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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第七章 決勝前夜のできごと
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チャプター51

 〜コッペパン通り エルリッヒの自室〜



 竜王杯準決勝の翌日、この日は休養日ということで、決勝を戦う二人はもちろんのこと、観客や運営委員にあたる貴族職員たちにとっても休養日ということで割り当てられてきた。

 エルリッヒたちものんびり過ごすつもりでいたのだが、ルーヴェンライヒ伯爵に呼び出しを受け、登城しなければならなくなっていた。とはいえ、午後で良いということを言われていたため、この日はいつもより長い眠りを貪っていた。

「……朝か」

 エルリッヒが目を覚ましたのはすっかり日が昇った後だったが、連日の観戦の疲れからか、いつもより長く眠っていたようだった。

 それまでの日々も、仕入れのために明け方に起きる必要はなかったので普段よりは長く眠っていたが、この日はなお一層長く眠っていたようだった。それだけ日常と違う生活は疲れが溜まるということなのだろうか。などということを少し考えてみたものの、答えは出ない。ただ一つ間違いないのは、たまには長く眠るのも良いことだということだけだった。

「フォルちゃんはいつもよく寝てるなぁ」

 朝の目覚めと共にフォルクローレの寝顔を見るのもすっかり日課になっていた。この日ももちろん、その寝顔を見て心の安らぎを得るのだった。布団の中で見る寝顔は安らかという言葉を通り越して完全に無意識のものであり、親友ではあるが、まるで妹のようにも感じられた。これは自分が末っ子だから生まれる下の子への憧れかもしれない。

「このまま放っておいたら夜まで寝てるのかな。いつか試してみたい……」

 かすかに芽生えるいたずら心を自制しながら、ゆっくりと体を起こす。いつものように、フォルクローレよりも先に起きて朝の支度をしなければ。日の高さから、とりあえずまだ『朝』と呼んでもいい時間ではあるようだった。

「よしっ、起きるか」

 フォルクローレを起こさないように気をつけながら起きるのも、もうすっかり慣れてしまった。半分だけ布団を捲りながら起き上がり、今日も金色の髪をさらりと撫でてからベッドを出て、また掛け布団を戻す。朝日で起こしても悪いので、カーテンも開けないままだ。着替えることを考えれば部屋が暗いのであまり望ましくはないのだが、隙間から漏れる程度の薄明かりでも十分だ。普通の人でも着替えに困るほどではないのだが、人間以上に夜目の効くエルリッヒであれば、なおのことだ。

 クローゼットから着替えを選び、寝巻きから着替える。やはり、どれだけ親しくなっても着替えは一人でしたい。だから、落ち着くひとときでもあるのだ。

 今日は何を着ようか、手持ちの服にさほどバリエーションがあるわけではないのだが、着替えを選ぶ時間も楽しいし、着替えの第一段階としてぱさり、と寝巻きが床に落ちる時の音も好きだった。自分が別の姿に変わり、始動モードに切り替わる儀式のような感覚がある。

「よしっ!」

 姿見で己の姿を確認すると、声を落としながら気合いを入れる。その間、フォルクローレは呑気に寝返りを打っていた。もちろん、まだまだ起きる気配はない。

 階下に降りる際も、出来るだけ足音を立てないように気をつけながら降りる。木製の階段は気をつければ石造の階段より足音自体は抑えられるが、材質がしなることで音を立ててしまうため、それも踏まえてゆっくりと静かに踏みしめなければならなかった。

 しかし、それももうすっかり慣れてしまった。今なら気配を消したまま階段を昇り降りできるかもしれない。



 一階に降りると、窓を開け放つ。これも、出来るだけ響かないように気をつける。だが、フォルクローレを気遣って静かに活動するのはここまでだ。外に出て、井戸で顔を洗うとそのまま井戸水を汲んで戻り、朝食のために地下室に降りて食材を取りに行く。年中一定の温度を保ってくれる地下の保管庫は非常に有難い。

