チャプター43
〜王城 竜王杯会場〜
ラインハルトの鋭い猛攻は、フォルクスの剣で悉くいなされる。それも、急にフォルクスの行動速度が上がり、だんだんと攻撃の焦点が合わなくなってきていた。このままでは、弾かれる。
「なんで急に!」
「さっきも言った通りさ! 私の、いや我が家の剣術はあくまでも素早さに重点を置いている流派! 弾かれるまでいなし続けてやろう!」
自信に満ちたフォルクスの言葉と眼差し。こんなものを突きつけられては、このまま攻撃を続けるのは無謀だ。むしろ無駄に疲弊するばかりだ。攻撃の手を緩め、一歩後ろに飛び退る。
「はぁ……はぁ……危ないとこだった。あのままだったら疲れ果てた隙を突かれてやられるとこだった……」
「その判断、間に合ったとは言い難いんじゃないかな? すでに疲れの色が見えているようだよ?」
図星だった。猛攻の後に待っているのは肩で息をする姿だ。重たい槍で素早い攻撃を連続で繰り出すのはとても体力を消耗する。咄嗟の判断で退いたとはいえ、それでも体力の消耗は無視できないレベルになっていた。
「なんで……あなたは……そんなに……余裕なんですか……」
「私は普段の鍛錬でもこの鎧を身に纏って行っている。どういう金属でできているかは知らないが、非常に軽量で、なおかつ丈夫なこの鎧。それでも然るべき重量はあるのでね、これを着て鍛錬を行うだけでも大きな効果が得られるというわけだ。こればかりはこの大会のルールを恨むしかあるまい。君たちに支給されている鎧はそのような簡素なものだが、我々が所有している鎧はこのように防御効果が高い。そして、そのいずれも着用が自由ときている。おそらく、我々騎士が有利になるように決められたルールなのだろうね」
それはあまりに理不尽な話だが、自分達一般の兵士が騎士たちの引き立て役としての役割を求められているであろうことは容易に想像できたし、仲間内でもそのような話は頻繁に出ていた。だからルールに文句を言うほどのことではないし、これまでも相手の鎧の重量を逆手に取って番狂わせを演じてきた。
だが、今目の前にいる相手は一味違う。伊達に準決勝まで勝ち進んでいないと言うべきか、悪くいえばこの鎧のおかげが大きいのではないかとも言えるが、いずれにせよ丈夫な癖に軽量というこの不思議な鎧は想定外の曲者だった。番狂わせも、ここまでかもしれない。諦めるつもりはないが、限界というものもある。ただの引き立て役がここまで勝ち進めたのだから、大会を盛り上げる役目も、栄誉も、十分ではないか。そんな考えが脳裏をよぎった。
「ルールを嘆いても始まりませんよ。今まで倒してきた騎士様たちは、その立派な鎧が仇になった。だから勝てたんです。あの方達が、もし俺たちのような軽装の鎧で挑んでいたら、俺は負けていたかもしれない。そう考えれば、自分達に不利なルールも、捨てたもんじゃありません」
「ひどく前向きな発言だね。嫌いではないよ。でも、この鎧を前にその言葉が通用するかなっ!?」
丈夫さに相反するようにとても軽いことをアピールしているその鎧は、重量においてラインハルトの有利には働かない。少なくとも、これまでの騎士との試合と同じようにはことが運ばないということだ。せめて、自分達一般の兵士と同程度の丈夫さなら、軽くてもどうにでもなるのだが。
「自分に不利なルールは、時には自分に不利なまま、牙を剥くんだよ。君以外にももう一人勝ち進んでいるようだけど、一介の兵士がここまで勝ち進めたのなら、十分だと思うけどね」
「ええ、そうかもしれません。だけど、それじゃあ自分が納得できないですし、悔しいじゃないですか。行けるところまで行きたいんですよ。どれだけ引き立て役だったとしても、強力な相手を打ち負かす。それが俺たちが日々鍛錬している理由でもありますし。……思い上がりですかね」
