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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第四章 八百長疑惑を追及せよ!
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チャプター30

〜夜・エルリッヒの部屋〜



 夜。二人は一人用のベッドで並んで床についていた。以前は狭くてよく眠れなかったが、いつしか気にしなくなった。そればかりか、隣で身を寄せ合って布団をかぶっているフォルクローレの温もりを離れ難いと思うようにすらなっていた。

「ねえ、もう寝た?」

 小さく訊いてみる。寝息や気配で眠っているかどうかは明白だったが、なんとなく、確認してみたくなったのだ。

「……起きてるよ。疲れてるんだけど、妙に寝付けなくって」

「そっか。じゃ、同じだ」

 確認するまでもなく、フォルクローレが寝付けないでいたことは分かりきっていたが、直に返事が来ると、妙に安心する。

「エルちゃんもまだ寝てないんだ。珍しいね。いつも結構あっさり寝付いてるのに」

「まあね。色々考えちゃってね」

 ただただ大会を楽しく観戦していれば良かった初日とは違ってしまった。不正を見つけてしまった。自分たち、少なくともツァイネ以外はそういう役割で呼ばれたわけではなかったはずだが、一度見つけてしまうと、それ以降の試合も疑いの目で見てしまい、どうしても純粋に楽しめなくなった。フォルクローレは素直に楽しんでいたのかもしれないが、本当のところはわからない。

「そっかー。それにしても、この先どうなるんだろうね」

「この先? 大会の話? それとも、世の中の話?」

 それぞれ、顔を見合わせることもなく会話を続けている。特に理由はないが、暗い夜、目は閉じたままでいるのが自然だ。だから、互いに今どんな表情をしているのかまではわからないし、知ろうという気にもならないでいた。

 こういう関係が、心地よい。

「んー、どっちもかなー。あの兵士の人たちを見てて、襲ってくる魔物に勝てるのかなぁって思ってさ。もちろん装備品はしっかり強くなったけどさ、それだけで勝てるわけじゃないし、死なないわけじゃないでしょう? なんていうか、ああいうわけわかんない相手と戦う覚悟とか、怯まない胆力とか、そういうのがないと負けちゃう気がするんだよね。あたしが外で魔物と戦う時は、自分で作った爆弾を信じてるから、新しい装備がそういう存在になってくれるといいんだけど……」

「そうだね。気持ちって大切だもんね。怖くなって逃げ出したとしても誰も責められないけど、庶民を守る使命があるのも事実だもんね。難しいところだと思うよ。人間相手に訓練を積むのとは違うし」

 一介の小娘二人がこんなことを議論していても、普通なら何にもならないし、こういう話をすること自体滅多にないだろう。だが、今話している二人は何しろ無関係ではない。だから、ついつい気になってしまうのだった。

「でも、フォルちゃんがそんな真面目に考えてるなんて、ちょっと意外」

「そう? あたしだって、いつも肩の力抜いてるわけじゃないんだよ? ひどいなぁ」

 普段とは違う、穏やかな笑みが溢れる。フォルクローレは、言葉の真意を汲み取れていないのだろうか。背中越しでは窺い知ることができない。

「やだな、そういうことじゃないよ。世間のことについて話してるんだよ。今まで、あんまり世情についての真面目な話はしてこなかったでしょ?」

「な〜んだ、そういうことか。ひどいなー、いくらあたしでも、ここまで差し迫ってたら流石に多少は考えるよー。今の生活が脅かされるなんて、あっていいことじゃないしね。こないだだって、大変だったんだから。て、それは話したか」

 気っ風も腕っ節もいい職人通りの親方たちだが、魔物相手の戦闘能力という意味ではあまり役には立たない。ある程度ダメージを与えることはできても、討伐するには至らないことが多いからだ。その点において、フォルクローレの爆弾をはじめとしたアイテム群は、なんと言っても効果抜群だった。

 とはいえ、アイテム自体は誰でも使えるものの、普段触らないものを巧みに使いこなせというのも酷な話であり、結果として職人通りではフォルクローレが孤軍奮闘することになったのだ。

「たまたま工房に爆弾の作り置きがいっぱいあったから良かったけどさ、あれがなかったら流石にやばかったかも」

「そっか。ちなみに、その爆弾って、護身用? それとも、どこかの誰かに納品予定だったもの?」

 普段からそんな物騒なものを所有しているというのは、改めて考えても恐ろしいものである。それがフォルクローレの生業だということは重々理解していたが、やはり訊かずにはいられなかった。

