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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第六章 熱狂の準決勝
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チャプター49

〜王城 竜王杯会場〜



「私のフライパンと同じだ!」

 エルリッヒは思わず叫んでいた。他の観衆たちが何が起きたのか分からずに戸惑いを隠せないでいる中、エルリッヒだけは何が起きているのかを理解していた。

「わっ! びっくりしたー。フライパンと同じって、重いやつってこと?」

「そ。あれは間違いないね。私の目は誤魔化せないよ」

 瞳がキラリと光る。ノイマン必死に持ち上げている間、エルリッヒの視線はアルベルトの剣に釘付けだった。ノイマンもようやっと持ち上げているが、とても重たそうで、とてもではないが自由に振り回せるような気配はない。

「うわ、重そー。ほんとーだね。ありゃあ重たそう。でも、あの重い金属って、黒いんじゃないの?」

「多分だけど、含有率が低いんじゃないかな。他がただの鉄なのか他の金属なのかわかんないけど、含有率が低かったら黒くない武器も作れると思うよ。でも、含有率が下がればその分だけ軽くなるから、そんなに変わんないと思うんだけどなあ。あんなに重いっていうのは、何か工夫してるのかなぁ。気になるなぁ」

 戦い以上にアルベルトの剣の素性が気になるらしく、目を輝かせている。もしかしたらこの後の試合展開ではその秘密が色々と語られるかもしれないという期待感が否応なしに高まっているのだ。隣のフォルクローレも、あのフライパンのことを普通のフライパンと同じように語ることのあるエルリッヒが、一応は特殊な金属で作られた特別なものという認識を持っていることに、なぜか妙な安心感を覚えていた。



「くっ! な、なんだこれ!」

「どうだ、重いだろう? これが我が一族に伝わる秘密さ。流石に国外の騎士団の者には教えられないけど、君は幸いにも我が国の誇り高き騎士団に属する兵士だ。だから特別に明かしたというわけさ。観客たちも同じだ。彼らは私たちが守るべき相手だからね。もちろん、中央に座す陛下は最たるものだ。さて、話を戻そうか。君はこの剣をまともに振るえないことに劣等感を覚えることはないからね。私は、幼少期から鍛錬を重ねているからこれを普通の剣と同じように扱えるだけで、並のものなら持ち上げるだけでも精一杯だろうさ」

 その発言は衝撃的ですらあった。こんなに重い武器がこの世にあるだなんて。見るからに普通の剣なのに、そうではないのだ。もちろん、世の中には鉄のような銀色の輝きを放ちながらも鉄ではない別の金属というものが存在していることは百も承知だ。今手にしている武器だって、鉄ではないより優れた金属が用いられていると聞かされている。だから、それと同じようなものだということは理解できるのだが、備えている特性がまるで違う。それが、理解を遠ざけていた。

「君が特別弱いわけではないから、それは安心したまえ。これを手にした者は大体が鍛え方が足りないんじゃないかと自戒の念に囚われてしまうんだが、そんなことはないからね」

「そうは言っても、素直には気入れられません。これは、一体どういう剣なんですか?」

 取り落としてしまわないよう慎重に、ゆっくりと舞台の上に剣を置く。手を離しただけで体が猛烈に軽くなるのを感じた。こんな物を軽々と振るう相手。通りでここまで勝ち進めたわけだ。文字通り、自分とは真逆のスタイルで戦いを続けてきた相手だったのだ。

「そうだな。どこまで話していいものか。私は次期当主の座ではあるが、今の当主は父なのでね、許可なく全てを話すことはできない。だが、これくらいは言ってもいいだろう。この剣には、通常の金属よりもはるかに重たい金属が僅かに入っている。その影響だよ。具体的な分量は聞かされていないけどね。一族に伝わっているのは、僅かだということだけだ。その、僅かに混ざっている重たい金属がこの剣の圧倒的な重量を生み出している」

