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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第四章 八百長疑惑を追及せよ!
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チャプター29

〜王城 竜王杯会場〜



 大会二日目が終わった。幸いなことにあれ以降誰も不正を働く気配はなく、大会は正々堂々と進んでいった。改めて考えれば、騎士団の大多数を占めるのは平民出身の兵士や下級貴族出身の下士官で、彼らは八百長を仕掛けて相手に見返りを提供するだけの用意がない。

 それに、試合そのものは卑怯な手段が行えないよう持ち物チェックなども行われるので、試合中の不正は難しい。ある程度厳しくしたそのようなルールが、幸いなことに試合の進行を正常化させていた。それもまた、実力を図る目的も込められているので、不正を行う者を炙り出す、という目的から外れているからと言っても問題はない。

 結果、ごくわずかだが、一般の兵士が勝利するケースも見られた。観客からしてみれば、それは大いなるエンターテインメントであり、大会運営の真意を知る者にとってみれば、人事査定の大いなる資料になる。もちろん、本人からすれば屈辱でしかないだろうし、応援していた親族にとってみても、それは一族の恥でしかないだろう。しかし、それこそがこの大会の本来の目的の一つなのである。

 騎士たるもの、常にその家柄と職位に相応しい鍛錬を怠ることなかれ、ということだ。

「いやー、なんとか終わってくれたねー」

「盛り上がったよねー。特に、あの衛兵隊長の人! 平民のくせに騎士の人に勝ったよね! あれはすごかったねー。武器も鎧も負けてたのに! いや、武器は職人通りの誇りにかけてあたしたちが作った剣だったから負けてないか。細身の剣っていうのが良かったのかもねー」

 まだまだ試合数の多い二日目、全行程が終わる頃にはがすっかり陽が傾いていた。観客たちが三々五々会場を後にする中、来賓席の中で唯一街場に帰るエルリッヒたち四人は、人の波が引くのをのんびりと待っていた。

「エルちゃん、フォルちゃん」

「お、ツァイネとゲートムント。今日の大会、どうだった?」

「あの八百長試合以外はすごかったなー。特にあれ! 兵士が騎士に勝ったやつ! あれは特にすごかったよな!」

「やっぱりゲートムントも同じとこで感激したんだね! あたしもさ、あれには驚いたよー。騎士の人が出てくると、とりあえずそっちが勝つんだろうなーって思うじゃん? そうじゃなかったんだから!」

 騎士団員の剣術は一般兵士が共通して学ぶ剣術と、騎士たちがそれぞれの家で学ぶ流派との二パターンがある。だが、剣術としての優劣は小さく、後者の方が型が美しい、という程度の差しかない。実力を分けているのは、彼らが幼少期から鍛錬を続けているからに他ならないのだ。

 だから、鍛錬を怠っていれば、兵士が鍛錬に力を入れていれば、当然優劣は覆ることになる。それがここで現れただけのことであり、何も特別なことではなかった。とはいえ、一般的には装備の優劣もあり、なかなかこういった試合運びになることはないので、当然観客は沸き立つ。

「今後も、ああいう試合が見たいよな!」

「ゲートムントは兵士が勝ってくれた方が好き?」

 ツァイネの言葉はどことなく、寂しさをまとっていた。しかし、ゲートムントには気づく様子はない。屈託のない笑みを浮かべながら会場を眺めている。

「んー? 別に、貴族を目の敵にしたいとか、そういうんじゃねーけどな。でも、強そうな騎士に俺ら平民の代表みたいな奴が勝ったらおもしれーじゃん?」

「まあ、面白い試合になることは確かだね。でも、ゲートムントが闘っても、あの騎士たちになら勝てるでしょ。そんなに快哉って感じでもないと思うけどな」

「それならそれで、面白いんじゃないかなあ。実践経験豊富な戦士が家柄の正しい騎士と戦って勝つ。それって、魔王が攻めてくるよー。やばいよー。気合い入れようねー。っていう警告には十分な気がする」

