チャプター39
〜王城 城門前〜
一通りフォルクローレのドレスアップを終えると、二人は時間を見計らって王城に赴いた。大会が始まってからずっと続いているルーチンワークだ。一般の観客であれば、この後地獄の抽選に参加しなくてはならないが、なにしろこちらは招待客、そのようなものが必要ないだけでとても助かる。
いつものように、4人は城門前で落ち合う。今日は女性陣の方が先に到着したらしかった。
「ふむ、男どもはまだ来てないか」
「せっかくおめかししたフォルちゃんのお目見えなのにね」
いつもより少しだけ可愛く着飾ったフォルクローレ。もちろんそれは自分達二人の気持ちが上がればそれで十分なのだが、せっかくだから気づいてほしいし、褒めてほしいと言うのもまた一つの心理。もちろん、あの二人が気づいてくれるかどうかは期待薄だったが。
「あまりの可愛さに腰を抜かすかもしれないけどね」
「自分で言う? そこまで大きくは変えてないじゃん。あくまで、いつものスタイルに少しだけプラスするのが今回のコンセプトなんだから」
男二人が腰を抜かすほどのオシャレをするのであれば、そもそもいつもの服装や、それに付帯してくる錬金術士の装束とやらの髪飾りと宝珠のついた髪留めも身につけないくらい根本から変えてしまうだろう。それはそれで、どれだけ化けるか楽しみではある。
「それにしても、そろそろ来る頃だと思うけど、まだかねぇ」
「外に冒険に出るときは時間に厳格だけど、街中で過ごしてる時は結構いい加減だもんね。早い時もあるし、遅い時もあるし。あっちの行列に並ばなくていいだけよっぽど楽させてもらえるし、気長に待とう」
これまでの会期でどちらが先に到着したか、については6割がたが女性陣の方が先に到着していた。だから、決してあの二人がいつもルーズということではない。まして、最初の数日で一番遅かったのは、他ならぬフォルクローレだったのだ。見るに見かねたエルリッヒがこれ以上のんびりさせられないと言うことで一時同居を提案したから今こうして二人を待つ立場になっているが、そうでなければ今でも一番遅くに現れるのはフォルクローレだったに違いない。そう考えれば、何も大きなことは言えないのである。
「……来た」
と、エルリッヒが呟く。しかし、フォルクローレの目には見えない。
「それ、気配?」
「そ。一応、みんなには感知できないくらいのやつだから、なかなか真似できることじゃないとは思うけど。あっちの方角から近づいてるね」
それは、冒険者ギルドのある方角だ。尋ねたことはないが、二人は冒険者ギルドの本部に程近いところに居を構えているらしい。その辺りは、そう言う冒険者ギルドに所属する人間たちが多く住んでいる。それは、絹糸通りに仕立て屋や呉服商など、衣類や繊維にまつわる店が多いのと同じような理由だ。この街に限らず、大きな街では同業者同士が近くに住み、店を構え、徒党を組む傾向にある。普段は切磋琢磨し合う商売敵だが、いざとなればそれは同業者組合として立ち向かう一枚岩に変わるのだ。
数少ない例外が、エルリッヒたちのような食堂である。パン屋や酒場など、庶民の食を担う店は各通りにそれぞれ点在し、近隣住民の胃袋を支えている。一方、高級料理店はというと、こちらも貴族や大商人の屋敷がある通りや、一番の目貫通りに店を構えることが多い。そして、それらの店はできるだけ宿屋とエリアを食い合わないよう、気を遣いながら営業していた。
一般的に、宿屋に併設された食堂を利用するのは宿泊客が中心だが、一方の食堂はといえば、外から来た人間にも利用してほしいと考えており、利害が一致しない。だからこそ、宿屋と食堂はある程度離れた距離で経営するのが、暗黙の了解になっているのだ。
「そろそろ見えてくるんじゃない? おーい!!」
ゲートムントたちの気配から現在の位置を割り出し、大きく手を振って声をかける。気配だけでそれなりに遠くからでも察知できているのは、エルリッヒが探知能力に長けているだけでは成立せず、二人がそれなりに高い戦闘能力を保有しているからに他ならなかった。これが一般市民だったなら、もっと近くに現れるまで気づけない。
