チャプター12
〜王城 竜王杯会場〜
四人が自分立ちの席に着いてからしばらくの時間が経った。男女別々の座席になっていたことには多少の不満もあったが、座ってみれば意外とそれでも十分で、四人は男女それぞれに分かれて談笑していた。
観客席を見回すと、すでに抽選の当選発表が行われたのか、一般市民の観客が入り始めている。貴族席ももちろん、ほとんどが埋まっている。その中には、ルーヴェンライヒ伯爵の姿もあった。騎士団の幹部である以上、観戦は当然といったところだろうか。さすがにエルリッヒたちに話しかけるようなことはしなかったが、知った顔を見つけた時の一瞬ほころんだような表情は確認できた。平民と貴族、さすがにこれだけの人が入ると大賑わいだ。
「いやー、こうなってくると楽しみだねぇ」
「でしょ? 最初自分が参戦できないならって言って乗り気じゃなかったのは誰かな〜」
遠目に、見知った顔もちらほら確認できる。ということは、常連客の中には抽選に外れた人もいた、ということだ。そんなことは当然かもしれないが、落選を確認した時の気持ちを想像すると、少し寂しかった。
「もうすぐ開会式でしょ? どんな感じかなぁ」
「ね、楽しみだよね。でも、王様達はまだ来てないし、もうちょっと後なのかもね。あ、あれ、軍楽隊じゃない?」
さっきまでは誰もいなかった舞台に、楽団が現れた。王立の楽団などというのは聞いたことがないので、おそらくは軍楽隊の類なのだろう。そして、豪奢な衣装に身を包んだ男が一人、遅れて入ってきた。
「あれは指揮者かな?」
「そうみたいだね。あ、何か喋りそう」
居並ぶ楽団の前に立った指揮者と思しき男は、観客席を一瞥すると深呼吸をしてから大きな声で叫んだ。
「国王陛下並びに王室の方々のご入場である! 一同、起立!」
その声を皮切りに、軍楽隊が楽器を構えてファンファーレを奏で始めた。
「おおっ!」
「王様の入場なんだ……」
指揮者の指示に従い、全員が立って王室席に視線を向ける。すると、ファンファーレに包まれるようにして国王が入ってきた。後ろには二人の男女。一人はフランツだ。国王の威厳を保った表情とは違い、エルリッヒの姿を見つけるなり柔らかな笑みを向けてくれた。そして、もう一人は一体誰だろうか。薄桃色のドレスに身を包んだ、若い娘。
「ね、あの女の子、誰かな。フォルちゃん知らない?」
「王女様じゃないの? いるかどうかも知らなかったけど。王妃様にしちゃ若すぎでしょう」
二人の会話は周囲の歓声にかき消され、他の誰も聞き取ることはできない。
「皆の者、静粛に!」
ファンファーレが鳴り終わると国王が一言発し、あたりが嘘のような静けさに包まれる。これが国王の言葉の持つ力なのだ。これには、エルリッヒたちと反対側の席に座っていたゲートムントも息を飲む。
「すげぇ……」
「これが、この国の王様なんだよ」
二人は声が周囲に聞こえないよう小声で言葉を交わす。もし、こんな場面で大きな声での会話をしようものなら、不敬罪に問われてしまうかもしれない。こんなくだらない理由でも、十分だ。
「皆の者、よく集まってくれた! 余は歓喜の至りである!」
いよいよ開会式が始まる。一同が国王の入場に目を奪われている間に、舞台の楽団は整列する騎士団と入れ替わっていた。注目がそれたタイミングでの入れ替わりには、さすがに驚きを禁じえない。見事な段取りである。
「これより、我が国では初となる騎士団による武闘大会を開催する! 繰り返しになるが、守りの要である騎士団の勇姿を見るためにこれだけの者が集まってくれたことを、余は心より嬉しく思う! 不幸にも抽選に漏れた者も多くいたと聞いておるが、会期中、一度はこの場に足を運べるよう配慮することを約束しよう! もし、家族や友人でこの場に来られなかった者がいたら、伝えるが良い!」
