チャプター42
〜王城 竜王杯会場〜
試合は膠着状態になろうとしていた。じりじりと時間だけが過ぎる中、先に動き出したのはラインハルトだった。この状態を打開するべく、槍を構えて駆け出す。
「っ!」
間合いを詰めることで相手にとって有利な状況が生まれる危険もあったが、動き出さなければ攻められない。
「たぁ!!」
槍の一閃が咄嗟に反応できないでいるフォルクスの鎧を貫かんとする。が、槍は強固な緑色の鎧を貫くことはできない。一体どのような材質でできているのだろうか。特殊な金属はとても貴重で、名のある貴族でもなければ調達できない。だが、この槍でダメージを与えられないとなれば、少なくとも鉄のような一般的な金属を塗装して作られた鎧ではなさそうだった。
「よーし、さすがは我が家に代々伝わる新緑の鎧だ。評判の騎士団の新しい武器にも傷ひとつつかない!」
「な、なんてこった! 今の一撃で決めるつもりだったのに!」
思わぬことにラインハルトも戸惑いを隠せない。手には、穂先からの強かな振動が刺激となって伝わってきた。そこからも、フォルクスの鎧の頑丈さが伝わってくる。
「さあ、この鎧を前にどう攻めるかな? この鎧は丈夫なだけではないぞ? 重量もとても軽く作られていてな、剣技の邪魔をしないようになっているんだ!」
「わかってますよ。今までのあなたの試合を見ていれば、その鎧が軽いことくらいは。でなきゃ、あんなに機敏な動きはできない! さて、どう攻めようかな」
一見落ち着いている様子を見せているが、ラインハルトの内心は冷や汗ものだった。鎧にダメージを与えられないとなれば、攻め手が限られてしまう。それでも、内心の焦りを見透かされてしまえば、それだけ相手に付け入る隙を与え、余裕を与えてしまう。
虚勢を張ってでも対等に渡り合わなければ。
「こちらの太刀筋を知っているというのであれば、攻め入る隙がないことくらいわかるだろう? これまで見せてきた番狂わせも、ここまでというわけだ」
フォルクスの心中はとても穏やかだった。槍のリーチこそ脅威だが、剣裁きには自信があり、頑丈な鎧に身を守られている。槍の穂が鎧を通さないことは証明された。この状態であれば、負ける理由はない。だが、油断大敵という言葉も忘れてはいない。相手の攻めが苛烈なことは間違いないので、攻めにくいことは事実だった。
「この試合に時間切れはない。その槍では僕を貫けない以上、勝ち目はないと見るべきだがね」
「それは、まだ早いんじゃないですか? 俺も、まぐれで番狂わせが起こせたわけじゃないですからね。日々の努力の賜物だと思っていますよ。それを、またお見せするだけです」
相手の間合いの外にいることを確認すると、再び槍を構える。手の痺れは消えていた。ゆっくりと、相手の周囲を回るように歩く。そうして事案を稼ぎつつ、次の一手を考える。いつまでも使える手ではないが、今はまだ大丈夫だ。鎧は強固で懐に入ろうとすれば力関係が一変する。引き続き、槍の間合いを維持して戦わなくては。
「はっ!」
「来るっ!」
一歩、間合いを詰める。今は槍の間合いだ。攻めることはできても、攻められることはない。だが、問題はここからだった。一瞬の隙を突いて剣の間合いに持ち込もうとするだろう。なんとしても気をつけなければ。
「いい槍捌きだ! でも、このままじゃいつまで経っても私には勝てないぞ?」
「このままじゃあね! だけど、このままで勝てないのはあなたも同じです! 俺の攻撃を受け続けるだけじゃ、勝てませんよ!? 俺はあなたの太刀筋を研究しています! この間合いなら懐に入られるリスクは少ない!」
槍の連撃は続く。フォルクスもその猛攻を全て剣で受け切っているが、それだけでは攻め手にならないのもまた事実だった。なんとかして、懐に潜り込まなくては。太刀筋を研究したというのであれば、なんとかして裏を掻いてやりたいし、まだこれまでの試合で見せてない手札もあるはずだ。これまでの試合を振り返り、これまでの訓練を振り返る。そして、一族に伝わる剣術の目録を頭の中で参照する。まだまだ皆伝には遠いが、多くの技術を学んできていることもまた事実なのだ。そうして、一つの結論を導き出す。
「我が剣技は素早く相手の懐に潜り込み、そのまま圧倒する! だが、それはあくまでも基本! 極意はそこではない! この素早さにこそあるのだ! それそれっ!!」
「なっ! 軸が、ブレる!!」
槍を受け流す剣のスピードが急速に上がっていく。その速度に、まるで弾き飛ばされるのではないかというほどの勢いが伝わってくる。これでは、思い通りに攻撃ができない。
「あいつ、すごいな! 真っ直ぐ芯を突けなくなってる!」
来賓席で見ていたゲートムントも、フォルクスの攻撃の変化には驚きを隠せない。これがこの国が誇る騎士団の騎士なのか。軽いことは本人の口から語られていたが、あの鎧を来たままでこれほどの動きを見せるというのは、驚き以外の何物でもなかった。
もちろんこれまでの全試合を観戦しているが、印象に残るのはこういう動きを見せる時だけだ。そのゲートムントが、今は目を丸くしている。
「ね、ゲートムントならどう対処する?」
隣のツァイネが目を細めて問いかける。槍使いが攻めあぐねて苦労している時、対戦相手に攻められて苦労している時、決まってゲートムントに次の一手を尋ねるのだった。
それはまるで、自分が槍使いと対決する未来に備えているかのようであり、ゲートムントと敵対する未来でも想像しているかのようだった。
「お前、いっつもそれ訊くのな」
「ダメ? 俺も戦士の端くれだからね、一流の槍使いであるところのゲートムントの意見を聞きたくなるんだよ。今直接役に立つのはゲートムントとの特訓の時くらいだけど、この先そういう相手と戦う機会だってでてくるかもしれない。例えばよその町の武闘大会に参加するとか、魔族に槍使いがいるとか」
その言葉が本心かどうかはわからないし、そもそもゲートムントは相手の真意を推し量るような真似は苦手だ。言葉通り受け取ることが一番楽だからということもあるが、無用に相手を疑いたくないということもある。だが、ツァイネの含みのある言葉はつい気にしてしまう。付き合いが長いからこそ、真意が読めないのだ。
「で、どうやって対処する?」
「そうだなぁ。そもそも俺ならあの攻撃速度に負けないくらいで攻撃できる! それに、俺の槍はあの鎧にも負けない!」
自信満々の答えだったが、その実具体的な話は何一つしていない。ゲートムントらしい回答だが、ツァイネには少し物足りない回答だった。半分は想定範囲内、半分は期待はずれといったところだった。
「それ、フォルちゃんに怒られるよ? じゃなくて、もう少し具体的な立ち回りを教えて欲しいんだけど〜」
「あー、それなー。俺だったらもっと速く攻撃できるだろ? だから、むしろ相手が剣でいなせないくらいの速度で攻撃して、あの鎧に突きまくる! あの槍だったから貫けなかったけど、俺の槍なら少なくとも槍にもダメージを与えることができる! だから、その時点でちょっとずつダメージを与えられる! それに、俺の槍捌きなら懐に入られても対処できる!」
具体的な回答を求めても結局これなのだから、そういうものとして諦めるしかない。結局、ゲートムントはゲートムントなのであった。
「とにかく、俺はあの緑のやつに勝つ自信があるってことだ。でも、あいつはどうかな?」
二人はラインハルトたちの猛攻に意識を戻した。
〜つづく〜




