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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第三章 大会二日目の思惑
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チャプター24

〜王城・薔薇の間〜



「さて、話を聞かせてもらおうか」

 ルーヴェンライヒ伯爵に率いられて入ったのは「薔薇の間」。普段は賓客を迎え入れるための部屋であるが、そもそも賓客が訪れることはそう頻繁にあることではない。確認するまでもなく、そこは無人だった。

 五人は豪奢なテーブルを囲んでL字型に置かれたソファに座ると、早速話題を切り出した。そこにいるのは、先程の少し居丈高な様子の伯爵ではない。みんなのよく知る、威厳と優しさを兼ね備えた伯爵の姿だった。

「わざわざああして私を呼びつけたと言うことは、不正試合の気配を見つけたのだな?」

「はい。多分、伯爵も気づいてますよね? 先程の試合です」

 その言葉に、伯爵は何も言わずに頷く。誰の目から見てもわかるわけではないが、わかる者にはわかる。そういう類の試合だった。

「一見するといい試合だったんだが、明らかにあれはまともな試合ではなかったな」

「やっぱり、金、ですかね。それか、地位でしょうか」

 古今東西、平民出身の一般兵士が貴族出身の騎士に八百長試合を持ちかけられて、それを受けるとしたら普段手にできないような大きな額のお金を渡されるか、平民出身の立場では昇進の難しい階級を与えられるかのどちらかと相場は決まっている。と言っても、八百長は持ちかけた側の爵位や騎士団内での立場によって、与えられる階級が決まってくるので、どちらかといえば大金を餌にする方が多かった。

「まぁ、金でしょうね」

「だろうな。だが、あの男の実力を鑑みるに、小隊長クラスの立場への推薦、という程度のことならあり得るだろう。いや、理由などどうでもいい以上、ここで議論するだけ無駄か」

 伯爵とツァイネは目線を合わせて頷き合う。話は、二人だけで進んでいるようだった。

「あのー、口を挟んでいいですか? 二人は、どこで怪しいと判断したんですか? 騒ぎになってない以上、うまいことやった、て言うのが一般的な見方だと思うんですけど……」

 二人だけで話が進むのもあまり面白くないと思ったエルリッヒは、つい口を挟んでしまった。だが、これは尤もな話で、先程の試合が八百長だと気づいた者は少ないようだった。

 ツァイネと伯爵もそこは気にしていたようで、一瞬表情を曇らせたのち、瞳に鋭い輝きを見せた。

「うむ、そこなのだ。確証はない。だから、このまま糾弾したところでシラを切られるかもしれん」

「まあ、状況から言ったら間違いないんだけどね。彼はあんなに強くなかったし、あんなに騎士道精神を持ち合わせるような人でもなかったし。とりあえず、話を聞いてみるのが一番かなぁ」

「じゃあ、シラを切られる覚悟で話するんだ」

「ちょっと面白そうだな、それ」

「ゲートムント、面白がってる〜。あたしも他人事じゃないけどね。一体どうやって伯爵とツァイネが追い詰めていくのか。そういえば、負けた方の彼にも話を聞くの?」

 そういえばと言えばそういえばなのだ。勝った方の騎士の話は今までしてきたが、負けた戦士の話はしてこなかった。こういう場合、双方の話を聞くのが筋だろう。まずは騎士の彼の話を先に聞く、ということなのだろうか。フォルクローレの問いかけに、三人ははたと立ち止まった。そして、伯爵も表情が固まっていた。

「そうだ。忘れておったわ。あの者にも話を聞かねばな。すでに金品を受け取っておるやも知れぬから、その時は口を割らないかもしれんが……」

「そうですねぇ。地位の約束だったらすでにご破産だって教えてあげれば観念してくれるかもしれないけど、金品はねぇ。俺もそうだったけど、生活のために兵士の職を選んだ人たちには、お金ってやっぱりすごく大事だから。もしかしたら、その見返りで病気の家族に高い薬を買ってあげられたかもしれないし、何かいい服でも買ってあげられたかもしれないし、そういう事情が挟まると、難しいよねぇ」

