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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第六章 熱狂の準決勝
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チャプター50

〜王城 竜王杯会場〜



「まさか、この剣があんなに重たいものだったなんて……本気で来られたら、大変なことになりそうだ」

「そういうことだ。君の武器は軽い、私の攻撃を受ける時も十分に気をつけることだね。それじゃあ、行くよ」

 今度はアルベルトが踏み込んでいく。そして、ノイマンの目の前で一閃を繰り出す。咄嗟に手にした短剣で受けようとして、直前でやめて飛び退ろうとした。

 もしかしたら、折れてしまうかもしれない。そう考えたら、とても防御はできない。だが、ギリギリでの判断で回避認めか、バランスを崩してしまった。その場で盛大に転倒する。

「隙あり!」

 武闘大会において、こんなに大胆な隙を晒すことはなかなかない。誰がこの好奇を見逃すものか。アルベルトは剣を大きく振りかぶり、ノイマンの顔を掠めるように突き立てた。僅かに頬が熱くなる。この感覚は、切り傷ができた時のものだ。一般的にこの手の重量で押し切るタイプの武器は斬れ味には期待できないものだが、この剣はその辺りも特別らしい。この重量に斬れ味まで備わっているとなれば、向かう所敵なしではないか。今も、石造りの舞台に深々と突き刺さっている。まるで、英雄譚に出てくる伝説の剣のようだ。

「さあ、どうする? 降参するか、この状態から勝ち筋を探すか」

「……降参です。これ以上は、今の僕では太刀打ちできなさそうだ」

 静かなひとことで、勝敗は決した。意外なほどあっさりとした幕切れに、誰もが驚きのあまり声を出せないでいる。もっと、派手な一幕があるかと思ったのに。

 アルベルトは剣を引き抜くと、ノイマンの手を取り立たせた。

「ありがとうございます。まさか、あんな醜態を晒すとは思いませんでした」

「実践でなければいいんじゃないかな。それに、あのまま私の攻撃を受けていたら、もしかしたら君の短剣は砕けていたかもしれない。そんなことになったら、それこそ大変だ」

 そんなに強烈な一撃だったのかと思うと、さすがのノイマンも血の気が引いていくのを感じる。これは怪我のせいではないだろう。間違いなく、あの一撃を受け止めていた場合の自分の姿を想像してのことだ。

「……恐ろしいですね」

「だろう? あの場は、会費を選んで正解だったよ」

 二人は、穏やかな表情で武器を鞘に収めた。



「何だとあいつ! 短剣が砕ける? あたしは上質なインゴッドを調合してんだ! いくら重い剣の攻撃だからって砕けるわけないだろ! 親方の腕前も舐めんな! 貴族だからって言っていいことと悪いことがあるぞ!」

 二人の爽やかなやりとりを耳にしたフォルクローレが、一人いきりたっていた。まるで自分が調合した金属が侮辱されたような気持ちになってしまったようだ。

「どーどーどー。落ち着いて落ち着いて。あくまで一般論だから。ね? 短剣とあの重量のあるらしい長剣じゃ、ああいう話になるのはしょうがないよ。それに、気になるんだったら実験させて貰えばいいんだし、ね?」

 先ほどから一転、超重量らしい長剣に興奮していたエルリッヒも、隣でフォルクローレがいきなりいきりたってしまったために冷静さを取り戻すことができた。自分が精魂込めて調合した素材で作られた武器が砕けるかも、と言われていい気がしないのは理解できるのだが、相手の意見も尤もなのだ。こちらとしても、あの剣の全容はわからない。全く同じものかどうかもわからないが、重い鉱石がわずかに含まれているということ以外は明かされておらず、他にも丈夫な鉄以外の金属が用いられているかもしれない。そう考えれば、この中で彼だけが知り得るあの武器の秘密により砕けると判断されてもおかしくはない。

