チャプター47
〜王城 竜王杯会場〜
準決勝第二試合。ノイマンは短剣を構え、アルベルトは長剣を構える。ノイマンは我流短剣術だが、アルベルトの構えは別の試合で誰かが見せていたものと同じ構えだった。他の貴族たちと同じように、一族に伝わる剣術を修めているのが一般的だと思われたが、そうではない。流派にまつわる話はこれまでの試合でも口にしたことはなかったが、多くの貴族がそうだったのだから、きっとそうに違いないと言う大方の予想を裏切るように、汎用的な流派を操るらしい。
しかし、だからと言って十分に研究されているわけではなく、しっかりとした太刀筋でこれまでの勝利をもぎ取ってきた。典型的な剣士である。
お互い、これまでの試合で互いの攻撃パターンをしっかりと観察し、研究していた。だから、互いの太刀筋はしっかり見抜かれている。生半可な攻撃は通用しない。
(……あんな堅実な剣術が相手じゃ、攻撃を当てることも厳しそうだな。あの鎧も評判だし)
素早い攻撃を持ってしてもリーチの差で不利であり、あの鎧を貫くことは難しい。少なくとも、今までの試合を見学した限りでは、誰一人傷をつけることすら適わないでいた。もちろん、八百長の類でないことは今この場にいる自分が一番よく知っている。
(あの短剣、黙っていても大したダメージは与えられないだろうが、鎧の節を狙われたら流石に危ういか。武器の違いでリーチは有利だけど、それだけで勝てるほど甘い相手じゃないだろうし、さて、どう戦うか)
流石に準決勝ともなると、双方とも慎重だ。派手な戦いが見たいという観客の気持ちはあるのだが、それで勝利を棒に振るような真似はしたくない。エンターテインメント、興行という側面があることは確かなのだが、それ以上に、参加している者たちにとっては腕試しの場であり、今後の栄達にも影響するアピールの場なのである。
(狙えるとしたら、鎧の隙間だけか。誰もあの鎧に傷をつけることができてないんだし、そんなところを狙っても意味がない。さっきのラインハルトみたいに”これ”で鎧を攻撃しても、鎧越しの衝撃なんか期待できない。一撃の軽さはどうしたって弱点だしな……)
(あの視線、やっぱり鎧の隙間を狙ってるな? だとしたら、武器を弾いてみるか。どこまでできるかわからないが、明日の決勝を考えれば、手早く終わらせて体力を温存するのも重要な作戦だ。試してみる価値はある!)
二人は、それぞれの胸の内で作戦を立てる。お互い、これまでの観戦である程度の手の内が見えている。そんな中で立てた作戦がどこまで通じるのか、それはわからない。それでも、勝利という目的のためには、試してみるしかなかった。
「先手必勝! 行きます!」
ノイマンが駆け出す。彼の武器はその圧倒的なスピードと、軽量な短剣から繰り出される手数の多さ。鎧の差という、参戦時から宿命づけられている不公平を覆すのには十分な持ち味だった。だが、対するアルベルトも負けてはいない。鉄壁の防御を誇る鎧に質実剛健な剣術。相手の攻撃を確実に受け止め、重たい剣戟で沈める。至ってシンプルな戦法に、多くの戦士が倒れてきた。奇を衒えば衒うほど、基本に忠実な戦い方に翻弄されてしまうのだ。大会も後半になると、そんな戦い方をすることは対戦相手も百も承知なのだが、それでもつい裏を掻きたくなってしまうらしく、奇策で対抗しようとして、負けてしまう。そんな戦いが続いていた。
ノイマンの繰り出した素早い突きも、大方の予想通り鎧に弾かれてしまい、大きな隙を晒してしまう。金属音が、虚しく響くばかり。
もちろんそれは想定の範囲内なのだが、初めて相対するアルベルトの鎧の強度に、一瞬怯んでしまう。
「やっぱ、堅いな……」
「わかっていて攻撃をしてくるのか、君は。そんなに隙を晒したのでは、すぐにやられてしまうぞ?」