「ツァイネ、そういう切実な話はなしにしようよ。話をしづらくなるじゃん。この国にはそこまで貧乏な人はいないと思いたいけど、高い薬とか、よその町に留学する資金とか、そういう事情になると、どうしても庶民には難しいもんなぁ。ま、そのあたりツァイネと伯爵なら大丈夫だと思うけど……」

「エルちゃんだったら話がしづらくなっちゃう?」

 フォルクローレの問いかけに、困ったような表情で軽く頷く。自分でも優しすぎるのかもしれないと思いつつ、どうしても悪人でない相手には冷酷になれないのである。もちろん、この大会の発案に関わった関係者ではあっても運営関係者ではないから、話をするのは伯爵の仕事で、ツァイネが必要に応じて口を挟む程度なのだが、その場に居合わせるだけで温情をかけようとしてしまうかもしれない。

 だからと言って、負けた方の兵士も同情の余地がない方がいいかと言われれば、そういうわけではないのだが。まだ確定ではない話とはいえ、できるだけ穏便な結果になって欲しいと願うばかりだ。

「エルちゃんは優しいなぁ。まぁ、そういうところも好きなんだけどね」

「フォルちゃん……」

 そっと握ってきたフォルクローレの温かい手を、柔らかく握り返す。こんな風に親しくしてくれる友達がいるなんて、なんてありがたいのだろう。ついそんなことを考えてしまう。

 フォルクローレからしてみれば何気ない行為だったのかもしれないが、エルリッヒには効果抜群だった。

「っとと、感傷に浸ってる時じゃない。私は別に事情を訊く担当じゃないんだから、どんな事情があっても関係ないよね。それに、まずは騎士の人から話を聞くんだし」

「そうだよ。それに、俺と伯爵で話をするから、とりあえずエルちゃん達は見てるだけにしててね」

「はーい」

「そんなん、俺たちが口を挟める話じゃねーって。言われなくても黙ってっから、安心しろってな」

 当面の段取りがついたところで、いよいよ確認を実行を移す時が来た。まずは先程の二人を呼ばなくてはならない。口裏を合わせるような真似をされないよう、二人が顔を合わせる場面を作りたくない。まずは兵士を呼び出してどこかの部屋で待機させ、それから騎士を呼びつけ、話を訊く。とりあえずはそれで口裏合わせなどの工作は防げるはずだ。ここまでの段取りに大きな穴がないかを確認し合うと、一同は部屋を出た。

「ここから先は私が動こう。君たちは後ろで大人しくしていてくれ。いいな?」

「ええ、もちろんです。直接の実行委員でもない俺たちが口を挟んじゃ、伯爵に迷惑をかけちゃいますから」

 事ここに至っては、エルリッヒ達に口を出す余地はない。薔薇の間を後にして先程の部屋に戻る道中も、妙な緊張と沈黙が支配していた。

 これから起こるのはいわゆる心理戦というやつだ。恐らく、それなりに知恵の回る相手が全力で自分の罪を誤魔化しにかかるだろう。それを、伯爵とツァイネは掻い潜って追求していかなければならないのだ。勝敗を決するのは正義でも力でもない。頭の回転だ。これまでこんな一面が重要視された場面に立ち会ったことは、この二人と知り合ってからは一度もなかった。

 どうしたって、緊張が高まる。

「すまないが、今日の試合表を見せてくれ」

 扉を開け放つなり、伯爵はそう言った。突然のことに、運営委員の面々に動揺が走る。ただスケジュールを確認したいのであれば、もう少し柔らかい態度で訊いてくるだろう。そもそも、元親衛隊のツァイネ一行をどこかに連行したかと思えば突然戻ってきてのこの一言。一体何が起ころうというのか。

「えっと、これです。上から順に開催しています」

「ありがとう。なるほど、彼か。悪いが、この二人をここへ呼んでくれ。こっちの者を先にだ」

 手短に指示を飛ばすと、伯爵は大きく息を吐いた。彼自身もまた、これから起こる知恵比べにどう立ち向かうか、思案を巡らせていたのである。




〜つづく〜

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