あらかじめ決まっていた原稿なのか思いつきで言い出したのか、それはわからない。だが、その配慮が約束されるのであれば、今日落選した人たちの無念も浮かばれるのではないだろうか。そう思わせてくれる話だった。
「さて、皆も知っての通り、100年前勇者によって滅ぼされたとされている魔王がついに復活した! 我が王都もその脅威に晒され、ますます予断を許さぬ状況になっておる。今回の大会は、来るべき魔王軍の再来に備え、騎士団の勇士たちを鍛えるためのものである! 大いに楽しみ、応援するがよい!」
国王の声に呼応するように、騎士団員が雄叫びをあげる。これはあらかじめ決められた段取りだろうか。それとも、国王の言葉に感化されたものだろうか。どちらにせよ、観客席から見ているだけだというのに、どこか身震いするものがあった。
「手短ではあるが、以上をもって開会の言葉とする」
開会式を締めた国王は、一番高いところにあって一番立派な席に座る。簡易式玉座といったところか。それに続くように、フランツと王女と思しき少女も座った。
三人の着席を確認すると、会場の袖に立っていた男が声を発した。
「皆の者も楽にするように」
彼は今回の進行役だろうか。
「私は今大会の司会進行を任されたザルツラント侯爵です。それでは、大会の規則を説明します。大会は一対一の勝ち抜き戦で行われ、武器の種類は自由。ただし、騎士団支給の武具か、平時より装備しているものに限られます。勝敗はどちらか一方が降参するか、場外に出るかのどちらかで決まります。たとえ武器が会場の外に飛んで行ってしまっても試合終了とはならないので気をつけるように。そして、万が一相手を殺してしまった場合は反則負けとなる。今回は訓練用の武器ではなく実戦用の武器を使うので、十分に気をつけるように。制限時間はないが、あまり長い場合は評議委員から訓告を出す場合もある。あまり引き延ばし工作などは考えないように。それでは、第1試合に出場するものはこちらへ」
侯爵の進行に合わせ、騎士団の面々が舞台を後にする。残ったのは二人。二人とも、一般の兵士のようだった。遠目にも緊張しているのが見て取れる。
「それでは、前へ」
舞台中央に向かってゆっくり歩いていく二人。第一試合等こともあってか、誰も彼もが緊張の眼差しを向けている。それはもちろん、エルリッヒたちも同じだ。
「ドキドキするね」
「うん。こんなにドキドキするものだとは思わなかったよね」
「お、あいつ槍が一番か。いい兵士だな」
「ゲートムント、そういう基準で見るの? まぁ、応援するきっかけにはいいんだろうけど」
男たちもまた、試合開始を興奮気味に見守っていた。
兵士二人は舞台中央で向かい合うと、一礼の後に武器を構えた。一人は長剣、一人は槍。リーチから言えば明らかに槍の方が有利に見えるが、きっとそう簡単な話では済まないだろう。静寂があたりを包む。
「それでは、第1試合、始め!」
侯爵の号令が響く。試合開始だ。
「おおっ!」
「跳んだ!」
兵士二人は互いに飛びすさり、間合いを取る。お互い、最も得意な距離で戦うためだ。次の瞬間、剣を手にした兵士が駆け出して激しい剣戟を繰り出す。槍使いはそれを巧みにいなしていく。今までの槍だったら木製の柄だったためにこのような受け方をしたらあっという間にダメになっていたが、この新しい槍は全体がゴルトナイト製なので撃ち負けることはない。唯一、どちらも同じ金属でできているということがどれだけ影響を及ぼすか、という点が作戦を立てる上での懸念事項になるだけだった。
「いいぞ〜! やれ〜!」
「おお〜! すげ〜!!」
二人の激しい応酬に、観客は興奮の坩堝だった。エルリッヒたち四人はもちろんのこと、横を見ると国王たち三人も興奮している様子が見て取れた。
まだ始まったばかりだが、この会場にいるみんな、この大会が面白いものになる予感が確信に変わっていた。
〜つづく〜




