チャプター33
〜王城 竜王杯会場〜
しばらくの間、会場には鋭い金属音が響いていた。一般的な鉄を用いた武器であれば、鈍い金属音が響くのだが、今の騎士団に支給している武具は鉄製ではないので、音の高さが違う。鍛冶屋など一部の観客だけが楽しめる音の違いだ。その聞き分けができない多くの観客たちは、試合の行く末を固唾を飲んで見守っている。
「決着、なかなかつかないね」
「そりゃあね。互いの手の内を知ってて、実力に大きな差がないんじゃ、後は根比べ、体力勝負じゃないかな」
フォルクローレは次第に飽きてきた様子だったが、エルリッヒは飽きることなく観戦し続けていた。戦記ものや神話を扱った書物であれれば、英雄には一撃必殺の決め技を持っているので勝負は『必殺技』で決着がつく。魔王時代であれば、魔法の使える戦士もいたため、魔法と剣技を掛け合わせた派手な技で決着がつく。だが、今は現代であり、ましておとぎ話でもない。そのような見栄えと威力を兼ね備えた必殺技も魔法も存在しない。かろうじて親衛隊に伝わる剣が宝石を用いて魔法の力を乗せた剣技を再現しているだけだ。そして、この大会では親衛隊”だけは”参戦していない。互いの攻撃の一瞬の隙を突いたり、体力が尽きて攻撃の手が緩んだ瞬間を突いたりして決着をつけるしかないのだ。
「さっき、本気出すよ、て言ってたじゃん」
「本気を出して全力で戦ってるからこそ、決着をつけ辛い状況になってるんだよ。フォルちゃんみたいに爆弾でどかーんってできたら楽なんだろうけどね。さて、どっちが先に倒れるかな?」
一般的な見立てでは、武器の重い方が不利と見る向きが強い。だが、ナイフは軽い分身軽な動きで攻撃できるため、自然と動きも多くなり、体力の消耗は激しくなる。だから、今回のような組み合わせの場合、どちらが不利とも言えない。
「二人とも、息が切れてきた。でも、隙を見せたら負けるから、攻撃を止められないんだ」
「か、過酷〜。もういっそ負けちゃった方が楽なんじゃないの? てわけにもいかないかー」
意地も名誉もお金もかかっているこの大会。貴族出身の騎士ばかりが勝ち進むと思っていたが、思いの他番狂わせが発生している。今回の対戦カードもそのうちの一つだ。いわゆる『平民出身兵士』としてどこまで勝ち進むのか、この先に出会うであろう騎士たち相手にどこまで戦えるのか。それは大きな目標でもあった。
「ここで勝ち進めば、騎士団内での昇進は間違いないだろうし、どっちにもわざと負けるなんて選択肢は、あり得ないと思うよ」
「そっか。そういえば聞いたことなかったけど、兵士のお仕事はお給金がいいんだっけ。ツァイネも生活のために騎士団に入ったんだもんね。そりゃあ頑張っちゃうよね」
騎士団で働く兵士の中には、その給金を家族のために仕送りしている者も少なくない。立場や階級が上がるだけでなく、昇進は昇給も伴うので、どうしても必死になる。そう言った意味では、体面や栄誉だけで頑張る貴族出身者とは大きく異なるところだろう。まして、平民を見下し貴族という身分の威光を知らしめたいだけの者とは決定的に異なる。試合の最後にものを言うのは、そう言った意地の強さの違いなのだ。だが、今の二人には、その差すらほとんど存在しない。
「あんまり決着がつかなかったら、どうなるのかな」
「さあね。そこまで細かく考えてないんじゃない? 多分、どこの誰もが貴族の騎士様が勝つって想像してただろうから。平民の兵士同士の対戦カードも多いけどさ、第二回戦ともなれば、兵士の数がだいぶ減る想定だったんだと思うよ。だから、逆に言えば第一試合はよく長引かずに決着がついたってことだよね。それとも、一回勝つと気の持ち用も変わるのかな……」