「さーて、今日は何を作ろうかな〜」

 営業を止めている今、備蓄している食材の種類には限りがあるので必然的にメニューにも限界はあるのだが、その中で少しでも変化を持たせたいと思うのが信念であり、性分でもあった。

「今日はまだ卵があるし、卵と野菜を軽く炒めるかな。西方の香辛料も試してみたいし。パンは今日も黒パンだなー。これ日持ちするからなぁ」

 カゴにひとしきりの食材を詰め込むと、地下室を後にする。食材のストックも乏しくなってきたところだから、明日で大会が終わるというのは渡りに船だった。地下室の貯蔵庫は年中一定の低温を保ってくれるが、それでも永遠に鮮度を保ってくれるわけではないし、室温より数日長持ちする程度だ。だからどうしてもある程度の日数で食べきってしまわないといけない。普段あまり考える必要のない、備蓄と鮮度のせめぎ合いなのだった。

「よしっ、料理開始!」

 井戸水で野菜を軽く洗い、火を起こし、支度を始める。お店が営業していない日でも、出来るだけ料理からは離れたくない。だから、こうして毎日朝夕二人分の食事を作るだけでも、腕が鈍らないようにする最低限の活動なのだった。そういう意味では、フォルクローレと暮らしている状況にも少しは感謝したほうがいいのかもしれない。



「よーし、一通り支度はできたかな? あとは……」

 階段越しに二階に視線を向ける。予想通り、今日もフォルクローレは自発的に起きてくる気配がない。少なくとも、昨日までよりは遅い時間だというのに。

 お玉を片手に腰に手を当てて少しの間考えてみる。いつものように声を上げて起こすか、たまには直接起こしに行くか。声を上げるのもなかなか大変で、本来の姿の時に放つ咆哮のようにはいかない。

「ま、たまには起こしに行ってみるかなー」

 お玉を厨房に置き、火が消えているのを確認すると、階段を登り一路自室へと向かって行った。起こすつもりで行くのだから、流石に足音を気にすることはしない。



「フォルちゃーん、起きてる〜?」

 声をかけながら部屋に入ると、案の定まだベッドの上で寝息を立てていた。この、安らかを通り越して非常に気の抜けきった寝顔がなんともかわいい。起こしてしまうのは忍びないが、起こさないことには朝食は冷めてしまうしそもそも人は朝になれば起きるものだ。調合で徹夜したのならまだしも、そういうわけでもない。寝入りはわからないが、少なくとも同じ時間に床に入っているのだから、そろそろ起きてもらわなければ困る。

 それとも、やはり眠りが浅いのだろうか。寝つきが悪いのだろうか。自分とは違う、ということがなんの指標にもならないのがもどかしかった。人間同士でも個人差はあるだろうが、自分の場合はその次元ではない。いつもの眠りの深さ一つ取っても一般的な人間より深いのかもしれない。眠りが深ければそれだけ少ない時間でも元気になれるし、体力の回復も多い。とはいえ、フォルクローレもまだまだ若い娘、そんなに眠りが浅いのは問題だ。あまり考えたい話ではない。

 自身で薬を調合してなんとかできるかもしれないので、一度話題に出してみるのもいいかもしれないが、今はとにかく起きてもらうことが先決だ。

 まずはゆっくり揺り起こす。

「フォルちゃーん、朝だよ〜。起きな〜」

 反応なし。次の段階に進む前に、部屋のカーテンを思い切り開け放ち、窓も少し開ける。これで日の光が入り、風も入る。外の雑踏も聴こえてくる。その上で、次だ。布団を思い切り剥がし、ついでに頬をむにむにといじってみる。あまりおもちゃのように触るのも気がひけるが、なにしろ起きてくれないと話にならないので仕方がない。以前も手を握ってみたことがあったのだが、まるで効果がなかった。

「起きないか……今日はいつにも増してしぶといな。どうしようかな〜」

 腕組みをしてしばし思案した後……




〜つづく〜

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