チャプター27
〜王城 薔薇の間〜
八百長試合の仕掛け人と目されたルイズとの話は一応の決着を見た。であれば次に相対するのは対戦相手である。カイネはあくまでも一般兵士であり、身分も当然平民だ。今頃は震え上がっているに違いない。もしくは、ルイズからこういう時の返答を授けられており、それを必死に頭の中で反芻しているかもしれない。
一行はそのようなことを軽く話し合った後、剣の間から薔薇の間へと向かった。
「それでは、話を聞こうか」
「は、はい……」
彼、カイネの声は震えていた。それはそうだろう。彼にとっては雲の上の存在であるルーヴェンライヒ伯爵が直接話を聞こうというのだから。
伯爵も、萎縮させては意味がないと、穏やかな態度を貫こうと努めていた。萎縮させることで、もしかすると本当の話を聞きやすくできるかも知れないとも考えたが、高圧的な態度で怯えさせるのは本意ではなかったし、話しやすいと感じて『入れ知恵』を持ち出してくるのであれば、それはそれで面白いとも考えた。
この辺りの大まかな方針は、ツァイネたちとの話し合いの結果だった。今同席しているメンバーは、皆揃って平民だ。一部肝が座りすぎていて身分の差に全く臆していない者もいたが、それでも、この辺りの心理はカイネに近いところにある。
「君は、彼……ルイズ・フォン・マルクト辺境伯に八百長試合を持ちかけられて、それに応じた。あるいは、何らかの見返りを求めて彼に八百長試合を持ちかけた。合っているね?」
「……」
この問いかけに、カイネはすぐには答えなかった。素直に答えるか、ルイズからの入れ知恵を使おうかを考えているのでは。伯爵はそう考えた。そして、どちらの回答であれ、聞き出せるだけの話は聞き出そうと決めた。
周囲で見守っているツァイネたちも、質問しているのが伯爵なので、今は余計な口出しをすまいとしていた。
「ん? どうしたのかね? 何か言いたまえ。口を開けない理由でもあるのかね? それとも、辺境伯に口止めされているのかね? ここでの発言で偽証することは感心しないが、黙ったままというのは尚いかん。極力君の今後が不利にならないよう取り計らおう。それでも、語れぬ何かがあるのかね?」
「……それは……」
重く口を開いたそれは、まるで苦い汁でも絞り出すようだった。
「遠慮せずなんでも言いたまえ。私には騎士団の人間としても伯爵の身分としても、君を裁く権利を持っているが、理不尽にそれを行使しようとは考えていない。理由があるなら酌量の余地はある。少なくとも、私が目を光らせているうちは、末端の兵士だろうと、平民出身者だろうと、皆平等だ。もし、辺境伯の動きを気にしているのであれば、君を守りもしよう。だから、正直に話して欲しい」
「……伯爵様」
伯爵は必死に言葉を選んで紡いだ。何しろこのようなことは彼自身も初めてで、どのように接すれば良いのかの正解が見えない。素直に口を開いてくれるにはどうしたら良いのか。事前に打ち合わせた内容がどんどん頭からこぼれ落ちていく。その、こぼれ落ちた言葉を必死にかき集めて練り直す。そんなことを繰り返しながら話しかけていた。
文官ならまだしも、自分は武官だからこのようなことは苦手なのだ、と自分に言い聞かせながら。
「伯爵様は、俺のこと、信じてくれるんですか?」
「君が、見え透いた嘘を言わなければな。まずは何かを語ってくれないか。どうしてあのようなことをしたのか。話を持ちかけたのはどちらなのか。君が得ることになっている対価はなんだったのか。全ては、君が詳細を語ってくれてこそだ。話してくれるね?」
その言葉に意を決したのか、カイネは再び口を開いた。一同の注目が集まる。
「俺……試合開始前、控室で体を動かしていたんです。そしたら、あの人がやってきて、もし負けてくれたら銀貨1000枚をやろうって持ちかけてきたんです」
