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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第一章 大会前夜の賑わい
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チャプター1

〜コッペパン通り 竜の紅玉亭〜



 エルリッヒの1日は変わらない。夜明け前、鳥の声で目を覚まし、身支度を整えると台車を引いて食材の仕入れに向かい、仕入れから帰ってくると店内の清掃と昼の営業に備えての仕込みに入る。昼の営業が終わると、後片付けと清掃を終え、世間より遅めの昼食を取る。それが終わると短い休憩時間があり、それから今度は夜の営業に備えての仕込みが待っている。夜の営業が終わると、昼と同じように後片付けと清掃を行い、夕食をとる。そうして彼女の1日は終わる。

 ここしばらくは目立った事件なども起こっていないため、いつも通りの毎日を過ごしていたが、竜王杯と名付けられた騎士団の武闘大会が一般客も入れると告知されて以来、みんなの顔にどことなく活気が満ちていた。みんな、大会の開催が待ち遠しいのだ。

「いいよな〜、エルちゃんは特別招待なんだろ〜? 俺たち、会場に行っても入れるかどうか」

「だよなぁ。観たいやつ全員は入れないよなぁ。どうなるんだろう」

「まぁ、それでも入場料は取らないっていうし、期間中どこかで観れたらいいよな〜」

「その辺、偉い人たちも考えてくれてるとは思うけどね。はい、牛肉とお野菜のシンプル炒め、お待ちどうさま」

 今の話題はすっかり竜王杯だ。入場料が無料であるという情報が通知されてから、その盛り上がりは一層高まっていた。聞くところによると、普段の騎士団や貴族の給金はもちろん、大会の運営費も全て税金でまかなっているので、これ以上一般市民から金銭を取るのは良くない、ということらしい。こんな反対派の多そうな提案、誰が言い出したのかはわからないが、ありがたい話である。

「おっ、相変わらず旨そうだ! このビールも、いつもながらいいところから仕入れてくるね〜。エルちゃん、本当に酒は飲まねぇの?」

「嘘じゃないって。たまーに飲むくらいだよ。どう言うわけだかいくつになってもあんまり好きになれなくて。みんなと何が違うんだろうね。でも、ちゃーんと醸造家のみんなが自信を持って作ってるお酒を仕入れてるから、どれを選んでも美味しいはずだよ!」

 自分がそうであるように、人の味覚は千差万別。だから下手に人の意見を参考にしたりお酒の飲める人を連れて行くより、醸造家の言葉を信用して買いつけるようにしていた。お酒のラインナップにも定評のある「竜の紅玉亭」では、エルリッヒがお酒を飲まないことと合わせてよく説明が必要になる話だった。

「とはいえ、仕入れの予算にも限界があるし、貴族のお屋敷に眠ってるような銘酒までは手に入らないけどね」

「なーに言ってんのさ! そんなの俺たちも飲めねーよ! これくらいの値段じゃねーと、なぁ?」

「そうだそうだ! 旨い酒があるってのに高くて飲めねーなんて、それこそ勘弁だからな」

「あー、わかる! 手の届く範囲の酒だからいいんだよ。そういや、今度の大会って酒は飲めるのかな。なんか、露店が出るって聞いたんだけど」

「えっ、露店? じゃあお祭りみたいにするのかな。でも、お酒はやめといたほうがいいよ〜? 飲みすぎると試合を楽しめなくなるよ? それに、酔っ払うと周りに迷惑をかける人も出てくるしね。まぁ、他人が口出しできることでもないんだけど」

「いや、その忠告は聞くべきじゃないかな。俺たち、思い当たる節がありすぎて」

「ああ。酔っ払って観客席で乱闘、なんて見てられないし、絶対牢屋行きだろうし……」

 誰も彼も、お酒での失敗談には事欠かないらしい。これにはさすがに苦笑いを浮かべるしかなかった。事実、彼らの言うように酔っ払って乱闘騒ぎを起こしてお縄になったり怪我をしたのでは、目も当てられないし、大会も中止になったり一般市民を締め出して続行するようになるかもしれない。みんなで楽しむ、というコンセプトがある以上、観客のマナーもないがしろにしたくはないところだった。

