チャプター44
〜王城 竜王杯会場〜
「よく僕に一撃を与えたね。警戒していたんだけどね。だが、さっきと同じでこの鎧を突き通すことはできない。この一撃があっても、まだ君に勝機はないよ」
「果たして、そうでしょうか」
ラインハルトの表情は明るい。何かを確信しているようなその表情は、むしろフォルクスに恐怖を植え付ける。根拠のない自信に満ちている姿ほど恐ろしいものはない。こけ脅しで揺さぶりをかけ、隙を生もうという作戦だろうか。そうだとしたら、なかなかの心理戦だ。少なくとも、こうしてこの鎧に再びの一撃を加えてきたのだから、それは実力面でも評価に値する。しかし、これが本当に攻撃的な意図を持った一撃なのだとしたら。こけ脅しの類ではないとしたら。今、敗北への大きな一歩を踏み出してしまったことになる。
だがしかし、確かに鎧ごしに槍の鋭い穂先は体へは届いていない。それをダメージになっていないと評するのは当然のことだった。
「私は今、ダメージを受けなかった。それでも無駄ではないと、そういうのかい? 少なくとも、私よりも体力を消耗している君が、この一撃にどんな意味を持たせようとしているのか、さっぱりわからないがね」
「なら、その体で理解すれば問題ありません。行きますよ!」
会話から、流れるように突きを繰り出してくる。狙いは鎧、胴当てだ。鉄壁の防御を誇るこの鎧にはどれだけの突きを繰り出そうとも、微塵のダメージにもならないというのに、どういう意図があるのか。
「そ、そんな攻撃をいくら打とうとも、当てようとも! 通じないぞ!」
「通じないかどうかがわかるのは、もうすぐですよ! まだまだ行きますよっ!」
ありがちな掛け声を発することすらせず、無言で突きを繰り出し続ける。先ほどのように剣でいなすこともできたのかもしれないが、手が出なかった。いや、出せなかったと言った方が正確かもしれない。なぜだか、この攻撃を受けた先に何があるのか、それを肌で感じてみたくなってしまった。
不思議な感情だった。
「これで、終わりです!」
連撃の最後に、右足を軸にくるりとその場で一回転を繰り出し、その勢いで一際強烈な一撃を叩き込んだ。金属同士がぶつかる音が会場中に響き渡った。
「こ、これは!」
攻撃が終わって、ゆっくりと息を整えているラインハルトと、一見何も変わったところのないフォルクスの姿がある。観客が固唾を飲んで見守るのは、次の行動だ。何が起こったのか。何が起こるのか。
「っ! がはっ! い、一体、何を……した……んだ……」
「見ての通りの突きですよ。その丈夫な鎧には、一切のダメージを与えることができませんでしたけどね。でも、ない頭で考えたんです。槍が鎧を突き通すことはできなくても、槍の衝撃が鎧を通してあなたの体にダメージを与えてくれるんじゃないかって。それで、試してみたわけです」
あまりにも素っ頓狂な話だった。鎧越しに衝撃を与えるなど、聞いたことがない。実際、今もそのような感じではなかった。ならば、当てが外れた上で別の”何かの力”でダメージを受けたことになる。
「鎧を貫通する衝撃波、だと……?」
「ええと、そんなに難しい話じゃなくて、少なくとも槍の押す力は鎧に伝わるわけですから、それはあなたの体を叩くような状態になっているんじゃないかと、そう考えまして。でも、一撃くらいならなんともないでしょうから、連続した突きで繰り返し打撃を与えてみた、というわけです。連続攻撃を許してくれるかどうかも分かりませんでしたから、賭けでしたけどね。他に打つ手がなかったんで」
なんという恐ろしい手だろうか。鎧の頑丈さにかまけて、そのような副次的なダメージについては全く考慮していなかった。だが、事実として今相応のダメージを受け、立っているのもやっとだ。
「何が……ない頭だ。とんだ食わせ者じゃないか……」
