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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第五章 第2回戦の攻防
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チャプター34

〜王城 竜王杯会場〜



「おりゃあああ!!!」

 剣が思い切り振り下ろされる。それに呼応するように、見たこともない構えで立ち向かう。これは流石に勝負が決まった、と誰もが思った瞬間、

「え?」

 武器を手にしたまま、盛大に背中を打ち付けていた。一瞬の出来事に誰もが何が起こったのかわからない。だが、わかることが一つ。武器がないという不利な状況でありながら、何かしらの手段でその状況を覆したのだ。

 ザルツラント侯爵も何が起こったのかが分からずしばし呆然としていたが、少しの間があって、ようやく事態が飲み込めたのか、ここぞとばかりに声を張り上げる。

「し……勝負あり!!」

 その声を聴き、観客席からは大きな歓声が湧き上がった。

「……立てる?」

「ああ。ってて、まだ背中が痛いけどな」

 穏やかに右手を差し出す。その様子は、とても先ほど謎の手段で形成逆転を成し遂げた男のものとは思えなかった。ゆっくりと立ち上がりながら、先ほど何が起こったかを尋ねてみた。

「なあ、さっき、何が起こったんだ?」

「ん? あぁ、ちょっとね。相手の攻撃の勢いを利用していなす護身術? みたいなのの心得があるんだ。ま、鎧を着てる相手に試したのは初めてだったから、上手く行ったの偶然もあるんだけど」

 こともなげに語っているが、それが並大抵の技量でないことはすぐにわかった。少なくとも、騎士団では基礎的なトレーニングこそ行えど、丸腰になった時の対処法や護身術、いわゆる格闘技の類は教わらない。そもそも、騎士たる者戦闘中に武器を取り落とすなど不名誉の極み、という考えなのだ。それが、こともあろうに末端の兵士にまで徹底して教え込まれており、前提条件として武器を落とすことなどあるはずもない、ということになっていた。

 異を唱えて武器を失った場合の対処法について訓練すべきと具申する者も中にはいるのだが、取り合ってもらえず意見を引っ込める、というのが常だった。

「そんな護身術なんて、どこで……」

「昔、騎士団に入る前のことだけどさ、酒場で働いてたことがあるんだ。ああいうところって、酔っ払った人たちが暴れることも多いんだよね。今ほどの身体能力もなかったから、こういう技術を身につけておいた方がいいってマスターに言われて。喧嘩の仲裁を行ったことも、二度や三度じゃないよ」

 まさに人に歴史あり、である。まだまだ若い身空ではあったが、それでもこの勝負を決したのは過去の来歴だった。おそらく、短剣の使い手として腕を鳴らしているのも、この酒場での勤務経験が寄与しているのだろう。

「なるほどな。負けたのは悔しいけど、納得だわ。俺も職を転々としてきてここに落ち着いたけど、酒場で荒くれ相手に立ち会ったことはなかったなー」

「でしょ? あんまり過去の職歴を話すと、馬鹿にしてくる人もいるからね。話してないことも結構あるんだ。脛に傷持つってわけじゃないけど、その辺は同じじゃない?」

 平民出身の兵士たちの中で、初めての職場がこの騎士団、という者は数少ない。お互いが少しずつ周囲を気にしながら、馬鹿にされないよう、少しだけ上辺を取り繕ってコミュニケーションを取っているのだ。そうすれば、余計な軋轢も牽制の試合も生まれずに済む。それが、騎士団の末端という場だった。

「何はともあれ、3回戦進出おめでとう!」

「ありがとう。はー疲れた〜。今日はゆっくり休みたいね」

 軽口を言い合いながら、二人は舞台を去っていく。背中に大きな歓声を浴びながら。



「いやー、いい試合だったねー。最後、まさかあの人が宙に舞うなんて思わなかったよ。相手の力を利用する、なんて言ってたけど、そんなこと本当に可能なのかな。って、エルちゃん、聞いてる?」

「……そうか。酒場で暴れる荒くれ……うちも何か対策を考えておかないとな……」

 予想外の試合運びにフォルクローレが興奮を隠しきれない中、隣のエルリッヒは何かしらをブツブツと呟いていた。試合後の二人の会話を聞いて、人ごとではないと考え始めたのだ。

