チャプター40
〜王城 竜王杯会場〜
今日も今日とて、会場は熱狂の渦に包まれていた。
「すっかりお馴染みの光景になったけど、相変わらずすごい熱気」
「だな。俺たちもテンション上がるってもんだ」
「それじゃ、また後でね」
「おうっ。休憩時間にまた会おう!」
4人はいつものように男女それぞれの席に分かれて着席する。別に座る席を自由に変えても怒られたりはしないのだろうが、なんとなく、男女で分かれて座ってしまう。
白熱の第二回戦からしばらく、大会はいよいよ準決勝まで進んでいた。ここまで、幸いなことに八百長じみた試合を展開する者は現れず、ルーヴェンライヒ伯爵ともどもいくらか気楽に観戦することができていた。
一方、第二回戦の第一試合のような名勝負は早々あるものではなく、おおむねの試合は下馬表通りに勝敗がついていた。その中で番狂わせを演じていたのは、例の短剣使いの青年と、槍使いの兵士だった。素早い動きと多彩な武器捌きで舞台を翻弄する短剣使いはもちろんのこと、長いリーチを有効利用して鎧の騎士たちを次々と手玉に取っていた。この兵士の活躍には、同じ槍使いのゲートムントが大いに感心し、大いに感銘を受け、今大会中一押しの戦士なのだった。
同様に、観客たちそれぞれにも応援する兵士や騎士たちができていた。単純に強い騎士、番狂わせを演じてくれる兵士、中には同じ通りの出身者や親戚など、兵士の多くは平民なので、彼らをよく知る住民たちもいた。女性の観客の中には、容姿端麗な騎士を応援するケースもあったが、これも世の習いのようなものだろう。
かくして、観客たちは自分が応援する出場者の試合っぷりや勝敗にはより一層一喜一憂しつつこの大会を楽しんでいた。街の経済が止まりすぎないよう、住民が困らないよう、と言う配慮で設けられていた定期的な大会の休養日も、街を歩けば耳に入る話題は大会のことばかり。すっかり、住民たちの話題を掻っ攫っていた。
「さてとー、早いもんで準決勝かー。後五試合でこの大会も終わるんだねぇ。いやー、長いようで早かったなあ」
「ちょっとフォルちゃん、感慨に浸るのはまだ早いよ? 最後に、ゲートムントたちのエキシビジョンマッチがあるかもしれないんだし、あのイカサマした人の追加試合もあるんだし」
エキシビジョンマッチの話はあくまで自分達の勝手な想像に過ぎなかったが、ルイズの試合が控えていることは間違いのない事実だった。決勝戦の後に行われる試合にどれほどの熱狂が得られるかはわからないが、かたや八百長を濡れ衣と言い張り無実の証明をするための試合ではあるが、運営側としては彼がイカサマをしたのは既に確定事項として裏取りされているため、あくまで貴族の立場で相手の、いやさ伯爵家の顔を立てているだけに過ぎなかった。と言っても、大会運営の観点から言えば、もうひと試合行われるとなれば、これは間違いなく盛り上がるだろうと判断してのことでもある。
果たして、最も白熱するであろう決勝の後ではどれほどの盛り上がりになるかは未知数なのだが。
「そっか! そういえばあったね! 決勝の後でしょ? 楽しみだねぇ」
「エキシビジョンはともかく、イカサマくんの試合は、いい試合になるとも思えないんだけどね。誰が相手するんでも、やりづらいと思うし」
相手は曲がりになりにも貴族の子息だ。あっさり勝ってもも相手の名誉を傷つけることになるので下手をしたら伯爵家としてケチをつけてくるかもしれない。だからと言って負けるのは本来の意義に反しているため認められない。果たして、どのようにカタをつけるのか、気になるところだった。
「めんどくさいよねぇ、貴族社会」
「言わない言わない。同意するところは大だけど、フォルちゃんだってご先祖様は南のお城の王族だったのがわかってるんだし、南の国でも似たようなもんだったかもよ?」
普段全く意識することはなく、自身の生まれもド平民ではあるのだが、一応そう言うことになっているらしい。遠いご先祖様のことと言うこともあり、考えるだに実感が湧かないが、せめてシンプルでクリーンな貴族社会の国だったことを願うばかりである。