 前者であれば、改めてその剛毅な生き様に感心するし、後者であれば、後の補填のことが心配になってしまう。

「今回のは護身用。外に採取に行くときにはいつも持ち歩いてるの、知ってるでしょ? たまたま、ちょっと配合を変えてみたら前より強いのが作れちゃってさ、嬉しくなって量産してみたんだよね。ほんと、幸運だったよ」

「そ、それはすごいね」

 感心するやら恐れるやら。それが素直な気持ちだった。やはり、侮れない。

「まーね。でもさ、あたしは普段から外に出てて、曲がりなりにも魔物や獣と戦ったことがあったから良かったけど、親方たちは流石に恐れ慄いてたからね。さっき言ったのは、そういうこと。兵士の人たちだっておんなじだったし。人間相手の喧嘩だったら実力を出せるけど、魔物相手じゃそうはいかないし、何より人間より強いからね。どうしても不利になっちゃう。そこって、訓練で養えるのかな」

 考えても答えは出ない、難しい問題だった。どこかで誰かに提言すべきだろうか。それとも、彼らに自分たちで乗り越えさせるべきだろうか。

「訓練じゃ難しいんじゃないかな〜。長く生きてる私が言うんだから間違いないよ。ていうか、女の子二人が寝入りばなに話す内容? もうちょっと女の子っぽい会話ができないものかね、私たち」

「それをあたしに言う? あたしにそう言うのを求めるのはちょっと違うよー。最低限の身だしなみは気にするけどさ、女の子らしさとかおしゃれとか、そう言うのは流石にエルちゃんの方が敏感でしょー。いいんだよ、世の中の片隅には世間の話をしながら眠る女の子がいたって」

 むしろ女の子らしくない会話には自信がある、とでも言いたげだ。確かに、それでいいのかもしれない。徐々に平和な時代は終わりつつあるのだから、魔王が再び討伐されるその日までは、こんな会話もおかしなことではない。ただ、少しだけ一般の人より魔物との戦いに慣れているだけだ。

 もぞもぞと布団の中を探り、エルリッヒは再びフォルクローレの手を握る。

「ん? どうしたの?」

「なんかね。フォルちゃんの手の握り心地がすごく落ち着くんだよね。子供や女の子同士で手を繋ぐ気持ちがようやくわかってきた気がするよ」

 これまでにも親しい女友達はできていたが、ここまで親しくなることはなかった。思い返せば、どうしてなのだろうという思いが湧いてくるのだが、過ぎ去った過去の友人たちとの思い出は、あまり深堀りできるものでもなかった。いずれも、正体がバレないよう一つところに長く留まらないようにしていた、と言うことも大きかった。

「曲がりなりにも正体がバレてるから、安心感が今までの友達よりも大きいのかも」

「そっかー、その辺はあたしには理解できない感覚だもんなー。でも、あたしの手を握るくらいで安心できるんなら、いくらでもどうぞ。釜をかき混ぜてるからマメがいっぱいできているし、薬品で荒れてることも多いけどね」

 いかにも錬金術師らしい言葉が返ってくる。こう言う受け答えをしてくれるところも魅力だ。

「そんなこと、気にしないよ。それよりも、実際に私の本当の姿を前にしたら、流石のフォルちゃんも悲鳴をあげて逃げちゃうかもよ?」

「それこそ野暮な愚問だよ。錬金術師の中には、お城の騎士と手を取り合って火山に棲む火竜を退治した先輩の話も伝わってるんだから。他のみんなが怯えても、あたしが大丈夫って証明してみせるよ」

 薄い月灯りでは、顔を見合わせても表情まではわからないかもしれない。だからか、フォルクローレは繋いだその手を少し強く握り返してきた。

 それが、信頼の合図だ。

「ありがとう。そう言ってくれるから、安心できるし、そう言うところが好きなんだよね」

「! そういう恥ずかしいこと言うのは禁止だよ。……照れるじゃん。はー、早く寝なきゃなのに、これじゃあ目が冴えちゃうよ」

 軽く笑い合うと、ここで会話を切って、改めて眠ることにした。繋いだ手は、そのままに。




〜つづく〜

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