チャプター3
〜職人通り フォルクローレのアトリエ 昼〜
翌日、エルリッヒの姿はフォルクローレのアトリエにあった。短い昼の休み時間を利用してフォルクローレに会いに来ている。目的の半分は、おしゃべりをするため。もう半分は、フォルクローレの生活を確認するため。
調合に入ると寝食をおろそかにしてしまう習性があるため、こうして確認して、徹夜をしていたり食事を抜いていたりしているようであれば、食事を作って食べさせていた。
本当なら睡眠時間も取らせたいところなのだが、調合の成功のためには大釜をかき混ぜ続けなければならないらしく、さすがに眠ることができないらしい。失敗すると釜の中身が爆発したり、ぜんぜん違うアイテムが出来たりするというのだから、面白いやら恐ろしいやら。
それでも、食事だけでも面倒を見てあげていると、なんとなく「友達らしい」ことをしているような気になって、自己満足にも浸れるのだった。
幸い、今日はそう言った世話をする必要はないようだった。数時間で終わる調合を行っている最中だった。
「それで、フォルちゃんは大会を見に行くの?」
「んー、あたしが行っても、ねぇ。むかーし、アカデミーを出てこの街に落ち着くまでの間に住んでた街じゃ、年に一回の誰でも参加出来る武闘大会に出てたこともあるけど、やっぱさー、ああいうのは自分が参加しないと面白くないんだよねー。それに、もし参加できても、爆弾使ったら反則になりそうじゃない?」
虹色に光る釜の中身を一心不乱にかき混ぜながら、フォルクローレは恐ろしげなことを言ってのける。誰でも参加できて、爆弾の使用も許可されているような武術の大会など、世界中を300余年も旅してきたエルリッヒでさえ聞いたことがないが、あるというのだからあるのだろう。
だが、観戦するより自分が参加した方が楽しいというのはなんとなく理解できた。
「まあ、それは確かにね。でも、その、フォルちゃんが参加してたっていう大会の方が気になるんだけど。爆弾なんか使ったら、死人が出るんじゃないの? そもそもルール違反な気がするし」
「それが、なんでもありだったんだよね〜。もちろん人を殺す威力のある爆弾を持ち込むこともできただろうけど、さすがにそれはルール違反だから、もっと威力の弱い爆弾しか持ち込んでないよ。そういう、細かい威力の調整も錬金術士の腕の見せ所だからね。そうやって大会で使ってみせると、護身用や防犯用に欲しいっていう依頼が来るんだよ。そもそも、杖しか武器のない女の子が鎧を着た戦士に敵うわけないじゃん?」
頭がいいというか、商魂たくましいというか。これがフォルクローレという娘なのだ。見習うべきところは見習わねば、と思わせてくれるしたたかさがある。
とはいえ、観戦しないというのはいささか淋しい回答だった。隣同士で観戦できないのは仕方ないにしても、どうせ同じ試合を見るなら後であれこれ盛り上がりたいと思っていただけに、それができないというのだから。かといって、無理を通してフォルクローレを特別参戦させるわけにもいかない。それこそ爆弾を持ち込めなければ勝機はなさそうだし、大会の趣旨からも離れてしまう。
それ以前に。魔物との戦いでは、フォルクローレはすでに十分な戦力なのだ。今もアトリエを見回すと、簡素な木箱に爆弾がいくつか無造作に置かれているのが見える。真っ赤な球状のものや氷柱のようなもの、中には雪だるまを模したものやトゲトゲのものもあるが、これらも全て爆弾だという。
「……ねえ。あそこの爆弾って、調合に失敗した時には誘爆しないの? あんなところに適当に保管してたら、何かあった時に危なくない?」
「あー、あれねー。さすがにその辺は大丈夫だよ。調合に失敗した時の爆発は爆弾が起爆する時の衝撃とは全然別のものだから。でも、火事があったり魔物が襲ってきて火でも吹かれたら、さすがにまずいかも。そう思って氷の爆弾も一緒に保管してるんだよ。たとえ火の手が上がっても、火炎系の爆弾が爆発しても、隣の氷の爆弾が一緒に炸裂して鎮火してくれたり、対消滅してくれたり、みたいな?」
