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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
第二章 竜王杯開始!
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チャプター17

〜王城 竜王杯会場〜



「え? エルちゃん、今なんて」

「だから、もしすっごく強い魔物が現れたら、その時は私が倒すから、みんなは雑魚を制圧できる程度に強ければそれでいいんじゃない? だから、そんなに強さにこだわらなくても」

 凶悪な魔物を引き受けてくれるというのはありがたいが、どこか歯切れの悪い物言いだ。それに、こんなあっさりとした受け答えで終えるというのも、らしくない。

「なんか、エルちゃんらしくないね」

「そう? そんなことはないと思うけど……」

 その表情は、確かにいつものエルリッヒのそれだ。一体何だったのか。真相が気にはなるものの、ザルツラント侯爵が城内から戻ってきた。どうやら、休憩はそろそろ終了らしい。

 それぞれ、自分の席に戻っていく。

「次の試合まで、あと10分です。皆さま、お早めに着席ください!」

 その声を聞くや、城内見学に行っていたらしい観客たちがぞろぞろと戻ってくる。おそらく、中でも何かしらの案内が出ていたのだろう。

「……エルちゃん、何かあった?」

 今なら会話は他の人には聞かれない。このタイミングしかないと見計らい、フォルクローレが小声で話しかけた。

「何のこと?」

「何って、さっきの答え、明らかに変だったよ。知り合ってから日の浅い王子様やお姫様はどうか知らないけど、付き合いの長いあたしたちはごまかせないよ? お姫様に何か耳打ちされてからだよね? 何言われたの?」

 あの時、何かを言われたのはあの場にいた全員が見ていたことだ。だが、何を言われたのかまではよく聞こえていない。だから、間違いなくそれがきっかけだろうと踏んでいた。それは、フランツも同じだった。まだまだ付き合いは浅いが、様子がおかしかったことだけは、しっかりと伝わっていた。

「ゾフィー、お前エルリッヒさんに何を言ったんだ?」

 国王に聞こえないよう、声を潜めて隣の席の妹に耳打ちをする。

「あらお兄様、何か気になることでもありましたか?」

「気になるようなこと、じゃないだろう。さっきのあの答えは僕から見ても明らかに変だったんだ。さっき、何を言ったんだ? 正直に告白するんだ」

 次の瞬間、ゾフィーの瞳が冷たく光った。ぞっとするほど冷たい瞳だ。こんな表情を見せることなど、フランツでさえ知る由もなかった。しかし、長年一緒に暮らしてきた兄妹、何か恐ろしいことを言うのでは、という予感はあった。

 それが、果たして自分やこの国にとって良いことなのかどうなのかは、聞いてみるまでわからなかったが。

「そんなに知りたいんですか? あんまりしつこい男は女性に嫌われますよ? 私はただ、あの方の存在をどう受け止めるかは私たちの自由、という趣旨をお伝えしただけです。それ以上の含みは一切ございませんよ? それがどうかなさったんですか? まさか、彼女はそんな些細な一言で動揺されたのですか? だとしたら、そんな脆弱な心で魔物と戦うなんて、本当にできるのでしょうか。いささか不安ですね。もしかして、人間を守ることを放棄してしまったり……」

「っ! おま」

「ゾフィー、そなたなんということを言ったのだ!」

 フランツの言葉を遮ったのは、他でもない王その人だった。

「お、お父様? 私はただ……」

「ただ、なんだというのだ。余はそれを一番危惧しておったのだ。おそらく、本人も」

「それ、とは、なんですか?」

後ろを向いた国王の表情は険しかった。玉座の外、まして私室ではあまり見せない表情である。

「誰かが、あの者を迫害することだ。もちろん、それをほのめかすのも同じだ。何せ、自分が人でないことを一番気にしておるのだからな。そして、我らはまだ真の姿を間近に見たわけではない。もし、目の前に巨大なドラゴンとやらが現れたら、その時恐怖を覚えぬと誰が言える。石を投げぬと誰が保証できる」