「フォルちゃんがその辺りを理解していたとは。私はちょっと嬉しい」

 四人はなんてことない会話を楽しみながら、人が減っていく会場の様子を眺めていた。一般の観客席より高いところにある来賓席ならではの眺望だ。本当なら、自分たちも雑踏に混じって帰っても良かったのだが、万に一つ知り合いにでも出くわしてしまうと、何かと面倒だ。何しろ自分たちは招待客の扱いで、座席は確保されているわみんなよりも高いところから観戦できるわ、優遇されまくりなのである。無用な嫉妬はご近所付き合いに影響を及ぼしかねない。客商売の身としては、避けなければならないのである。この手の事情はフォルクローレも変わらないはずなのだが、彼女は気にするそぶりを見せなかった。

「さてと、あんまり待っててもキリがないし、そろそろ出る? 一番後ろに並べば見つかりにくいだろうし」

「そうだね。ここから降りるだけでも結構時間かかるしね」

「それじゃ、帰りますか」

「だな」

 観客の減り具合を見ながら、四人はようやく会場を後にする。




☆☆☆



〜王都・中央通り〜



 西日があたり一面をオレンジ色に染め上げる中、エルリッヒはフォルクローレと並んで歩いていた。珍しく、手を繋いでいる。

 ゲートムントたちとは城を出たところで別れた。住んでいる場所が離れているので、ただ帰るだけとなると早いところで別れることもある。普段なら、そのまま一緒に食事を取るのだが。

「はぁ〜、今日は色々あったね〜。正直ちょっと疲れてない?」

「わかる! まさか尋問に付き合うことになるとは思わなかったよ。あたしらなんて、ちょっと口を挟むくらいのことしかできないのにね。伯爵様も面白いことを考えるものだよ」

 まさにその通りだ。第三者の見解も欲しいということはわかるのだが、大会運営委員でもなければ貴族でもない自分たちが同席を求められるというのは意外だった。

「正直、あの場で浮いてなかったのはツァイネだけだったよね。ツァイネはなんだかんだ言って元親衛隊だから馴染んでるっていうか、お城にいてもおどおどしてないし」

「あたしも同じこと思った! あたしたちはダメだねー。何度お城に呼ばれてもドキドキしちゃってるよね。やっぱり、庶民には場違いなんだろうなー」

 他愛のない会話を繰り返しながら、ゆっくりとした足取りで歩いていく。城内での気疲れもあって、少しばかり重い歩みだった。

 エルリッヒは握った手を少しだけ強めると、ぽつりと話題を変えた。

「ね、今日はどこか余所のお店で食べて帰らない?」

「あたしは構わないけど、いいの? ほら、料理人としてのプライドとかそういうやつ」

 珍しくフォルクローレが矜持を心配した。こんなことを言い出すのは珍しいので、何か他にも心配事があるのではないかと考えてしまったのである。もちろん、その気持ちは十分に伝わってくる。

「なんか、余計な気を遣わせちゃった? 他に含みがあるわけじゃないよ? ただ疲れたなーっていうだけだから。それに、料理人としてのプライドっていう意味では、他のお店の味を知ることも勉強になるんだよ? 自分の味を追求するのも大事だけど、他の人に受けてる味を知るっていうことも外せないから。それに、前々からいつも仕入れで顔を合わせてる他の通りのご主人のところに顔を出さなきゃって気にしてたんだ。付き合ってくれるよね?」

「もちろん! そういうことなら遠慮なく。お店はどこ? ここから近いところ?」

 ここから先はエルリッヒの先導だ。竜の紅玉亭に帰るのであればフォルクローレも迷うことはないが、他の通りに入ろうというのだから、これは俄然ワクワクする。

 普段足を運ぶ機会の少ない通りというのは、同じ王都にあってもどこか異郷であり、完全に別コミュニティなのである。

「こっち。絹糸通りの奥なんだけどね」

 フォルクローレの手を引きながら軽く駆け出したエルリッヒの表情は、先ほどと比べて明るく、そして軽いように見えた。その表情の違いが何を意味しているのかまでは、よく理解できない。ただ、繋いだ手は柔らかく、そして温かかった。

 なんとなく、それが答えのように感じられた。




〜つづく〜

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