 兎にも角にも、今はすっかりなだめ役に徹するのであった。

「口出ししないで! あたしは断固抗議する! あいつのあの剣でも砕けないってことを証明してやる! 一緒に行ってくれるよね?」

「ほらほら、今はそういうことを言う場じゃないでしょ? それに、そんな抗議をしてはいわかりましたって聞いてくれると思う? 追い返されるのがオチだよ」

 今にも立ちあがろうとするフォルクローレの肩を押さえ、なんとか座席に留まらせる。これが錬金術士としてのプライドなのかと思わされると同時に、愛着が強すぎるのも良くないと思い知らされる。先ほどの自分も、喜怒哀楽の方向性こそ異なっているが、似たような感じだったのかもしれないと思うと、途端に気恥ずかしくなり己を省みてしまうのだった。

「……ごめん、興奮しすぎた。でも、いつか必ず確認してやる! あたしの作った金属があの剣に負けるはずがないってところをね!」

「わかったわかった。その時は立ち会うから、今は落ち着こう。いいね?」

 思わぬところで試合後の余韻が阻害されてしまった。舞台では、今まさにザルツラント侯爵が勝者の名前を高らかに叫んでした。



「勝者、アルベルト・フォン・ゲッツェンマイヤー!」

 その一言に、観衆が湧き上がる。これで、決勝を戦う相手が決まった。大会は休息日を1日挟んで行われる。これで終わりという寂しさと、最も熾烈な戦いが見られるという興奮とが会場を包んでいた。一体、どんな名試合が生まれるのだろうか。全てはその一点である。



「決勝はゲートムントのお気に入りの槍使いとあの重い剣の騎士くんか。面白い試合になりそうだね」

「だな! でも、お前の応援してたやつが負けちまったのは寂しいんじゃねーか?」

 来賓席の男子の部でも、大会についての話がされていた。そうなのである。槍使いのラインハルトはゲートムントがずっと応援している選手だったが、一方のノイマンこそツァイネの応援している選手だったのだ。その二人が対戦することが一番楽しみにしているカードだったが、さすがにそのように都合の良い結果にはならなかった。準決勝まで揃って勝ち残ったことだけでも十分にすごいことなのである。そもそも、豪奢な鎧を身に纏ったような騎士が勝ち残らないという事態になれば、それこそ一大事である。むしろ、順当すぎる結果なのかもしれない。

「彼が負けちゃったのは残念だったけどねー。こればっかりは仕方ないよ。さすがに貴族の人たちが勝てないのは大問題になるからね。かと言って、彼らだけが勝ち残っても面白くないし、いい感じの対戦カードに落ち着いたと思うよ。考えてもみてよ。特注の武具を装備して挑んでる彼らは、大体からして有利な状態で参戦してるわけでしょ? しかも、騎士団で使ってる流派よりも洗練された一族伝来の流派を使ってるケースが多いわけだし、何より威信がかかってるからね。結局、八百長試合をしたのはあの人だけだったけど、貴族は名誉を重要視するから。兵士だって、出世や昇給がかかってると思えば全力で戦ってるわけだけど、元々城下で働くよりお給料がいいから騎士団で働いてるわけだし、買っても負けてもある程度は保証されてるわけだからね」

 騎士団の実態や兵士たちの実情を知っているツァイネは、ついつい色々と語ってしまう。しかし、実情を知っているからこそ今回の兵士と騎士の対戦が決勝に決まったという事実は、一番面白い結果になった。

「こまけーことはわかんねーけど、確かに面白い試合になりそうだよな! 俺はもちろんあの槍使いに勝ってほしいけど、お前は次の試合をどう見る?」

「どうだろうね。これはなかなか難しい試合になるかもね。さっき向こうでフォルちゃんがなんか叫んでたけど、あの槍があの重い剣の一撃を受け止めたら、折れるかもしれないしね」

 フォルクローレの平静のためにもそのようなことにはなってほしくないが、あの”重い剣”の真価はまだ未知数なのでなんとも言えなかった。

「そうだよなぁ。て、そんなことになってたまるかよ」

 根っこの思いこそ違うものの、ゲートムントの一言は、まるでフォルクローレの心の声を代弁しているかのようだった。

 二人とも、ラインハルトの勝利を信じていた。




〜つづく〜

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