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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第四章 八百長疑惑を追及せよ!
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チャプター28

〜王城・大会運営事務局〜



「さて、今回の件はひとまずここまでだが、どうする? 個人的には、引き続き観戦してくれると助かるのだが」

 大会運営事務局に戻ると、伯爵はテーブルに置かれた紅茶を手に問いかけた。もちろん、それは熱くも冷たくもない紅茶である。

 四人は軽く顔を見合わせると、特に言葉を交わすこともなくすぐに伯爵に向き直り、これまた示し合わせたかのようにツァイネが返事をする。

「当然、観客席に戻りますよ。俺たちは試合が見たくてお誘いに乗ったようなものだからね。ま、今回みたいに不正を見抜くことはできないかもしれないけど」

「ああ。もちろんそれで構わないと思っている。あくまでも、副次的なことだからな。だが、せめて試合を楽しんでくれればと思っているよ」

 伯爵の本心を推し量ることはできなかったが、嘘を言っているようにも聴こえなかった。おそらくは本心には違いないのだろう。こんな伯爵と共に企てた大会だからこそ、エルリッヒたちも一緒に不正に目を光らせようと決めたのだ。これほどの大貴族だというのにここまで平民相手にも分け隔てなく接してくれることは本当に珍しい。

 と言っても、エルリッヒとゲートムントは貴族社会との接点はもともとほとんどなく、フォルクローレもクライアントに持っている貴族は平民を見下さないような者たちばかりなので、平民を見下す貴族が多いということを肌で実感しているのは、元親衛隊のツァイネくらいなのだが。

「それじゃ、俺たちは会場に戻りますね」

「ああ。私もじきに戻る」

 部屋を出て行った四人を見送ると、伯爵は紅茶を飲み干し、残っていた職員に話しかけた。

「先程の不正の件、以後の処置は書類に書いておくから後で読んでおいてくれ。不明点や疑問点は遠慮なく聞いてほしい。これも、騎士団の浄化のためだ……」

 怪訝そうな周囲の職員たちだったが、そもそも先ほど話していた四人もツァイネ以外は見知らぬ平民たちだ。となれば、何か裏があるのに違いないと、あまり深く追及しない方が良いのではと考え、ただただ首を縦に振るばかりだった。これは、ただの武道大会ではない。それだけが、一堂にしっかりと伝わっていた。

 一方の伯爵は、軽く眉根を抑える。できれば、このようなことはこれっきりにして欲しいが、果たしてそう上手くいくだろうか。心配は尽きることがない。




☆☆☆




〜王城・竜王杯会場〜



「いやはや、戻ってきてみれば随分と懐かしいこの観客席。まさか、こんな長い時間席を離れるとは思わなかったよねー。ほんのちょっとのつもりだったのに」

「エルちゃん、言い草がちょっと老け込んでない? と言いたいところだけど、確かにそうだよね。会場の喧騒がもはや懐かしいからね。さー、あとはゆっくり観戦したいね」

 観客席に戻った二人も、これ以上の不正はないと信じたかった。だが、それはわからない。今会場で戦っている兵士二人も、もしかしたら八百長を仕組んでいるかもしれないのだ。そう考えると、呑気に観戦できないのもまた事実だった。

 しかし、今少しは何も考えずに試合を楽しみたい。

「私思ったんだけどさ、八百長を仕掛けてくるとしたら、貴族じゃないかと思うんだよね。それも、対戦相手が平民出身の兵士ならもちろん、同じ貴族でも比較的格差があるような」

「ふむふむ。それって、見返りの話?」

 利益の絡みそうな話になると、フォルクローレも勘が鋭い。まさに言いたいのはそこなのだ。二人は観客席を見据えたままで話を続ける。

「そ。八百長を仕掛けるってことは、自分が勝つことを相手への見返りありきで持ちかける訳でしょ? だとしたら、上級貴族にそれだけの見返りを提供できるケースって、なかなかないでしょ? お金はいらないし、わざと負けるんじゃ名誉も何もあったもんじゃない。でも、平民相手に何かしらを提供するなら訳ないだろうし、あとは下級貴族だよね。下級貴族が平民に何かしらを提供することはできるけど、下級貴族に何かしらを提供することができるのは上級貴族だけ。だから、そのあたりに焦点を絞って調べれば他のケースも洗い出せるかも、て思ったんだよね」

