チャプター20
〜王城 竜王杯会場〜
大会二日目。今日は第一回戦の後半戦が行われる。初日には結果として「権力だけでのし上がった実力のない指揮官」はいなかったが、騎士団全体としては幾人か在籍していることは間違いなかった。そのため、現れるとしたら今日なのだ。運営サイドにはそれを見極めなければならないと、緊張が走っていた。
「エルちゃん、おはよ!」
会場に着くと、ゲートムントたちはすでに到着していた。二人も昨日の様子を心配していたため、エルリッヒの元気そうな様子を見て安心の表情を見せた。フォルクローレほどエルリッヒの感情や表情を読み取ることはできないが、それでもフォルクローレより付き合いは長い。あの一件から少し沈んだ様子を見せていたことにはしっかり気づいていた。それだけわかりやすく態度に出ていたとも言えるのだが。
「あぁ、二人とも。おはよー。今日も晴れてよかったね」
「本当に。それにしても、昨日はちょっと心配だったけど、今日は元気そうでよかったよ」
「だな。もしかして、フォルちゃんが元気付けてくれたのか?」
「まーねー。親友ですから。それより、今日も楽しめるといいね」
フォルクローレは意気揚々と昨日と同じ席に向かう。ここから見える一般席はまだ無人で、入場者の抽選が行われていないか、結果発表が行われていないかのどちらかであることがわかる。
昨日の様子を考えれば、今日はまた一段と厳しい競争になることだろう。これは抽選する側も一苦労である。
「フォルちゃん」
「ん、何?」
のんびりと一般客の開場を待つ間、エルリッヒが耳打ちをする。
「今日は、前に話した名ばかり指揮官の若者が出てくる可能性の高い日だよ。昨日より面白い試合が見られると思う」
「おおっ! あれだよね、想像だけど、立派な武具に身を包んでいながらへっぽこ、みたいな人だよね! 今頃、対戦相手に金貨を渡してたりして。これをやるから負けてくれって。それか、もっとひどい脅しを仕掛けてくるか」
フォルクローレの発想は物騒だ。だが、表情は生き生きとしている。元来こう言う話が好き、という側面は大きいが、普段縁のない貴族社会のドロドロのような話題が目の前に転がっているとなれば話は別だ。それも、他人事として外から眺めていられるのだから。
「もし、観戦してて怪しいのがいたら、教えてね。弱くて負けちゃうんならそれでいいんだけど、明らかに相手の方が強そうなのに勝ったとか、何かよからぬ話をしてるとか」
「うん、そりゃもちろんいいけど、ひそひそ話をされたらさすがに聴こえないよ? そういうのは、エルちゃんの方が強いんじゃない? なんか、あたしら普通の人間より耳もよさそうだし」
それはそうなのだが、あまりそういう話はしないようにしていたので、返答に詰まってしまった。常人以上の聴力を持っていると知られたら、何かに利用されるかもしれない。つい、そんな勘繰りをしてしまう。これがフォルクローレだけに知られるのであればいいのだが、それで済むとも限らない。
お茶を濁すような受け答えは好きではないのだが、苦笑いでごまかすよりほかなかった。
「ま、それはそれとして! みんなが見てる前で悪だくみっていうのも、面白そうではあるよね。こんなに露骨な場所でやるんだから。普通はもっとコソコソしてそうなもんだけど、どう出るかねぇ」
「フォルちゃん、ホント楽しそうだね。こっちはドキドキだってのに」
今回の件、言い出しっぺの一人としてある程度は直接絡んでいるだけに、無能な騎士の排除などという大それた目的が本当に果たせるのか、ずっと気にかかっていた。もちろん、昨日の二人のように、魔物の襲来で心を入れ替えたというのであれば、こんなにいいことはない。だが、それは理想論の一端に過ぎないことくらい、十分に分かっている。あんなしっかりと性根から鍛え直すすよう人物はなかなかいないだろうし、そんな二人が剣を交える機会もなかなかない。とても稀有なケースなのだ。