まず聞かされたのは、あまりにも露骨な八百長工作だった。ここまで露骨なものだろうかと訝しんでしまうが、まだ話は続くようで、先を促すことにした。
少なくとも、現時点では正直に話してくれているのか、吹き込まれている入れ知恵の序章なのかが判断できない。
「銀貨1000枚か。騎士団からの追放、犯罪歴の登録、懲罰、発覚した際のリスクを考えたら、いささか釣り合わないのではないか? もちろん、銀貨1000枚を稼ぐのが大変なことだというのは承知している。だが、それでも天秤にかけた時、この額は少ないように思えてならないのだが、君はこの話を受けた、ということだね?」
「はい。まとまったお金が欲しかったので」
「まとまったお金?」
切実そうな話題に、思わずエルリッヒが口を挟んでしまう。
「病気の家族がいるんです。騎士団での稼ぎはもちろん俺たち平民には十分な額だけど、それだけだと家族を医者に診せて、薬代を払って、というところまでは賄えません。悠長に貯めていたら間に合わないかもしれないんです。だけど、銀貨が1000枚もあればどうにでもなります。だから、俺はこの話に乗りました」
「君の話が真実だとして、そのお金はもう受け取ったのかね? 家族を医者に診せてやることはできたのかね?」
伯爵とツァイネが知る限り、ルイズの性格を考えれば素直に見返りを渡すとは思えない。少なくとも、八百長試合がしっかり成立するまではお預けだったはずだ。カイネの身の上話が真実だったとして、一刻を争うということはないかもしれないが、せめて半分でも前金で欲しいはずだ。果たして、どのような形だったのか。もしすでに受け取っていたということであれば、それは返却させねばならないし、もしまだ受け取っていないとなれば、それはそれで気の毒な話だった。
「まだ、受け取れていません。そもそも、大会終了後という話になっていましたから。もちろん俺も多少の理不尽さは覚えましたが、それでも、こんな大金を手にする機会なんてそうそうないんです。贅沢は言えません。それに、今回の話の主導権は、あの人にありましたから」
「……そうか。わかった。それでは最後にもう一つだけ訊かせてくれ。もし本気で勝負したとして、君は彼、辺境伯に勝てたと思うかね?」
こんな質問をするのは少し意地悪だったかもしれない。それでも、訊かずにはいられなかった。カイネの戦いっぷりには、光ものがあった。今回の大会は無能な貴族出身者を炙り出すだけでなく、来るべき魔王軍の再来に備えた兵士たちの鍛錬の場でもあるのだ。
カイネは少し考え込む様子を見せた後、さっきまでと打って変わって自信ありげな表情を浮かべてこう言った。
「多分ですけど、俺が勝つでしょうね」
その言葉が聞けるだけでも十分だった。根拠も根掘り葉掘り訊いてみたいところだが、訊かずとも分かる。彼は剣を交えたときに相手の実力を推し量ったのだ。たとえそれが八百長試合だったとしても。
「ありがとう。君の処分は騎士団と運営委員会に諮った上で追って通達する」
「あの……今処分するんじゃないんですか? てっきり俺、牢に入れられるんだと……」
再び不安そうな瞳に戻り、自らの処遇を問うた。厳罰を恐れているようにも、望んでいるようにも見えた。そんなカイネを見遣り、伯爵は静かに返す。
「君はこれから八百長試合の当事者という誹りを受けながら過ごすことになる。おそらく、騎士団を辞めても辞めなくても。それは、十分に罰になるだろう。この後どのような罰が下るかは分からんが、その誹りが追加されれば、十分ではないかと私は思う」
そこまで言うと、伯爵は席を立った。そして「今は部屋に戻りたまえ」とだけ伝えて薔薇の間を出て行こうとした。もちろん、ツァイネたちもそれに倣う。
と、その後ろ姿に声をかけるようにカイネがつぶやいた。
「……ありがとう、ございます」
なんとなしに、その言葉に全てが詰まっているような気がして、伯爵は少しだけ胸を撫で下ろしながら部屋を後にするのだった。
〜つづく〜




