チャプター14
~王城 竜王杯会場~
「見事だ。あの状況で取り得る行動といえば、普通は防御だろう。それを、咄嗟とはいえ攻撃の範囲外に身をかがめて回避して、しかも、そこから私ののど首を狙ってくるのだからな」
「い、いえ、俺の方こそ、貴族の名誉とか、埃とか、そういうの、あったんじゃないですか? なのに、俺が勝っちゃって……」
二人は相対して言葉を交わしている。申し訳なさそうにうなだれる兵士を前に、騎士の顔は穏やかそうに見えた。お互い、もう勝敗が覆るようなこともないからか、二人からは気迫も殺気も感じられなかった。
騎士は剣を鞘に収め、話を促した。
「そのようなこと、気にせずともよい。それよりも、これほどの力を身につけたのだから、相当な鍛錬を積んだのではないかな?」
「はい。俺、家が貧しくて、安定した稼ぎがあるからここで働いてるんです。でも、出世してもっと稼いで家族を楽にするためには、このままじゃダメだって思って、一芸を磨くために必死に訓練しました。普通の剣や槍はここで初めて学んだけど、ナイフは家にいた頃から触ってたから……」
少し恐る恐る話す兵士の様子は、何かに遠慮しているかのように見える。やはり、自分が勝ったことに遠慮しているのだろうか。騎士の顔を見れば、気にしていないのはわかるのだが。
「それでこれほどの実力を。見事だ。実に見事だ。私も幼き頃より剣の鍛錬に勤しんできたが、一瞬の隙を突かれた。今後は魔物を相手にすることがあるだろうが、これほどの実力の兵士がいるのであれば、この国は安泰だな」
「あの、本当に、俺が勝っちゃってよかったんでしょうか……さっきのも、まぐれみたいなもんですし」
やはり、遠慮しているように見えたのは勝利したことへの遠慮か。
「君は魔物に勝利した時もそうやって遠慮するのかね? 確かに、我ら貴族には名誉も沽券もある。だから、こういった場では勝たねばならない。けれど、国王陛下の御前であるこの場での勝敗は厳正なものでなければならない。そして、私は君の鋭い剣戟が己の喉笛に迫った時に、実戦だった場合の死を覚悟した。降参を宣言するのには、十分すぎる一手だったよ。剣を交えた私が断言する。君になら、負けても恥にはならない。それとも、国王陛下を含むこの場にいる全ての観客と対戦相手である私、それに君自身も信じられないのかい?」
「わ、わかりました。じゃあ、俺は自分の勝利を信じることにします」
兵士はようやく自分を納得させることができたのか、二本の短剣を鞘に収めた。それを見届けると、騎士は歩み寄り、右手を差し出した。
「君の活躍を祈っているよ」
「……ありがとうございます」
二人は握手を交わし、観客席からは歓声が湧き上がる。なんと気持ちのいい試合だろうか。
「あいつ、やるな~」
「うん、正直驚いたよ。双剣使いの彼は知らないけど、負けた方はよく知ってるんだ。すごく真面目に腕を磨く、いい騎士だよ。俺も何度か手合わせしたことがあるけど、実力も高いし俺が平民出身だからって見下したりもしないし、騎士の鏡みたいな男だよ。それに勝っちゃうんだから、わからないものだね。いや、面白い大会だ」
ゲートムントたちも興味津々の様子で見ていた第二試合は意外なほどあっさり決着がついた。きっと、この先もいろんな試合が行われるのだろう。観衆の期待は高まるばかりだった。
☆☆☆
それから、幾つかの試合が繰り広げられた。第三試合は兵士二人の戦い。どちらも武器はスタンダードな長剣で、条件は同じように見えたが、実力の差が歴然だったため、試合内容は一方的だった。経験や実力の差は一切考慮されずに対戦表が組まれるこの大会では、同じ一般兵でもこのようなことが起こりうる。騎士団に入った時期が違えば、そして訓練への取り組み方が違えば、実力差も生まれて当然である。それでも、こうして実戦に近い経験を積むことは、得がたい財産になる。この大会は、そこまでを見越してのものだった。
