。気配の近付く速度からは、向こうも急いでくれているのが伝わる。

「もうすぐ近くまで来てるみたい。そろそろ見えてくるんじゃないかな」

「どれどれ〜? あ、本当だ! まだすっごい小さいけど、見える見える! ほんと、便利な能力だよね。」

 このまま待っていれば大丈夫だろう。少なくとも、約束のことは覚えていて、急いでくれているようだった。

「それにしても、遅〜い!」

 エルリッヒが愚痴をこぼすのも無理からぬことだった。教会の鐘は、もうとっくに鳴り終えていた。




〜つづく〜

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