会話を引き伸ばして、少しでも体力を回復させて息を整えようとする。だが、これは対人戦闘での常套手段なので、どこまで通用するかはわからない。フォルクスから見れば、猛攻で体力を消耗している今こそ好機だからだ。会話を切り上げ攻撃に転じる可能性は否定できない。
「思い上がりなど。向上心があるのは良いことだ。まして、魔物どころか魔王が復活してしまったらしい今の時勢には尚更な。だが、それは私も同じこと。親の七光り、家柄が良かっただけ、そのような声を浴びぬよう、日々鍛錬しているというわけだ」
「それじゃあ、この戦いや、日々の鍛錬に掛ける思いは同じですね。身分も立場も違いますけど、同じ志の方とヤイバを交えることができて、光栄です。俺はまだ番狂わせを諦めちゃいません。でも、あなたも栄誉ある勝利を諦めてないんですよね? なら、まだ頑張らないといけませんね」
これ以上会話を続けるのは難しそうだった。それでも、少しだが体力は回復できたし、息も整ってきた。後は、どう攻め手を組み立てるか。これが本当に難しい。
一方のフォルクスも、多少の回復はむしろハンディキャップを与えるくらいの心持ちだったが、懐に飛び込むには今少し決定打に欠けていた。もっと体力を消耗させるか、あの鋭い攻撃を掻い潜るだけの何かしらがなければ。スピード重視という一族に伝わる剣術は、それなりには有効だが、同じ剣の使い手ならいざ知らず、相手は槍の使い手だ。十全に流派で定義されている戦法が発揮できるわけではない。目録にも、ある程度は他の武器を得意とする者への対処は記載されている。だから、最低限の対策は幅広く修めていたが、今目の前にいる相手は、平民出身の、それも一介の城門警護の兵士にすぎないというのに、なかなかの実力者で、想定しているよりも強い。この時点で、すでに十分な番狂わせが起こっているようなものだった。
「我が一族に伝わる剣技が、かつての御伽噺のように剣先から火の玉を放つような秘術でも伝えていれば、この試合もすぐに終わったんだがな」
「それ、英雄シグムント伝説ですよね。俺も好きです。子供の頃、よくばあちゃんに話してもらいましたし、じいさんが掃除用の箒でよく真似事をしてくれました。ああいう技があったら楽なのにって思うのは、俺も同じです。仲間に槍使いの英雄トリステッセっていうのがいますよね。槍を天高くかざすだけで雷を呼ぶ。ああいうのがこの騎士団の剣術にあったら良かったのにって、この試合中はずっと考えてましたよ。でも、生憎とそうはいかないんですよね。だから、実際にこの刃で勝利を掴み取らないと」
そこまで語ると、意味ありげに頭上で槍をブンブンと回してみせた。大道芸のようでもあり、大技を放つ前の事前準備のようでもあり、油断ならない。
そして、再びいつものように槍を構える。
「それじゃ、行きますよ! はっ!」
体力的にあまり激しい動きはできないが、それでも大きく踏み込み、再び槍の間合いで鋭い突きを繰り出す。一見すると先ほどと同じ攻撃のように見えたが、少しだけ違っていた。
(これは! 踏み込みが強い!)
ともすると槍の間合いを越え、剣の間合いに入りかねないが、それでも踏み込みながらの突きが、少しずつ二人の距離を詰めていった。フォルクスも先ほどと同じように剣でいなすが、先ほどより近い間合いで放たれることで、少しだけ対処が難しくなっていた。
先ほどのように、伝来の高速剣技で対処しているが、追いつかない。そして、
「通った!」
一撃が、再び緑色の鎧に触れた。
「くっ! だが、この鎧は突き通せぬ!」
「それは、百も承知です!」
ラインハルトの瞳には、強い輝きが宿っていた。
〜つづく〜