武器を取り落としたとしても即敗北ではないが、圧倒的不利になるケースが多いのもまた事実。だから、このような弾かれることによる隙を晒すことはなんとしてでも避けなければならないのが定石だ。ノイマンは、それをわかっていて尚、この鎧の強度を確かめてみたくなったのである。
結果は、予想通り。とても頑丈で、不利・不公平な状況に立たされていることを肌で実感できる。
「こっちはこんな薄っぺらい鎧だってのに」
「それは申し訳ないと思っているよ。公平な条件じゃないからね。だが、それでもそれが今回のルールだ。君はそれを覆してここまで登ってきたんだろう? なら、この戦いでもそれを見せてみるといい。もちろん、負けてやるつもりはないがね」
アルベルトの言葉の端々に余裕が伺える。それはそうだろう。圧倒的に有利な武器のリーチと鎧の防御力。これで焦りを覚えろという方が無理なのである。しかし、余裕と油断は表裏一体ではない。彼は、余裕を見せながらも油断はしていなかった。相手が思わぬ速度で斬り込んでくる可能性を、いつでも捨てていない。
「余裕を見せてるのに、全然隙がありませんね。これが、準決勝進出者ですか。どう攻めようか、ずーっと悩んでますよ。それでいざ攻撃してみれば、鎧は案の定堅くてとても手が出ない。また堂々巡りです!」
「悩んでると言う割には、君にも余裕が見えるぞ? 何か秘策を持っているんじゃないのか? 今までの試合では見せていない、何かを。君も、私のこれまでの戦いは見ているんだろう? だったら、下手な小細工が通じないことは、わかると思う。その上でどんな攻撃に打って出るのか、とても楽しみだよ」
これではまるで、アルベルトは自発的には攻撃せず、あくまで攻撃を受けた上でそれへの対処として反撃を行うことだけで勝利すると宣言しているようなものだ。それもまた一つの作戦なのだろうが、今までの戦いを見る限りでは、それほど受け身ではなかった。
「貴方も、ここまで勝ち進んできて戦い方に変化を加えようっていう作戦ですか? もしそうなら面白いですし、そうでないんだとしたら、挑発のように取れますね。次は決勝ですし、秘策があるならとっくに出してますよ。貴方ほどじゃないけど、こっちも正攻法しか持ち合わせていないんです。たまたま選んだ得物が探検だったから、素早さと手数で攻める分だけ奇策を弄しているように見えるだけで」
「ならば、どう勝とうと言うのかな?まあ、楽しみに見せてもらうとするよ」
せっかくの隙を、狙わなかった。ノイマンから見れば、やはりこれは挑発に他ならず、こちらの攻撃に粗が出る事を狙っているように見えてならない。隙を突かれて一撃をもらうことまでは覚悟して挑んだ一閃だったが、肩透かしに終わってしまった。いや、鎧の強度を肌で体感できただけでいちばんの目的は果たせたとも言えるので、大収穫とも言えたが。
「せっかく新しく支給してもらったこいつでも、まるで歯が立たないって言うのは、少し悲しいけど、仕方ないか。ただの鉄製の鎧じゃなさそうだし」
幸い、手にした得物にも刃こぼれなどはない。傷ひとつ付けられなかったと言っても、こちらも生半可な強度の武器ではない。決して負けたりはしないのだ。それが確認できたことも、収穫のひとつ。
「よし、やっぱり鎧の隙間を狙う作戦で行くしかないか。今まで、みんなが作戦に溺れて負けて行ったんだ。おもしろおかしい戦法は通じないと考えるのが妥当だし」
再び武器を構えたノイマンは、改めてアルベルトの懐に駆けて行った。今度は狙いが違う。鎧の隙間、関節部分を的確に狙い、相手に攻撃をさせないうちに勝利する。短期決戦だ。
目にも止まらぬ早業で、その一撃は繰り出されていた。
〜つづく〜




