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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第三章 大会二日目の思惑
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チャプター23

~王城 大会運営事務局~



「ルーヴェンライヒ伯爵だと? それがどういう意味を持っているのか、わかっているのかね?」

「もちろんです。大会実行委員で、今頃観戦中の伯爵とコンタクトを取りたいんです」

 ツァイネの意思は明確だった。この件でしっかり話をしようと思ったら、伯爵相手に話をするしかなく、できれば自分達ではなく、運営委員の他のメンバーからの声かけでコンタクトを取りたかった。

 何しろ、今回計画されている「名ばかり騎士の洗い出し」については、どこまでの人間に話が伝わっているか、わからないのだ。かと言って、貴族用の観客席までおおっぴらに話しかけに行ってはあまりにも目立つ。

「何か、目的があるのだね?」

「はい。でも、それはみなさんが知っていいことなのか、知らなくていいことなのか、俺たちには判断できません。ですから、伯爵に話をしたいんです」

「つまり、ルーヴェンライヒ伯爵は知ってもいい側の人間である、と。ふぅむ、どういうことかいまいち要領を得ないが、国王陛下の信頼も厚い君のことだ、おかしなことは企んでいまい。……よかろう。誰か、ルーヴェンライヒ伯爵をここへ」

 控えていた兵士が、手短な返事と共に部屋を出ていく。そうだ、これでいい。

「それで、一つ訊きたいのだが、なぜ君自身が直接伯爵の席に赴かないのかね?」

「そんなこと、決まりきってますよ。俺たちの誰か一人でも伯爵の席にお邪魔したら、目立って目立って仕方がありませんから。いくら丸腰でも、上級貴族の人しかいない席にのこのこ出て行ったら、変な目で見られるし、変な勘ぐりだって受けちゃいます。フラットでいたいんですよ」

「ふむ、なんだかよくわからないが、とにかく伯爵を呼びにいかせている。それでいいんだろう?」

 黙って頷くツァイネに、運営委員の貴族たちは相変わらず首を傾げたまま、それぞれの執務に戻っていった。一連のやりとりを見ていた他の貴族たちも、「訳のわからないやりとりをしている」と言う怪訝な目線を向けるばかりだった。もちろん、ツァイネはそんなこと一切意に介さないのだが、そばにいたエルリッヒはというと、流石にそうではない。奇異の目で見られることに、いささか以上の居心地の悪さを覚えていた。

「ねえツァイネ、意図はわかるんだけどさ、もう少し説明してあげてもよかったんじゃない?」

「まあ、それは伯爵が現れたら必要に応じてね。一応、ここにいる人たちの半分以上は顔くらい知ってる人たちだけど、それでも今回の件じゃ誰が味方かわからないからさ、用心しておきたいんだ」

 誰が敵でも味方でも、より権力のある人間が動けばそれに従わざるを得ないのではないかと考えたが、ツァイネの様子を見るに、そう一筋縄では行かないらしい。この辺りは王城で勤務していたからこその知見なのだろうと、エルリッヒはこれ以上口を挟まないことにした。

「それじゃ、その辺に座って待ってていいですか?」

 部屋の隅にある豪奢なソファを指さす。訊かれた貴族の男は戸惑った様子で受け応える。まるで、伯爵が現れるまで別の場所で待っているものと暗に想定していたかのようだ。

「あ、ああ。そりゃ構わんが……」

「ねえ、私たち、ちょっと変な人扱いじゃない?」

「あー。ま、それは仕方ないんじゃない? ツァイネがいなかったら、正直どこの馬の骨って感じだもんね、あたしたち」

「馬の骨って。いや、俺たちだって立派な……平民だわ。この場にゃ、相応しくないわな」

 ツァイネはなにくれとない顔でソファに座る。だが、三人はどことなく居た堪れない様子で座った。座り心地は絶品なのに、どこか居心地が悪い。

「あの、皆さんは大会中なにをしてるんですか?」

「何って……なんだろうな。何かあった時のための待機、かな」

「言われてみれば、それが一番の仕事だな」

「正直、そんなに試合には興味ないしな」

 相変わらず、ツァイネはのんびりと運営委員の貴族たちと話をしている。流石にエルリッヒたちにこんな芸当はできない。フォルクローレも依頼とあらば必要な会話はするし、気が合えば砕けた話もできるが、今はそんな状況ではない。ゲートムントは一番こう言った場に慣れていない。だから、萎縮するばかりだ。それに比べると、顔見知りというわけでもないだろうに世間話に花を咲かせるツァイネの度胸は、ただ「王城勤務経験があるから」というだけではないように思えた。

