チャプター15
〜王城 竜王杯観客席〜
「お、王様! なんで王様がここに!?」
四人の会話に割って入ったのは、他でもない国王その人だった。後ろでは、フランツと王女と思しき少女が申し訳なさそうな表情をして控えている。確かに、座席はすぐそばだが、まさかここに現れるとは。
「なんで、と聞かれても、余の席はすぐそこではないか。そなたらの会話が聞こえたのでな、城内で休憩するよりそなたらと語らう時間に充てたいと思ったまでのこと」
「や、それは光栄なんですけど、王室席は下に降りられないもんだと……」
「あぁ、それは俺も思った。陛下が降りてくるなんて思わなかった。全く、驚かさないでくださいよね。それに、両殿下も元気?」
「もちろんだよ。おかげさまで、充実してるよ。不謹慎かもしれないけどね。そういえば、ツァイネ以外はゾフィーのことはまだ紹介してなかったよね。こっちは妹のでこの国の第一王女のゾフィー。ゾフィー、自己紹介を」
「はい、お兄様。私はゾフィー。紹介は今お兄様がしてしまいましたので特に語ることはないのですが……」
王女、ゾフィーは恭しく礼をとると、にっこりと笑った。エルリッヒたちは、自分に無い物を持った娘の登場に、しばしの間たじろぐのだった。
「えと、初めまして、王女様。私はエルリッヒ、こっちはフォルクローレ。で、こっちはゲートムント。みんな、ツァイネの友人です。ツァイネからどこまで聞いてるかわかりませんが、私はコッペパン通りで食堂を営んでいます。フォルクローレは職人通りで錬金術士、えぇと、便利屋みたいな仕事なんですけど。で、最後にゲートムントですけど、彼もツァイネと一緒にギルドで冒険者をしてます」
「ご紹介ありがとう。大体のことはツァイネから聞いていますよ。ツァイネはお城を辞めた後も、何くれとなく私たちに会いに来て、いろんな話をしてくれていますから」
「も〜、そういう話は恥ずかしいじゃん。それはそうと、今日は王妃様は?」
ツァイネがわざとらしくキョロキョロと周囲を見回す。もちろん、それらしい貴婦人はいない。わかっていてもつい探す仕草をしてしまうのがツァイネの面白いところなのだ。
当然、付き合いの長い面々はそんなことは承知しているので、その行為に何の含みも感じないのだが、知らない者が見たら、少々嫌味ったらしく見えるだろう。
「あー、王妃は……」
「母上は、戦いはあまり好きではないということで、今回の観戦は辞退したんだよ。もともと、あまり表舞台に立つのが好きな方でもないからね」
「そっか。そういや、俺も王妃様にはあんまり会ったことないもんなぁ。あれ? じゃあ、ゾフィー様はこういうのが好きってことなの?」
それはあくまでも逆説的な話ではあるのだが、血なまぐさい戦いが嫌だということで王妃が観戦しないのであれば、観戦という選択肢を選んだゾフィーはこういうのが嫌いではない、ということになる。もちろん推測の話でしかなく、立場上観戦の要請が来る中、先立って王妃が欠席を決め込んでしまえば断りづらくなるため、仕方なく、ということも考えられる。そして、少なくともこう言った戦いが好きかどうかということまでは、ツァイネは把握していなかった。
「私のことなど、どちらでも良いではありませんか。それより……」
穏やかな笑みで話をはぐらかすと、ゾフィーは国王を差し置いてエルリッヒの前に歩み出た。その様子に、一瞬たじろいでしまう。
「あなたがエルリッヒさん。お父様もお兄様も、いつも興奮気味にあなたのことを話しています。なんでも、先の襲撃の折にこの王都を救ったピンク色のドラゴンの正体があなたなのでしょう?」
「……はい。正確には、ドラゴンの姿が本来の姿で、こちらが仮の姿ですけど」
またこの話か、と思わなくもなかったが、逐一答えていくことで、少しでも周囲からの抵抗が減るのであれば、こういう小さい努力も無駄ではない。まして相手がこの国の王女ならば尚更だ。