そう零すと、いよいよ膝立ちになる。予想以上に強い衝撃を受けていたようだ。攻撃を受けている間はまるで感じていなかったというのに。気を張っていたからだろうか。それとも、そこにも何かの秘策があったのだろうか。
とにかく、すごい相手と戦ったということだけは理解できた。
「最後に一矢報いたかったが、どうやらそれも叶わないようだ。いいだろう、君の勝利だ」
「っ! ありがとうございました!」
勝負は決した。ラインハルトはここでも番狂わせを見せてくれた。一体どうやって勝利を紡いできたのかが気になっていたフォルクスは、意外なほど清々しい気持ちでいた。準決勝まで勝ち進んだのだから、優勝まではあと一歩、もっと悔しくても良さそうなものだったが、その心中は不思議なほど晴れやかだった。
「しょ、勝者、ラインハルト・ハインツ!」
ザルツラント侯爵による勝ち名乗りに、会場は大きく沸いた。平民出身の兵士が勇壮な騎士を相手に勝利を修めるという構図が響いたのはもちろんだが、もちろんそれだけではない。ラインハルトの快活な性格と鋭い攻撃、フォルクスの見事な剣さばき、そして紳士的な態度、それら全てが試合を盛り上げ、観客を沸き立たせているのだ。
ラインハルトの勝利に湧き立っていたのは来賓席でも同じだった。特に、彼を強く推しているゲートムントの興奮はひとしおだ。
「いやー、あいつ勝ったな! こりゃー決勝戦も楽しみだ!」
「まさか、鎧に攻撃を繰り返し当てることで衝撃を当てるなんて、予想だにしなかったよ。ゲートムントはどうだった?」
百戦錬磨のツァイネも、今回の作戦には驚きを隠せないでいた。もし自分が相対していたら、どうだっただろうか。確かにフォルクスよりも素早く細かく攻撃を繰り出すことができるし、彼の持つ豪奢なだけの剣とは違う、斬れ味も一線級の剣が攻め立てるから、手堅く勝利していた可能性は高いが、それでも、同様にあの槍の猛攻を食らったと考えると、やはり鎧の強度に身を預けていたのではないだろうか。となれば、果たしてどのタイミングで内側のダメージに気づけただろうか。
一介の兵士があんな攻撃を思いつくなんて、やはり恐ろしい。
「俺だってあんな作戦は思いつかねーよ。俺だったらやっぱ鎧の関節部分を狙って攻撃してただろーしな。でも、同じことをやれって言われりゃできるけど?」
「そこ、張り合おうとしなくていいからね。でも、やっぱりゲートムントでも思いつかなかったか。結局、作戦は人ぞれぞれってことなのかな……」
今更対人戦を強く意識するようなツァイネの言葉はゲートムントの耳に引っかかった。このご時世、戦うべきは魔物ではないのか? いつものような人当たりの良さそうな無邪気な顔をしているが、内心何を考えているかは付き合いが長くても推し量りきれない。
「お前、誰と戦う想定してんだ? まさか、俺? それとも、どっかで魔物に乗っ取られたか? さっきからなんか物騒だぞ?」
「いやいや、そうじゃないって。 さっきも言ったでしょ? だけど、ふと思ったんだ。これからどんどん情勢が不安定になっていくなら、それに乗じて暗躍する悪漢が増える可能性もあるなーって。そうだとすると、いろんな対人戦も考えなきゃなーって思ったんだよ」
相変わらず真意は掴めない。それでも、言っていることは尤もだ。確かに、社会情勢が不安定になればその分だけ悪い奴の動きが活発になる。それはゲートムントも思い当たる節があった。
どの街もこの王都のように治安が言い訳ではないのだ。
「ま、そういうことにしといてやるよ。というか、そのときは俺も暴れちゃうしな」
「そうだよ。それを期待してるんだよ。本当にやばいときは、頭数の勝負にもなってくるからね」
歓声未だ鳴り止まぬ中、二人はいずれくるかもしれない混乱期に意識を向けていた。今こうしているひと時は考えなくても良いかもしれないが、確かに、魔王は復活しているのだ。
〜つづく〜