「さすがだな。親衛隊だと違うって感じか?」

「そんな大層なもんじゃないよ。俺だって最初のうちはもっと遠慮してたよ。いや、遠慮とは違うかな。やっぱ、一介の兵士にとって貴族っていうのは住む世界の違う存在だから、そもそもの接点がないんだよね。この辺りの話、ゲートムントにはしてなかったっけ」

 言われても覚えていないのがゲートムントである。親友の来歴話といえど、何度聞いても聞き飽きるようなことはない。こういう、細かいところを気にしないのが魅力なのである。

「やー、俺がそういうのあんましっかり覚えないの、わかってるだろ? それより、平気になったのはやっぱ親衛隊に入ってからか?」

「そうだね、それはあるかな。兵士の時は同僚も平民ばっかだけど、親衛隊はいやでも貴族社会に顔を出すことになるし、同僚に平民はいなかったし。接してみると、思いの外みんなコミュニケーションできるってわかってね。確かに今でも住む世界が違うんだろうけど、同じ人間なんだって思い知ったんだよ」

「面白いなぁ、ツァイネの身の上話は。ゲートムントの話もいつか聞かせてよね」

「言われてみれば! あたしもそれは聞きたいかも。意外と過去の経歴が不明だよね」

 そうなのだ。ゲートムントは「語るほどのことはない」と言う理由であまり自分の過去は語ろうとしない。単純に面白くないから、と言う理由ではあるのだが、あまり謎にされても却って気になると言うものだ。

 自分に矛先が向くのはあまり望ましくないようで、この手の話題ではいつも必死にお茶を濁そうとする。

「ま、気が向いたらな。ツァイネの話みたいな面白さはねーから」

「いいんだよ。それがわかってて聞きたいって言ってるんだから」

「だよねー。ツァイネも聞いたことないの? ゲートムントの過去話」

「あー、俺は一応子供の頃から知ってるからねぇ。でも、お城に勤めてた時期はあんまり会えてなかったし、その頃のことは確かに詳しくは知らないかも」

 ツァイネも知らない過去がある。それが二人の興味を掻き立ててやまなかった。決してどれだけ平凡な話だろうと、聞いてみたくなるのは仕方のないことだった。

「おいおい。今は俺の話はいいだろ? それより、伯爵早くこねーかなー」

 話題を逸らすようにわざとらしく伯爵の名前を出す。が、その思いは誰もが一緒だった。のんびり待つにしてもツァイネ以外の面々は今ひとつ居心地が悪いので、早く現れてほしいと考えていた。

「そうだね、そろそろじゃないかとは思うけど……」

 噂をすれば影、扉を叩く音が響いた。そして、ゆっくりと開かれていくと、案の定兵士に率いられたルーヴェンライヒ伯爵が現れた。

 観戦を邪魔されたからか、その表情は険しい。

「全く、せっかく兵士たちの戦いを楽しんでおったと言うのに。観戦を遮ってまで私を呼びつけるとは、わかっているのだろうな。ここでは他の者たちの邪魔になろう。別室で話を聞こうではないか」

 部屋に入るなりそう告げた伯爵は、四人に冷たい視線を向けると、すぐさま踵を返して出て行ってしまった。

「……だそうだ。これは、伯爵の説教でも待っているんじゃないか? 大人しく着いていくことだな」

「そうですね。そうは言っても呼んでくれてありがとうございました。それじゃ、見失わないうちに行こうか」

「だねぇ」

「ちょっとドキドキだよね」

「だな」

 緊張しているのはフォルクローレとゲートムント。動じていないのはツァイネとエルリッヒ。はっきりと反応が別れる形になった。

 四人はソファから立ち上がり、伯爵の後をついていく。




〜つづく〜

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