「なるほどー。それはいいアイディアだね。と言いたいところだけど、それだとわかるのツァイネだけにならない? あたしも貴族のお客さんいるけどさー、そこまで貴族社会には詳しくないよ? 誰が上級貴族で誰が下級貴族かだなんて」

 そうなのだ。エルリッヒやフォルクローレのような庶民からすれば、下級貴族の屋敷ですら十分に立派なお城であり、下級貴族の娘ですら眩いばかりのドレスに身を包んだお姫様なのだ。それを上級下級だのという序列を見抜けと言われても、無理というものだ。

 あるいはこの場では身に纏う騎士甲冑の出来栄えで多少の家柄を類推することはできるかもしれないが、それはあまりアテになる話ではない。やはり、氏素性から家格を判断するのが一番なのだ。

「そっかー。いい案だと思ったんだけどなー」

「あたしら平民にはそんなの見分けろったって、無理な話なんだよ。もちろん、平民と下級貴族の対戦だったら一目瞭然だろうけどさー、そこまでが限界じゃぁ意味ないしねー。とりあえず、その辺はこの試合が終わったらツァイネに相談するってことでどう?」

 二人でどれだけ話していても、結論など出ないのだ。ならば、アイディアだけでも持ち込むのが最善策だろう。もしかしたら、向こうの二人も同じアイディアにたどり着いているかもしれない。となれば、話はすんなりと進むはずだ。今はこれ以上、できることがない。

「そっか、そうだよね。専門家に任せてこそだよね。それじゃ、今私たちにできるのは、試合を楽しむってことだけか。やれやれ」

「エルちゃんはいつもあれこれ考えすぎなんじゃないの〜? あたしみたいに、もうちょっとゆるーく物事考えた方がいいこともあるよ〜?」

 フォルクローレほど呑気に構えているのが二人もいたらそれはそれで大変だと思ってしまうが、これまでの様子を思い返しても、確かにその方が楽に生きられる部分はあるように思えた。

 とはいえ、フォルクローレが仕事のことや友人のことになれば態度を一変させることもよく知っている。ただただ気楽に生きる娘ではないのだ。

 でなければ、仮にも生き馬の目を抜くこの王都で一人工房を切り盛りすることなどとても出来はしない。

「ま、頭の片隅に入れておくよ。こういうのは性分もあるからね」

「そっか。うん、そうかもね。無理にあたしの真似をしても、多分いいことないよね。変なこと言ってごめんねー」

 エルリッヒはフォルクローレの言い分を聞き捨てたりはしないし、フォルクローレは「頭の片隅に留めておく」といったエルリッヒの言葉を否定や拒絶とはとらない。二人の距離感と空気感は、細かいコミュニケーションを必要としないところまで育っていた。

 これは、エルリッヒの三百余年の人間社会での暮らしを振り返っても、貴重なレベルの友人だった。

「さてと、あれこれ話してたらあんまり試合が頭に入ってなかったね。結局、今戦ってるのはどういう人たちなんだ?」

「えーっと、剣を持った人と、斧を持った人だね。どっちも兵士みたいだよ。あの武器、こないだ作ったやつだよね。てことは、あたしが調合したインゴッドで出来てるんだよねー。改めて考えると、感慨深いなぁ」

 しみじみと実感するフォルクローレの様子に、ついつい目を細めてしまうエルリッヒ。こういう気持ちは、錬金術師に限らず職人ならではのものだろうか。

「フォルちゃん、それ大会中何度思っちゃうつもり? 一般の兵士はほとんどが今回の武器でしょ?」

「だってさ〜。やっぱ嬉しいんだもん」

 そう言ったフォルクローレの顔は、いつになく輝いていた。




〜つづく〜

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