 そんな様子に気付かぬフォルクローレは、話しかけてようやく様子が違うことに気付く。いつになく真剣な面持ちをしているので、何事かと思ってしまう。

「エルちゃん? エルちゃん? どしたの? 大丈夫?」

「えっ? あぁ、フォルちゃん。大丈夫だよ? どうして?」

 会話がいまいち噛み合っていないのも、真剣に考えていた証拠である。

「いや、だってほら、あたしの話聞いてなかったでしょ? それに、何か真剣な顔して呟いてたから何かと思って」

「あぁ、うん、こっちのことなんだけどね? さっきの彼、酔っ払って暴れる人に対処するために身につけたって言ってたでしょ? それで、うちのお客さんはみんないい人ばっかりだけど、一見のお客さんに限らずさ、酔って暴れたり喧嘩を始めちゃう人は出てくるんじゃないかって思ったんだよ。そしたら、何か対策をしないとなぁって」

 大きな街の大きな酒場であれば、用心棒を雇って力ずくで場を収めたり、あらかじめ睨みを効かせておくという手も使えるが、規模の小さな『竜の紅玉亭』ではそういうわけにもいかない。繁盛していると言っても用心棒を雇うほどの余力もないのだ。

「ゲートムントたちに頼んだら?」

「用心棒ってこと? それも考えたんだけどねー。あの二人に限らず、人を雇うようなお金はなくてね。そんなに広いお店でもないし。それに、いくらゲートムントたちでも、そういう目的をお願いするんならいくらかは払わないと義理が立たないっていうのもあるでしょ? 食事代をサービス、ていうだけじゃーねー」

 頬杖をつきながらため息ひとつ。なかなかいいアイディアが浮かばないでいた。

「ね。それならあたしの爆弾を置くのはどう? なんていうんだっけ。抑止力? にはいいんじゃない?」

「……それ、引火するやつ?」

 嫌な考えが頭に浮かび、小さく問いかける。

「もちろん。ハリボテの爆弾じゃ意味ないもん。騒いだら導火線に火をつけるぞーって脅せば、みんな黙ると思うよ。あたしはそれで職人通りの喧嘩を収めたことがある」

「もし本当に爆発したら、お店が吹っ飛んじゃうじゃん! そういう過激すぎるのはなし!! もう少し穏便にできる手段がいいんだよ〜。私は今まで常連さんたちの人柄に甘えすぎていた!」

 穏やかな表情や明るい笑い声で食事を楽しんでくれるコッペパン通りのみんなの顔が浮かぶ。あの人たちに嫌な思い、怖い思いはさせたくない。でも、喧嘩になったら穏便に場を収めたい。矛盾したことを叶えようとしているんじゃないかと、そんな思いすら浮かんできた。

「私の数百年はなんだったんだ。人間より長く生きてる意味がない……」

「えー。ちょっとエルちゃん、悩みすぎだよ。そんなに自分を悪くいうなんて、らしくないんじゃないの? だったらいっそのこと、自分が仲裁役になればいいじゃん。脅し役って言ってもいいと思うけど。それじゃあダメなの?」

 そこで思考の悪循環がパタリと止まった。そうだ、なぜそのような簡単なことに気づかなかったのだろう。

「それだ! それだよ!」

「でしょう? 少なくとも、普段からあのクソ重いフライパンを軽々と振るって、あの重〜いスープの入ったお鍋を扱ってるエルちゃんなら、どうにでもできるでしょ。そもそも、一応正体はバレちゃってるんだし、脅しをかける材料も、多いんじゃない?」

 フォルクローレが、少しだけ悪い表情を浮かべて耳打ちしてくる。そういう、背筋の凍るようなやり口は好みではなかったが、自分が間に入るという案だけは、大正解だと思った。

「よーし、もし今度何かあったら、私が自分でやってみよう! フォルちゃん、ありがとね。いやー、なんでこんなシンプルな答えに辿り着けなかったのか、自分でも不思議でならないよ」

「うん、本当にそうだよね。悩みが解決できてよかったよ」

 まるで普段とは逆の立場のような状況に、少しばかり戸惑いを隠せないフォルクローレなのであった。



 第二回戦は、まだまだ始まったばかりである。




〜つづく〜

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