影響力の大きな相手に理解してもらえば、それだけ迫害荒れる心配が少なくなる。そんな期待があった。
「私はこの国の王女です。王女の前で、嘘は許されませんよ?」
「もちろんです。といっても、この場でそれを証明することはできないんですけどね。もし、また魔物が襲ってきて、その時に私がこの姿ではみんなを守りきれないと判断した時は、お目にかけて差し上げますよ」
今はこれが精一杯。人前で元の姿に戻ることには抵抗があったし、少なくとも女の子しか見ていない場所であれば、と考えたこともあったが、やはり内心の抵抗を拭うことはできなかった。恐怖、と言ってもいい。今は話でしか知らないから理解を示すような反応を返してくれているが、目の当たりにしたら話は別だろう。いきなり巨大な竜が現れたら、自分のことを襲うのではないかと考えるのが普通だ。そんな恐怖を与えるのは忍びないし、無意識にでもそう考えさせてしまったら、自分のことを見る目が変わってしまうのではないか。そういう恐怖があった。
だから、情報としては正体がばれてしまった今でも、極力本来の姿をさらすようなことは避けたかった。
「そうですか。せっかく、救国の姫の姿をお目にかけたかったのに」
「きゅ、救国の姫……。あー、私、そんな大層なもんじゃ……それに、さっきも言いましたけど、この場で元の姿に戻るのはちょっと……」
こればかりは王女の頼みでも聞き入れることはできない。だが、そんなことは意に介していないのか、ゾフィーは穏やかな笑みで右手を差し出してきた。
「ええ、存じています。父からも兄からも、そのあたりのことは聞かされていますから。お気を悪くなさらないでくださいね。とはいえ、せっかく知り合えたのですから、これからもよろしくお願いしますね。この国の王女としてはもちろん、女の子同士としても」
「は、はい。こちらこそ、よろしくどうぞ」
言い方に若干の含みを感じたものの、差し出された右手には素直に応じることにした。女の子同士の握手ということであれば、そうそう深い意味はないだろう。
そうして、ゾフィーの右手を握る。自分より少し小さい、柔らかくて温かな手だ。
「っ!」
しかし次の瞬間、その手に強い力が加わる。突如、ゾフィーが力強く握り返してきた。そして、エルリッヒの体を強く引き寄せると、耳元で囁きかけた。
「あなた、私たちが迫害すると思って遠慮してるの? だとしたら、大間違い。それを決めるのは、あなたじゃない。私たちの方。それだけは、忘れないでね? それと、とっても強いんですって? この大会に参加したらいいのに……」
「っ!! えと……あの……」
こんなことをささやかれても、何と言って返していいのかわからない。ゾフィーの瞳からは、先ほどの穏やかな光は消えていた。冷たい、氷か宝石のような光だ。まさか、こんな一面があったとは。
「なーんて、冗談ですよ、冗談。やだなぁ、そういうことは、真に受けて気に病むようなものではないと思いますよ? 事実、私たちはあなたの活躍に頼らなければならないんですから」
「あの……」
「こら、ゾフィー。エルリッヒさんを困らせたらだめだろう? ごめんなさい、ちょっと人を食ったようなところがあるんだ。いつも注意してるんだけど、なかなか治らなくて」
「変わらないなぁ、そういうところ。俺が親衛隊を辞めてからちょっと経つけど、見た目はお姉さんになっても、中身は昔のままなんだね」
「あー、これこれ、二人ともあまりはしゃぎすぎぬようにな。それより、今までの試合、四人はどう見たのだ? 余はその話をするためにこうしてそこから降りてきたのだ。率直なところを、聞かせてもらいたい」
今までのムードから一変、国王の表情は真剣そのものだった。
〜つづく〜