「おおっ、あんな遠くに確かにいる! やっぱエルちゃんはすごいねぇ。そんじゃ、あたしも手を振ってやるか。お〜いお〜い!!」
赤毛と金髪の娘二人が城門前で手を振る姿は比較的目立つ。遠くからでも見えたのか、通りの向こうに小さく見えたゲートムントたちが駆け出す様子が確認できた。少なくとも、二人はフォルクローレよりは視力が良い。これは、職業柄書物を読んだり素材を凝視したりと、目を酷使することの多い錬金術士の職業病のようなところがあった。
次第に近づいてくる二人の様子は、どこか健気だ。気づいたからといって、手を振り返す程度でも良いのに、わざわざ駆けてくれるのだから。早くそばまで行って話をしたい、と言う思いもあるのだろう。だが、それを差し引いてもやはり可愛げを感じてしまう娘二人なのだった。
「はぁ、はぁ、おはよう!」
「はーっ、朝からこんなに走るとは思わなかったぜ。ま、いい運動になったけどよ」
「おはよ。気づいてたって、そんなに急がなくても良かったのに。それとも、レディを待たせるのは騎士道精神に反する、みたいな感じだった?」
「一生懸命走ってくる姿、ちょっと可愛かったよね。思わずエルちゃんと微笑みあっちゃった」
王城につながる通りを一直線に駆け抜け、二人はようやく現れた。大会期間中、試合を見てうずうずすることはあっても、なかなか体を動かす機会が持てないので、少しだけ体が鈍っているようだった。
「もう、なんとでも言っていいよ。運動不足なのは認めるから」
「だな。大会が終わったら、また外に修行に行こうって話をしてたくらいだ……し……って!」
ようやく息が整い、ゲートムントは顔を上げた。次の瞬間、思わず息が止まってしまった。その様子に、ツァイネは驚きを見せる。しかし……
「ゲートムント、何を一体。って! フォルちゃん! どうしたの!」
「だよな! なんか、いつもと違う! いつも通りなのに、いつもと違う!」
二人は漠然とした言葉でしか形容できないでいたが、そこにいたフォルクローレは確かにいつもとは違って見えていた。そう。二人の目にもそれははっきりと映っていたのである。いつもより、なんか可愛い。
「二人がそんなにはっきりと気づいてくれるなんて、あたしゃ嬉しいよ。実はね、今日はエルちゃんに手伝ってもらって、少しだけいつもよりおしゃれをしているのだよ! どう? 可愛いでしょう!」
「おしゃれって言っても、アクセサリーをつける程度のことだけどね。でも、せっかくだし、少しだけお化粧もしてみたんだよね。いやー、普段あんなに乱れた生活をしてるから少し心配だったけど、ここ最近規則正しい生活をしてるせいかな、お化粧のノリが良くてよかったよ」
アクセサリーを一通り選び終えた後、その勢いのまま化粧もしようという話になった。普段は仕事のこともあり宝の持ち腐れに終わっている化粧道具だが、こう言う時に使わなければ意味がない。それに、自分に化粧を施す、ということもあまり関心がないのだが、相手がフォルクローレとなれば話は別だ。一転気合が入る。化粧っ気のない二人が、姿見の前で試行錯誤を繰り広げたのであった。
「見慣れてるフォルちゃんでも、こうしておしゃれをすれば、見違えるでしょ? 元々の素材がいいのもあるだろうけど、少し新鮮になるって言うのは大きいと思うよ」
「どうだ。エルちゃんから鞍替えする気になった?」
「い、いや、それとこれとは別だけど、でも、うん、確かに可愛い」
「俺たち、すごく損してたのかもな。全然意識してなかったわ……」
男二人の戸惑う様子を見ることができて、エルリッヒたちは大満足だった。
「さ、ここで立ち話してても良くないし、受付に行っちゃおう」
エルリッヒの先導で、4人は場内に入る。今日もまた、激しい試合が待っているに違いない。
〜つづく〜