そんなことを考えていると、再び試合が動いた。激しい金属音がして、短剣が天高く弾き飛ばされた。おそらく、疲労から握力も落ちていたのだろう。相手の攻撃を受けたところまではよかったが、受け切れなかった。片手で扱うことを想定して持ち手が短いせいもあるかもしれない。
「これじゃあ、完全に試合は決まったね。流石にこの状況じゃ、あの人勝ち目ないよね。どーするのかな」
誰もがフォルクローレと同じことを考えたに違いない。しかし、エルリッヒはまだ勝負の結果を見極めかねていた。圧倒的不利な状況でも、目に敗北の色が見えないのだ。
「さあ、どうだろうね。決着は早まるかもしれないけど、まだ、どっちが勝つとも言えないよ」
「さ、どうする? 武器は結構遠くに飛ばされたようだぞ? まさか、実はもう一本隠し持ってる、なんてことはないよな?」
「もちろん。今弾き飛ばされたあれ一本きりさ」
そう言う割には焦りの色も敗退の覚悟も見えない。となれば、何かを隠し持っているかもしれない。そう考えるのが自然だった。では、一体どんな手を隠している? 今の言葉がハッタリで、実はもう一本短剣を隠し持っているのか。それとも、武器を使わない戦い方を心得ていると言うのか。お互いのことはよく知っているが、全てを知っているわけではない。来歴も、性格も、もちろん、手の内も。自然と焦りが生まれる。
『試合の決着をつけるのは今しかない。だが、とどめの一撃は一番の隙にも繋がる。もしかしたら、そのタイミングで隠しダネの攻撃を繰り出してくるかもしれない。”もっとも効果的なタイミング”で』
「どうしたの? 残念ながら、僕はもう丸腰だよ。ここから先は、徒手空拳で立ち向かうしかない。まだ、試合を諦めちゃいないけどね」
「今この状況で、その言葉を素直に信じるほど、平和ボケしちゃいないぞ? いくら試合を諦めてないからって、その落ち着きようは何かを隠し持ってるって考えるのが自然だからな」
もちろん、今見せている様子すらブラフの可能性がある。こうして落ち着いている様を見せることで、何か強力な手の内を隠し持っていると思わせることができるのだ。そうして焦りを誘発すれば、武器を拾いにいくことができるかもしれないし、想像するよりは弱いかもしれないが、それでも持っている隠しダネの攻撃を有効的に当てられるようになるかもしれない。今大事なのは、冷静になることなのだ。冷静に、幾らかの想定外の攻撃を繰り出してくる場合を想定して、自分の攻撃と、いざという時の対処方法を想像してみる。
「隠してる何か、ね。さて、どっちかな? 本当に丸腰なのか、それとも何かを隠し持っているのか」
「うまいこと言いやがる。そう言う態度を取れば取るほど、こっちは考えこんじまうんだからな」
疲労からか、焦りからか、汗がじわりと垂れる。
「あの二人、攻撃が止まっちゃったね」
「でしょ? 明らかに不利なはずなのに、ああして落ち着いてる。だから、何かを隠してるのか、相手を焦らせる作戦なのか、どっちかなって思ったんだよ。どっちにしろ、ああして話を続ける間体力は回復していくし、次の攻撃で決着がつくかもね。どっちが勝つにしろ」
こればかりは、流石のエルリッヒも読み切れない。どちらも今取りうる作戦としては正解だからだ。そして、どちらが真実だったとしても、面白いことになるに違いない。武器も持たない状態だというのに、剣を振りかざして襲ってくる対戦相手を倒せるだけの一撃を持っているなら見てみたいし、そんなものは何一つ持ち合わせていないのに、ハッタリだけで相手のミスを誘発するとしても、それはそれで見てみたい。その場合、相手の武器を奪うのか、それとも短剣を拾いにいくのか。
「お前のその言葉が本当だったとしてもハッタリだったとしても、今この好機を逃すわけにはいかない! いくぞ! これで試合終了だ!!」
「覚悟を決めたみたいだね!」
一気に駆け出し得物を振りかざす。観客の視線が、一点に集中する。
〜つづく〜