「そ、それは……」

「そんなことよりお父様、私たちの話を盗み聞きするだなんて、少々お行儀が悪いのではありませんか? 仮にも一国の王たる者が」

 ゾフィーの言葉は一見論点をずらしているようで、最初から気になっていたことだった。確かに兄だけに聞こえるよう、小声で話したはずなのに、どうして。建設的な議論をしようにも、そちらの方が気になって仕方がなかった。果たしてこの問いかけに答えてくれるかどうかは怪しかったが。

「今、余は大切な話をしておる。そのような些事に構っておる場合ではない。さてフランツよ、そなたは次代の王として、あの者に石を投げる民衆が現れた時、どう対処する?」

「そ、それは……当然、彼女を守ります。エルリッヒさんだって、大切な国民の一人です。騒ぎ立てる民衆を鎮められなくて、何が王でしょうか。その時何があっても、何が現れても、僕は毅然とした態度を貫きたいと考えています」

「理想論ですね。それに、きれいごと。お兄様、為政者は清濁併せ呑んで初めて良い政ができるのではありませんか? 世の中は優しいだけの世界ではないのですから。いっそ、私に王位継承権をお譲りになって、自由にお暮らしになってはいかがですか? きっと、その方が良かったと思う日がきますよ?」

 相変わらず、茶化すような言葉に反してゾフィーの瞳は笑っていない。これは、本気なのだ。この国初の女王の座を、本気で狙っているのだ。ここ数世代では起こっていなかった骨肉の争いが、この時代になって起ころうというのだろうか。果たして、自分はこの口と頭の回る妹に勝てるだろうか。フランツに戦慄が走る。

 少なくとも、ゾフィーには勝算も、より良い王になるという自負もあるように見て取れた。王女であれば、他国の王妃になる道もあるだろうに、それは考えていないというのだろうか。

 フランツには、この妹のことが次第に理解できなくなっていた。

「よさんか。そなたの言葉が本気であれ冗談であれ、この国にとってふさわしいと判断すれば、王位継承権など好きにくれてやるわ。では逆に問おう。ゾフィーよ、そなたはあの者、エルリッヒに石を投げる民衆が現れたら、どうするつもりだ? 先ほどフランツの答えをきれいごとと断じたが、そなたの答えを聞かせてもらおうではないか」

「そんなこと、決まりきっているではありませんか。あの方が本当に害のない存在なのか、この国のためになる存在なのか、見極めるだけです。普段は一介の民衆だというのであれば、それはすなわち替えの利く国民ということでもあります。害がないとわかるまで、地下牢にでも監禁すれば良いのです。結果的に彼女を守ることにもなりますし、王宮からのお墨付きで地下牢を出ることになれば、もう誰も石を投げたりはしないでしょう。それは、我々への反逆という意味も持ってしまいますから。そして、もし我々に牙を剥くようなことがあれば、その時は首をはねてしまうだけです」

「ゾフィー! お前、なんて危険な考えを。それじゃあ、先日何も知らずに彼女を魔王軍襲撃の関係者に仕立て上げようとした者たちと同じじゃないか!」

 つい、我を忘れて声を荒げてしまう。これでは、すぐ近くにいるエルリッヒたちに聞かれてしまう。しかし、今のフランツにはそんなことを考える余裕はなかった。妹の危険な発言を目の当たりにして、すっかり冷静ではいられなくなっていた。

 席から立ち上がったりしていなかったことだけは、唯一残った理性とでもいうべきだろうか。

「フランツよ、落ち着くがよい。ゾフィーの意見にも一理はある。今のたとえでは、少なくとも身の危険を感じた民がいる、という事実が横たわっておるのだ。それも忘れてはならんということだ。そなたは優しすぎるきらいがある故、どうも判断が甘すぎるようだ。そのようなことでは、まだまだ王位を譲るには早いぞ?」

「ですって、お兄様。精進なさってくださいね」

「っ!」

 二人にこう言われては、返す言葉もなかった。まだまだ王位を継承するには未熟という自覚はあったものの、自覚以上の事実を突きつけられたような気持ちになった。

「……だが、この父も個人の感情だけで言えば、あの者の悲しい顔は見たくないというのが本音だがな……」

 王が小さく呟いたその一言は、フランツの耳には微かにしか届かず、ましてゾフィーの耳には一切届いてはいなかった。




〜つづく〜

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