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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第四章 八百長疑惑を追及せよ!
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チャプター25

〜王城・薔薇の間〜



 『彼』はその部屋にいた。名前はカイネ・エステン。城内警備が主な持ち場の兵士だ。第一試合が終わり、持ち場で警備任務に戻っていた。試合結果は残念な結果に終わったが、こればかりは仕方がないと思い、気持ちを切り替えていたところだった。大会の運営委員を名乗る貴族の男性から一枚の書状を手渡された。

『確認したいことがある故薔薇の間にて待つように』

 そう認められていた書状の最後には、ルーヴェンライヒ伯爵のサインが記載されていた。貴族社会とは縁の薄い平民出身の末端兵士でもその名前は知っている。騎士団の上層部にいる人物だからだ。もちろん直接話をしたことも面識もないのだが、平民を見下すことなく接してくれる人物として、同じく騎士団に勤める平民出身者からの評判の高い人物だった。

 大会についての要項を聞かされた際に運営委員にも名を連ねていることは知っていたが、まさかその伯爵の名前で直接呼び出しを受けることになろうとは、想像だにしなかった。

「……」

 上官に断りを入れて薔薇の魔に向かったが、そこには誰もおらず、あまりにもふわふわなソファの座り心地が却って居心地の悪さを助長させることになった。いや、生きた心地がしないと言ったほうが正確だろうか。

「……」

 自分は一体この後どうなるのか。もしかしたら処刑でもされるのではないか。そんな悪い予想が頭の中を駆け巡る。それにしては随分立派な部屋で待たせるものだと思うが、それだけで自分の処遇がどうなるかを判断することはできない。

 いざというときの知恵は授けられているが、それが鉄壁なのか付け焼き刃なのかはまだわからない。その場になってみないとわからないのだから。

 今はただ、少しでも穏やかな結果に終わるよう立ち回るだけだ。




〜王城・剣の間〜



 『彼』はその部屋にいた。名前はルイズ・フォン・マルクト辺境伯。神話に登場する偉大な騎士の名を冠した、騎士団に所属する騎士の一人だ。当然、その名が示すように、貴族である。試合を終え、第一試合に勝利という一歩目の栄誉を手にして城内に戻り、騎士団より与えられている指揮官用の執務室で休んでいたところ、急に呼び出しを受けた。その場に現れたのは文官の男で、同じ貴族と言っても自分よりも家格は劣るようだった。しかし、呼びつけた主の名前を見た瞬間、苦味のある表情を浮かべてしまった。大会の運営委員にも名を連ねている男の名が認められていた。気に食わないことに、彼は自分よりも格上の貴族なのである。

「……」

 本音を言ってしまえば今すぐにでも逃げ出してやりたいところだが、大会参加者としても、騎士団の一員としても、貴族社会の一員としても、その呼び出しには応じざるをえなかった。これは、彼にとっては、大いに屈辱的な話なのである。

 そして、呼び出されたのは剣の間。ここは、騎士団の上層部が軍議を行うために使う部屋だ。それだけに、他の部屋よりは幾分簡素で、その代わりに装飾性に富んだ剣や槍や盾といった武具が飾られている。これらの武具は見栄えこそ豪奢に作られているが、武器や防具としての性能は低いので、実戦向けではない。せいぜいが盗人への威嚇に使える程度のものだろう。今、彼が腰に提げている剣の方が遥かに武器としては優秀だった。

 そう、仮にも武官として城に仕える貴族の家柄である以上、身につける武具は家の威信をかけてでも良いものをあつらえるのが、一部の貴族たちの慣わしになっていた。

 だから、彼が提げている剣も、見た目の豪華さと武器としての強さを兼ね備えた逸品なのである。

 尤も、それを振るう人物の実力はというと、それはまた別の話になるのだが。

「……」

 どれだけ待たされただろうか。一応、貴族の男としては無人のこの部屋にあって、本来ならば騎士団長などの”一番偉い人物”が座る席に座っているが、正直なところどの席も椅子は全く同じものであり、簡素な木造りのものなので、あまり長時間座ることには向いていない。そろそろ限界だった。