そして、続く第四試合。こちらは第二試合と同じく、一般兵士と貴族出身の騎士との戦いだった。だが、先ほどとは違い、こちらの試合では騎士が勝利を収めた。美しく磨き上げられた銀色のランスが、兵士の剣を近づけることなく一方的に攻撃を当てるという試合展開だった。
「槍とランスはちょっと違うけど、あいつ、いい腕だったな。俺たち槍使いは、剣より長いリーチを活かして戦うのがならいなんだよ。あいつはそれをよくわかってる。ああいう戦い方をされちゃ、剣の使い手はなかなか手が出せねーんだ」
「さすがに詳しいね。ゲートムントの講釈を聞くのもなかなか楽しいよ」
ゲートムントが腕力だけでないところを見せてくれるのも面白いし、人の戦いは自分の戦いの参考にもなる。この戦いを観戦するのは、なかなかに有意義だった。
もちろん、自分たちも戦士である以上、参戦したくてうずうずしているのだが。
「さてと、次の試合は誰かな」
「ん? ありゃ司会のおっちゃんじゃねーか」
舞台に目を向けると、そこには侯爵が立っていた。
「えー、これよりしばしの間休憩といたします。第五試合は休憩が終わり次第といたしますので、皆さま今しばらく、ごゆるりとお過ごしください」
侯爵が言い終わるのと同時に、観客席にいた市民たちが席を立つ。席の離れてしまった同行者と話をする者、お手洗いに行く者、この時のために一部開放されている城内を散策する者、様々だ。さっきまで試合をずっと見ていたゲートムントたちも、大きく伸びをして息を抜く。なんとなく漂っていた、張り詰めた空気が一気に和らぐ。
「あぁ〜。試合を見てるだけってのも案外疲れるもんだな」
「本当だね」
「お二人さん、大会を楽しんでる?」
「多分、あたしらよりは楽しんでるよね」
背後から、黄色い声に話しかけられた。いち早く席を立ったエルリッヒたちがやってきたのだ。
「まあ、俺たちは本職みたいなもんだからね」
「どんな奴が出てくるのか。どんな武器を持ってるのか、どんな戦い方をするのか、見てるだけですっごい楽しいぜ」
ただ楽しませるためだけの招待ではないはずだが、こうして大会を楽しめているのは、とても重要なことだろう。参加できないにしても、せっかく観戦するのだ、楽しまなくては損である。
「それはそれは、よかったね〜。私たちも楽しんでるよね!」
「ね! なんか、あくびしちゃうかとおもたけどずっと見ちゃったよね! 強い人と弱い人がいて、ていうか、第三試合の人、弱かったけど新人かな。あれは気の毒だよね〜」
試合の規則は絶対だ。だから、実力別に階級が分かれるようなこともないし、武器ごとの有利不利も考慮されない。全ては、来るべき魔物との実戦を想定してのことである。襲ってくる魔物は、城の兵士とは違い、魔物は姿形も攻撃方法もわからない。それどころか、100年前に人間から取り上げられてしまった魔法の力を使ってくるものもいる、そんな状況を想定しているので、武器の有利不利や実力の差などは一切考慮していないのだ。もちろん、身分も。
「でも、さっき負けちゃった彼だって、街で普通に暮らしてる人たちよりは強いし、立派な武装を身につけてるんだよ。有事の時は、一般市民を守らなきゃいけないし、彼に命を守られる人が現れるかもしれない。そういうことは、忘れちゃダメだよ」
「さすが、先輩の意見は違うね。でも、確かにそうか。みんながみんな、あたしみたいに自衛できるわけじゃないもんね。そう考えると、兵士のみんなに頼るしかない、ってことか……」
「その通りだ。だからこその、無差別トーナメントなのだ」
突如、会話の中にいないはずの声が聞こえてきた。
「え?」
「え!」
「ちょ、ちょっと!」
「そなたらも楽しんでいるようで何よりだ」
その声の主は、誰あろう他でもない、国王その人であった。
〜つづく〜