「お、お客さんが入り始めたね。みんな、楽しんでくれるといいよね」
「うん、それは本当にそう思うよ。楽しい話題ができるのって、やっぱいいことだから。まあ、ちょっと野蛮な気もしないでもないけどね。それでも、男の人ばっかじゃないもんね、お客さん。だから、いいのかな、こういうのでも」
観客にはできるだけ何も知らないまま楽しんでほしい。いっそのこと、下衆な騎士が現れたとしても、それも含めて楽しんでほしい。その思いが叶うかどうかは、全くわからなかったが。
「それはそうと、昨日は本当にありがとうね。フォルちゃんのおかげだよ、今こうして穏やかな気持ちでいられるのは」
「ちょっと〜、そういうのよしてよ〜。あたしはなーんにもしてないって。ただ、友達として一緒にいて、話をしただけなんだから、それよりも、今朝だって起こしてもらって、朝ごはんの面倒も見てくれて、お礼を言わなきゃいけないのはこっちの方なんだから」
それは優しい取引みたいなものだった。フォルクローレに食事の用意をしたり、朝起こしたり、そんなことは大して苦にならない。同じベッドで寝て少し狭いのも、人の温もりを考えればきになることではない。その代わりに明るいフォルクローレと一緒に過ごすのは、十分すぎるほどの見返りだった。おかげで、少し沈んでいた気分はすっかり晴れた。むしろ、何か差別や迫害を受けるようなことになっても、フォルクローレたちと乗り越えられることを楽しみにすら思えてきた。明るく元気なフォルクローレはもちろんのこと、ゲートムントたちがどんなアイディアを出してくれるのかも楽しみだった。最悪の想定をしているのにそれを楽しめそうというのはとても大きい。
そんな風に考えられるようになったのも、フォルクローレの性格あってのことだ。
「友達がいのないこと言わないでよね。普段お客さんとして来た時だったらお代はもらうけど、ああいう時にそういう遠慮はなしだよ。まあ、私が心配ってのもあるんだけどね。フォルちゃんを一人にしておくと遅れて来そうで」
「あー、それはひどいよ〜! でも、言い返せないのもまた事実。うぅ……生活が乱れてるのは確かだし……」
何も、フォルクローレの生活を改善したいとまでは考えていない。錬金術が時に数日にわたる徹夜を要することもあるものだということを知ってしまったし、そもそも人の生活サイクルを変えようなどというのは、あまりにも大変であるというのはやらなくても分かることだ。しかし、少しの期間でも真っ当な時間の生活を経験してくれれば、少しは改善の足しになるのではないか、というわずかな希望は持っていた。
事実、今朝のフォルクローレはエルリッヒが起こしこそすれ、その後は眠そうな様子を見せていないし、昨晩も普段なら起きている時間だからといって寝付けないでいる様子はなかった。
「私は、少しでもいいから、フォルちゃんの生活を整えてあげたいんだよ。一番の想いはそれだけだから」
「っ! 心配してくれてるんだね! ありがとう〜! 生活改善は難しいけど、気持ちはとっても嬉しいよ〜! あと、ご飯がいつも美味しいよ〜!!」
感謝のあまり、どさくさ紛れに抱きついてくるフォルクローレ。それを、なんとなく引き離す気になれないのは、それだけフォルクローレのことを特別に思っているからだろうか。
いつも友好関係に限界のあったエルリッヒにとって、これだけ深く付き合える同性の友人は、この街では初めての存在だった。これまでの人間社会での長い生活を振り返っても、いなかったような気さえしている。
「気が済んだら離れてね〜。恥ずかしいし、ちょっと暑いから」
口ではそんなことを言いつつも、
(もしかして、これって、共依存って言うのかな……)
などと考えてしまうのであった。
いよいよ、大会二日目が始まる。
〜つづく〜