実際にそんなにうまくいくだろうか、と説明を受けながら考えた。炎を吐くことができると同時に吹雪を巻き起こすこともできるエルリッヒは、経験から強力な炎と氷の力がぶつかると、激しい爆発が起こることを知っていた。自然現象のうっ菅だろうと考えていたが、もしその反応が起こらない爆弾なのだとしたら、それはとてもすごいものなのではないだろうか。そして、もし知らないだけで同じようなことが起こるのだとしたら、とても危ないのではないだろうか。
「念のために確認するんだけど、あそこの爆弾の威力って、どれくらいなの?」
「なんか、今日は爆弾が気になる日? そうだなぁ、そこの丸いのは一番弱くて、このアトリエを吹き飛ばすくらい。そっちのトゲトゲしたやつは中にもトゲトゲが詰まってて、起爆するとそれが全部炸裂するから、投げた後も気をつけないと自分が大怪我するよ。そっちの氷の爆弾は池が凍るくらい、だったかな? 雪だるまのはその強力版だから、湖が凍るくらい、だといいなぁ。あと、見えないけど下の方に一番強力な奴が入ってるよ。うっかりするとこの街が焦土になるから気をつけなきゃいけないんだけどね」
さらりと恐ろしいことを言ったが、こういう場で冗談を言うような娘ではない。おそらく、本当にそのような威力があるのだろう。こんなものを食らっては、魔王とてひとたまりもないのではないだろうか。そして、そんな恐ろしい爆弾を作った人物が目の前におり、おそらくは同様の技術を持った錬金術士たちが、アカデミーなる教育機関で幾人も育成され、世界中で人々の困りごとを解消している。
もしかして、いるかどうかもわからない勇者の末裔とやらに頼らずとも、錬金術士たちの部隊を編成して魔王城に送り込めば、一気に魔王軍を壊滅せしめることができるのではないだろうか。
そういう話にならないということは、何か理由があるのだろうか。とてももったいないことである。
「なんか、このアトリエ本当に恐ろしいよね。何かあったら大爆発が起こるってことでしょ?」
「そりゃまあそうだけど、そんな火薬庫みたいな言い方をされると傷つくなぁ。でも、間違ってないから言い返せないのも事実。うーん、どうしよう。自己弁護しておくと、薬も置いてあるからね!」
それが何の自己弁護になるというのか。取り繕うように言われたところでもう遅いのだった。
「それで、参戦できないのは仕方ないとしても、本当に観戦しないの?」
「今のところその予定はなーし! そもそも座席が取れるかどうかもわからないし。でもあれでしょ? エルちゃんとゲートムントたちは招待されてるんでしょ? みんなから羨ましがれてるんじゃない? 職人通りでも街の噂は大会のことで持ちきりだから。なんか、そういう浮き足立ったお祭りムードは好きなんだけどね」
話をしながらもフォルクローレの手は止まらない。このかき混ぜる動きを止めたら最後、何が起こるかわからないというのだから。そして、かき混ぜる強さや速度が成功の秘訣だという。一度コツを教えてもらったことがあるが、とても理解できそうにはなかった。
少なくとも、お鍋でシチューをかき混ぜるのとはまるで違う要領だった。
「フォルちゃんも観に来てくれたらいいんだけどなー」
「エルちゃんと並んで一緒にっていうんなら、いいんだけどねー。みんなに混じって一人じゃ、寂しいじゃん。ほら、女の子の友達ってこの街でエルちゃんしかいないし。あれ? なんか寂しい子みたいになってる? 大丈夫だよね?」
それだけが理由ではないだろうが、一緒なら、と言われては、嬉しくなってしまう。フォルクローレからは見えないのが幸いだったが、表情が緩んでいるのが自分でもわかった。
「じゃあ、一緒に観戦できないか交渉してみるから、それならどう?」
「それなら、まぁ。でも、そんなことできるの? さすがに難しそうだけど、エルちゃんの隣の席で観戦できることになったら教えてね」
エルリッヒの心中としても、フォルクローレの見立てとしても、それはダメ元の話だった。それでも、二人で観戦できるのならそれはきっと楽しいだろう。そう思うフォルクローレなのだった。
すでに、二人の頭にはゲートムントたちのことはなかった。
「じゃ、大会までに交渉してくるから!」
「うん、よろしくね!」
ソファの上でエルリッヒが思い浮かべていたのは、やはりと言うべきか、ルーヴェンライヒ伯爵の姿だった。
〜つづく〜