チャプター36
〜コッペパン通り 竜の紅玉亭〜
「そろそろ……スッキリ?」
思いがけない言葉に、ついつい聞き返してしまう。
「そうだよ。今は、一応みんなに知られてる状態なんだし、受け入れられてるんだし、悩むこともないと思うんだけど、まだ何かで悩んでるんでしょ? 解決するいい時期だと思うんだ。で、何に悩んでるの?」
「ま、この際だから話ちゃうか。今行った、一応受け入れられてる状態っていうの、結局のところは私が本当の姿に戻るところを誰もみてないわけだし、それで魔物を倒す姿を見てる人もほとんどいないわけでしょ? もちろん出来るだけ人の目に触れないような状況を選んできたからではあるんだけど、だからなのかなって思って。もし、目の当たりにしたら、みんな怖がって石を投げるんじゃないかなって……考えすぎかな」
普段お気楽なフォルクローレも、さすがにこの問題にパッと解決案を出すことはできなかった。結局のところ、その状況になってみなければわからないのである。だが、だからこそ、返答は早かった。
「見せちゃえば?」
「え、何を?」
何もないところで火球でも放てばいいのだろうか。またしても思わず聞き返す。
「だから、元の姿に戻るところを」
「見せないよ!」
今度はエルリッヒが即答だ。元の姿に戻るところを見せないのも、出来るだけ人の目に触れない状況までは手を出さないようにしてきたのも、全て自分なりの理由があってやっていることなのだから、それをおいそれと曲げることはできない。
どこまでフォルクローレに説明したものかと悩むが、理由を聞かれるようなことになれば、ある程度は説明しなくてはならないだろう。少なくとも、ゲートムントたちに話すよりはいい。彼らの方が付き合いは長いが、曲がりなりにも女の子同士という気安さは大きい。
「えぇ〜? 見せないの〜?」
「だから、見せたら怯えるかもしれないのが心配なんだってば。見せないのは別の理由だけど、一時でも平和が戻ってきたのにそこに私が元の姿で『こんにちは』なんて現れたら、大パニックだよ。まして目の前で元の姿に戻ろうだなんてさ」
やはり相談しても解決するような問題ではないのかもしれない。起ってほしいことではないが、次に魔物が襲ってきた時に国王公認で魔物退治にでも参加すれば、あるいは正体を目にしても認めてくれるだろうか。それはそれで、非常にリスクの高いことではある。
「いい案だと思ったんだけどなぁ」
「そういうのは危険すぎるよ。また魔物が襲ってくるようなことがあったら、その時は本来の姿で戦うかもしれないけどさ。それは、私にとっても最後の手段なんだよ」
人の姿で戦う方が小回りが利いて動きやすいこともある。だから、相手がよほどの強敵でもない限り無闇に元の姿に戻ることが最善ではないのだ。滅多に元の姿に戻らないこともそれなりに理由がある。それをわかってくれるといいのだが。
「ほら、この話はこれで終わり! ご飯食べちゃって!」
「ちぇー。まだまだ力にはなれないか〜」
気持ちは十分に嬉しい。それだけに、無用に騒ぎ立てるような方向での荒療治は求めていないということは伝える必要があった。だから、少し悔しそうな様子を見るとこちらも心がズキりと痛んだ。
「また何か思いついたら教えてね。そのうちいい案になるかもしれないから」
「任せてー。アイディア出すのが錬金術士の仕事だからね!」
自信満々に答える声色がとても心強い。今はまだでも、近い将来、フォルクローレのアイディアで平和な時に解決するかもしれない。そう思うと、いくらか気が楽になるのであった。
「おっと、私も早く食べちゃわないとだ!」
二人は、しばらく会話を止めて朝食に精を出すのであった。
「え? ことの発端は地下室の保温の話? 何それ! そんなところから深刻な悩みに考えを進めちゃったの? エルちゃんらしいなぁ。まじめっていうか、なんていうか」
「悪い癖かもしれないね。フォルちゃんにバレる前から、ずーっとこんな調子だったからね。本当の姿のこと、人の姿の時のこと」
エルリッヒが朝食の後片付けをする間、フォルクローレは着替えを行なっていた。わざわざ二階から着替えを持って降りてここで着替えているのである。念のためにと多少窓は閉めているが、それでも暗くなるため一部は開けているので、人に見られる心配もあろうが、フォルクローレなりの生活のこだわりなのだった。そもそも、もう少し早く起きることができていれば食事の支度をしている間に着替えることもできるのだが、そこは睡眠を優先させたいということなので止むを得ない。
「伊達に300年も悩んでないね。だけどさ、実際今の姿で自由に能力が行使できたら楽だよね〜。なんだっけ、炎が吐けて、氷を生み出せて、雷を落とせて、周りを熱くすることもできれば嵐を呼ぶこともできるんだっけ。あたしもさ〜、色んな魔物と戦ってきた自覚があるけど、正直特殊能力持ちすぎじゃないの? 魔法は使えなかったって言ってるけど、ほとんど必要ないじゃん。制限があって当然だよそれ」
「そういうこと言う? こればっかりはご先祖様の作戦だからねぇ。少しでも多くの力を得るために、普通のドラゴンとは違う力を持った異種と交わった。中には竜殺しの力が通用しない種族なんてのもいてねー。今でも生理的に嫌な感じはするんだけど、その力を私に使っても、特に影響はないんだよねぇ」
竜殺しの力を今最も身近に持っているのはゲートムントだ。彼の持つ漆黒の槍こそ、今は希少となった竜殺しの力を秘めた功績で作られているのである。ドラゴンを相手にすることはそうそうあることではないが、いわゆるリザードと呼ばれる飛行能力を持たないドラゴン種は、冒険の最中で出会うことも多い。そういった種族にも、この力は有効だ。一説によると生命力そのものに斬り込む力といことだが、詳細はわからない。
「面白いよね〜。そう言うすごい力の持ち主が、今目の前にいるなんてさ。ところでエルちゃん、片付けが終わったらこっち手伝って〜? 髪の毛結ったり服のおかしなところがないか見てほしいんだけど」
一通り着替え終わったものの、細かい身だしなみは自分では分からず、髪も起きた時のままだ、いつも決まってエルリッヒに頼もうとする。
「それ、だったら2階でで着替えればいいのに。大きな鏡があるんだし」
「えぇ〜? 寂しいんだもん嫌だよ〜。下で洗い物をしてる音がする中一人で着替えてるとさ、言いようもない孤独感に襲われるんだよ。だから、ここで着替えるんだ。この先何度言われても同じことを答えるよ! と言うわけで、よろしく!」
寝巻きを雑に畳みながら、エルリッヒが片付けを終えるのを待っている。チラリとそちらに視線を向けると、椅子に座って暇そうに足をパタパタと揺らしている。その様は可愛いのだが、暇なら床掃除でも手伝ってくれても、と思わなくもない。
そこまで気にしているわけではないのだが、全く気にならないと言うわけでもない。絶妙な気になり具合だった。
「はいはい、もうちょっとで終わるからいい子で待っててね」
「はーい」
まるで姉か若い母のような心持ちで宥めて待たせる。こう言う時、表に立つのは人間年齢に換算した時の感覚だ。いくら実年齢で400年以上生きていようと、感覚としてはまだまだ二十歳過ぎの娘なのである。それでも、フォルクローレよりはいくらか年上の感覚だ。
「よしっ、こんなもんかな」
「待ちくたびれた〜。よろしくね!」
ひとしきり食器を洗い終え、手を拭うとフォルクローレの元へと向かった。
〜つづく〜