「ていうか、あたしは遠いご先祖様の話で、もうなくなった国の話だからいいけど、エルちゃんは仮にも現役のお姫様なんだし、渦中の人、渦中の竜? とも言えるんじゃないの?」
「う、それを持ち出すか。家出娘に何するものぞだよ。一応、王族の下に貴族的なポジションの一族もいるけど、人間社会と違って、こっちはシンプルだしね。力の強い竜王族に従う。ただそれだけ。お互いの名誉みたいな話もなくはないけどさ、あんまりそこを主張するようなことはないんだよ。結局のところ、うちのご先祖様が言った、よその種族に迷惑をかけないで暮らそう、みたいな掟が守られてれば、後は日々の食事が確保されればそれで不満なし、みたいなところもあるし」
この辺りは、複雑な『社会』と言う仕組みを形成した人間との決定的な違いである。あくまで統率者に過ぎないのだ。そして、竜王族は今の所一族に由来する力関係の都合で、立場を脅かされることもない。
「ま、一応私は他の生き物に無用な迷惑をかけてる同族を処罰する役割を与えられてはいるけどね」
「出た。恐怖政治だ。んでも、世界中にいるだろう同族さんたちに目を光らせるなんて、この街にいたら無理じゃない? その辺どうしてるの?」
一般客の入場が終わり、試合が始まるまではまだしばらくあるため、ついつい話に花が咲く。と言ってもうら若い娘二人のする会話としてはあまりにも味気ないのだが、それもまた、この二人らしいのだった。
「今こうしてる間もどこかの竜が人間に迷惑をかけてるかもしれない! みたいなのはあるんだけど、そこまでガチガチの話じゃないからね。目についた範囲で取り締まればいいんだよ。同族を手にかけちゃうわけだし、あんまり数が減っても良くないしね」
「なるほどねー。それって、こないだどこからともなく出したっていうあの剣でやっつけちゃうの? それとも、元の姿に戻ってドラゴン大合戦! みたいな感じで戦うの?」
血生臭い話なのに、フォルクローレは興味津々の様子で次々と質問を繰り出してくる。もともと好戦的な性格なのか、錬金術士として素材収集のための戦闘や爆弾作りを経験するうちにそう言う荒事への関心が高まっていったのか、エルリッヒの目には判然としない。
「どっちもあるよ。でも、朝も言ったけど、本当の姿はできるだけ人には見せたくないからね。極力この姿で戦うかなー。そうは言ってもさ、何もないところから剣を出すみたいな魔法じみたところもできるだけ見られたくないし、私が一人で大きなドラゴンを相手にしてる姿も、見せたくないからねぇ。かといって、フライパンでぶん殴るって言うのも、なんだか違うしねー。いや、そもそも女の子が一人でドラゴンと対峙して倒しちゃうっていう場面を見られたくないから!」
可憐な少女、などというつもりは毛頭なかったが、それでも自分のことをどう見せるか、どう見られるのがいいか、と言うことは常に意識している。旅慣れた娘、くらいの見られ方を意識して過ごしてきたので、多少のトラブルには動じない姿勢を見せているが、さすがに竜退治ともなると、話が違いすぎる。
「本当は、うまいこと土地の自警団やその国の騎士団を煽り立てて退治する方向に持って行けたらいいんだけど……」
「そう上手くは運ばない、と。あるある〜。あたしもいろんな街でその手の苦労はしてきたしね〜。お、そろそろみんな入場したみたいだよ? いよいよだね。んじゃ、この話の続きはまた後にして、試合を楽しもう!」
まだ続けるのか、と言う思いをぐっと押し殺し、フォルクローレと共に舞台に視線を落とした。いつものように、ザルツラント侯爵が現れる。彼もまた、すっかり人気者になっていた。
「皆様、大変お待たせいたしました。本日より、大会準決勝の始まりです! 皆いずれ劣らぬ猛者揃い! どうか熱い声援をお願いいたします!」
その一声に、会場は大きく沸き上がった。
〜つづく〜