「くそ、どれだけ待たせれば気が済むんだ!」

 扉が固く閉じられていて、多少の声は外に漏れないのを承知で毒づく。貴族としてはあまり褒められない言葉遣いだが、貴族社会の実態はそのようなものだった。特に武官を排出する家柄の若者は。

 家格の違いなど知ったことか。何かあったら父上に言って盛大に訴えてやる。そう心に誓ったその時、扉越しにノックの音が響いた。音の高さからすると、叩いているのは呼び出した主だろう。音に、優しさが感じられなかった。

 ノックをしたと言っても、防音性の高さもあり、中から返事をしても外には聞こえない。だから、剣の間に出入りする際のノックは、相手に知らせる以上の意味はなく、今も、こちらの返事を待たずに扉が開いた。一応、出迎えのために立ち上がる。

「……お出ましか」

 斜に構えながら入ってきた人物を見て、彼は目を丸くすることになった。



「待たせてすまない」

 伯爵は中で待っていた貴族の青年に短く告げた。彼の驚きを通り越したような表情は、誰の目にも印象的に映った。それはそうだろう。ルイズには、何から何まで意味不明だった。

 呼び出し自体が”偉い人”の名義で行われることはよくあることだが、その本人が実際に現れることはまず滅多にない。それに加え、元親衛隊のツァイネまでいる。騎士団を辞めた人間がその後も影響力を持つことはままある話だが、彼は親衛隊出身と言っても平民出身だ。貴族出身者とは話が違う。それに加えて、見知らぬ男が一人に、若い娘が二人。男の方はなんとなく、実力の高そうな気配を感じるから、何かの関係者かもしれないが、娘二人は片方が御伽噺に出てくる魔道士のような格好をしており、表情は溌剌としているが、謎めいている。もう一人の娘は、どこからどう見ても平民だとわかる町娘だ。一介の観客のようにしか見えない。

 意味のわからない取り合わせの一団が自分について取り調べを行いたいというのだから、どういう顔で応対すればいいかがわからない。

「あの……これは一体なんですか? 私を見世物にでもする気ですか? それであれば、我が家と父の名で訴えますよ? いかにルーヴェンライヒ伯爵家と言っても、ただでは済みませんよ?」

「あぁ、君が混乱するのも無理はない。彼らは見学者だが、私が公平な裁定をするように見張ってくれている者たちだ。君にとっても不利な話ではないと思う。それよりも、早速話を聞かせてもらいたい。率直に訊こう。先程の試合、あれは君が仕組んだ八百長試合だね?」

 伯爵はツァイネたちのことを軽く流すと、早速話を切り出した。どこまで覚悟していたのか、ルイズの表情は変わらなかった。

 再び椅子に座り、淡々と答える。

「何を証拠に? あの試合、なかなかにいい試合だったと思いますが、私は八百長など仕組んではいませんよ?」

「まぁ、そう見えるだろうな。大多数の者には。だが、私は騎士団の人間だ。そして、ここにいるツァイネのことは君も知っているだろう? 彼は伊達や酔狂で親衛隊に入れたわけでも、騎士団上層部にうまく取り入って親衛隊に入れたわけでもない。あくまで実力で入っている。当然、君の実力は十分に知っているとのことだ」

「俺が親衛隊っていうか騎士団を辞めてから何年か経つけど、その短時間でそんなに実力が上がるわけないよね? あんなに訓練が嫌いだったんだから。家柄だけで今の地位にいることも、知ってるよ?」

 鎌をかけたわけではないが、少し試すような言い回しをしてみた。できれば素直に不正を認めて欲しかったが、そんなことはしないと踏んでいたので、それならばどういう受け答えをするだろうかと反応を伺ってみたくなったのだ。五人はルイズを取り囲むように座り、次の反応を待った。




〜つづく〜

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