「そういう……ことでしたか……」

 本来、武器は軽ければ軽いほど有利派なずだ。自在に操ることができ、携行もしやすくなる。王都内で戦う場合以上に、他の地域に遠征する際にはより一層効いてくるはずだ。まして騎士ともなれば移動手段は馬か馬車だろう。馬の負担を考えても軽い方がいいはずだ。それが、こんなに重たい武器を代々伝えているとは。

「……随分と、規格外ですね」

「だろう? 私も、父から剣を教わる時に何度も同じことを考えたよ。だけどね、この超重量の武器を軽々と振るえるようになれば、それは圧倒的な力になる。一般の武器などもはや枯れ枝を手にするが如くだ。考えてみるがいい。一般の武器と同様の素早さで振り下ろされ、薙ぎ払われるこの重量がどれほどの威力を持つか。この大会は魔物相手の殺し合いではないから、先ほどは出来るだけ重さに気づかれないよう振るっていたが、秘密を明かしてしまった以上、本来の闘い方に戻しても良さそうだね。この重量を、その体で、短剣で、実感してみるといい」

 一通り語り終えると、足元の剣を手にした。もちろん、片手で軽々と持ち上げている。実際に手にしたノイマンには、その一連の動作がどれほど脅威的かがわかる。

「空恐ろしいですね……」

「そうかもしれないな。だが、それも皆、国、国王ご一家、民たちを守るためだ。魔王軍が再来した時には、容赦なく振るうつもりの力だよ」

 そう語る表情はとても晴れやかで、一点の曇りも見えなかった。いざという時には前線に立つという強い意志を感じる。心底、良い騎士なのだろう。

「心強いというべきか、恐ろしいというべきか、どちらの感想が正しいんでしょうね」

「さあ。今この場においては、私にもわからん。だが、改めて、遠慮なく行かせてもらうよ」




「ねえ聞いた? 僅かに含有だって! じゃあ、ほんとは軽いんじゃないのかなあ! あの子、線が細そうだもんね! 無理もないよね!」

「エルちゃん落ち着いて落ち着いて。いつものエルちゃんじゃなくなってるよ?」

 自分が愛用するニッチなアイテムの類似アイテムが出てきたことや、それを愛用している者が現れたことで、珍しく料理とは直接関係のないところでテンションが上がっている。瞳の輝きといい、声色の変化といい、普段の様子ではない。

「え? 私は普通だよ? そんなことより、あの剣、本当はどのくらいの重さなのかなぁ! 持たせてもらえないかなら! なんなら私のフライパンと戦わせてみたいなぁ!」

「えー? 少なくとも今のエルちゃんは普段の様子ではないし、あのフライパンと戦ったら流石に打ち負けると思う。ていうか、騎士団で普通に鍛えてる人があんなに重そうに持ち上げたんだから、すごく重いんじゃないかと思うんだけど」

 エルリッヒは自分が”人間ではないこと”に起因する超人的な腕力を持っていることを十分に理解していながら、その一方では料理人として日々の研鑽の賜物だと本心から語っている。その二面性においてはどちらの面で解釈するのだろうとは思うが、エルリッヒからすれば、あの剣も並の武器と同程度には軽く感じられるだろう。しかし、それはあの剣が”大して重くない”ということの証明にはならないし、一般の騎士からすれば、僅かに含有しているだけでもあのようにまともに振るえない程度には重量が増すものなのかもしれない。

 フォルクローレとしても錬金術師として気になるところではあったが、隣で興奮する様子を見せられては、どうしても一歩冷めてしまうのであった。

「とりあえず、みんながあれくらい重く感じる程度の重さはあるっていう話は素直に信じよう。いい?」

「う、うん、そうだね。でも、気になるなぁ。もしかしたら、他の金属と混ぜて溶解させたんじゃなくて、中に芯みたいに純度の高い部分が使われてるのかも! あー、でもその辺りは溶かして確認しないと調べられないしなー、せめて持たせてもらえればいいんだけど、あー、どうやったらできるかなぁ。そうだ、ツァイネの人脈を使うか? それとも、伯爵か王様に頼み込んで……うーん」

 興奮の収まる気配がないエルリッヒを余所に、試合は再開の時を迎えていた。




〜つづく〜

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