「そういえば、エルちゃんは特別招待ってことは、俺たちが入れる観客席とは別の席で見ることになるのかな」

「さあねえ。でも、そうじゃない? あんまり仰々しいのは苦手なんだけどなー。ゲートムントたちが一緒で助かったよ。気心の知れたあの二人と一緒だったら、まだ気が楽だから」

「いいよなぁ、あいつらも。ツァイネのやつはお城で働いてたからまだわかるけど、ゲートムントなんてツァイネの相棒ってだけで呼ばれたようなもんだろ? いい友達を持ったもんだよ」

「だなぁ。ガキの頃は街中を駆け回ってて、いつの間にか冒険者になってたんだよなぁ。こんな平和な時代によくもまぁって思ったけど、立派なもんだ」

「だな」

 どうやら、ここにいる面々はゲートムントの幼少時代を知っているらしい。同じ街で生まれ育っても、ちょっと住んでいる通りが違うと途端に交流がなくなったりするのが大きな都市の特徴だ。文字通り、この街を駆け回っていたのだろう。なんとなく、目に浮かぶようだった。

「ね、ゲートムントの小さい頃って、どんなだったの?」

「そういや、話したことなかったっけ。勝手に言っていいもんかどうかわかんねーけど、とにかく元気なガキだったよ。その辺の木の棒を拾っちゃ振り回して、剣士ごっこをしてたもんだ」

「あー、あったあった。俺たちもあの頃はまだ若かったから、よく付き合ってやったよな。あいつ、この辺に住んでるわけでもねーのに全力疾走でこの辺まで来て。思えば、あのままでっかくなったって感じだなぁ」

「そんなあいつがお城の武闘大会に特別招待客として呼ばれるようになるなんて、俺たちも歳をとるわけだ。ツァイネ坊の書状には丸腰で来いって書いてあったんだろ? てことは、あいつのにも同じことが書いてあったりしてな。ありゃあ、お城の武器で誰かと戦わせるんじゃねーかな」

 お城の武器で、ゲートムントたちが、誰かと、戦う? 言われてみると、これほどしっくりくる理由はない。彼らは紛れもなく戦士だ。いくらなんても丸腰で外を出歩くのは不用心が過ぎる。徒手空拳でも悪漢に立ち向かうことくらいはできるだろうが、今想定されている敵は、魔物たちだ。素手で戦うのは分が悪い。そこまで考えると、お城には確かに武器がたくさんあり、大会で戦う兵士たちとまさに平等の条件で剣や槍を交えることができる。

 とすると……

「例えば、成績優秀者と戦わせるとか?」

「それだ!」

 ほんの思いつきでつぶやいた言葉に、誰かが大きな声で反応してくれた。同じことを考えた人が他にもいたらしい。安直と言うべきか、嬉しいと素直に喜ぶべきか。

 だが、他に思いつく理由はない。

「あの二人、なんだかんだ言っても実力者だもんね。結構面白い試合になりそうだよね」

「本当にそんな試合が予定されてんだとしたら、何が何でも見に行かねぇと! なぁ!」

「おう! あいつらを応援してやるのは俺たち、ここの常連チームだ!」

 この団結力、これこそが「ご町内パワー」というやつだろうか。コッペパン通りの住人としての結束がそこにはあった。ゲートムントもツァイネも、決してこの通りの住人というわけではないが、「竜の紅玉亭」の常連ということで、仲間意識を持って迎えられているのだった。

 彼らはしきりに声をかけてやろうだの横断幕でも作ろうだの、どう応援するかについて話し合っている。エルリッヒはただ、そんな様子を目を細めて眺めているのだった。

(本当、こういう雰囲気、いいなあ)

 果たして本当にゲートムントとツァイネがエキシビジョンマッチのようなものに駆り出されるのかどうかはわからないが、もしそんなことになったら、自分も全力で応援してやらねばなるまい。

 そう思うエルリッヒなのであった。




〜つづく〜

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