チャプター11
〜王城 中庭内特設会場〜
中庭に出ると、そこには普段見慣れない石造りの大会会場があった。それをコの字型に囲むように、こちらは木造の観覧席が並んでいる。
そのうちの一角、開けた面に相対するように、貴賓席と思しき立派な席が並んでいた。招待席や王侯貴族の観覧席はそこなのだろう。幾人かの貴族がすでに着席している。
「どうも。皆さんも招待客の方ですか? あ、あれ? あなたはツァイネさん?」
「そうだけど……ていうかそうか、ここは俺のこと知ってる人も多いよね」
どこに座ればいいのかと会場をウロウロしていると、若い兵士に声をかけられた。若いと言っても、どこからどう見ても同世代なのだが。
「私たちからすると、ツァイネさんは英雄ですから」
「いやいや、たまたま剣の腕に恵まれてただけだから、そんな立派なもんじゃないよ? 今も昔も平民だし、今は親衛隊どころか騎士団の所属ですらないしね」
「ツァイネー。そういう時のやりすぎな謙遜はどうかと思うぞ? 俺だったらもっとフレンドリーに接しちゃうけどね」
「ゲートムントは砕けすぎ。あたしでも簡単に想像できるわ〜」
「うん、わかる。でも、憧れるのもわかるよね。確か、親衛隊って貴族出身で実力と家柄と人柄が揃ってないと入れないんでしょ? そこに特別入隊できたっていうんだから、そりゃあ憧れちゃうよねぇ。そういうことでしょ?」
兵士は目を輝かせている。騎士団を辞して数年、今なおツァイネは一般兵士たちにとって”過去の人”ではなかった。自分たちでは不可能かもしれないが、制度上不可能だったはずの親衛隊所属をなしえ、騎士団を辞職した後もその象徴である青い鎧を身につけることを許されたのだから。
騎士団では誰もが知るそのエピソードは、一般市民出身者で占められる兵士たちや、ツァイネの類稀なる剣技を目の当たりにしたことのある者たちからしてみれば、色褪せるにはまだ早かった。いや、今後色褪せる日が訪れるのかどうかも怪しいほどの偉業なのである。
「そうなんです。私たちの中ではまだ伝説として語られていて。だから、こうしてお目にかかれて光栄です!」
「いやー、持ち上げすぎだって。それに、俺が前例を作ったからね。あとはみんなの努力次第だよ。俺は剣技で特例の相手に選ばれた。でも、みんなはその後を追う必要はないし、追ってもいい。ただ、そういう特例は、色んなやっかみもあるから、大変だよ〜。多分、ここからだと親衛隊時代の俺は安楽に見えたと思うんだけど、結構大変だったんだよね。そりゃ、同僚は人柄も認められたいい人たちばっかりだったけど、その外側の貴族連中ときたら! ことあるごとに嫌味を言ってきたしね。中には、お前がいるから俺の入る枠がなくなったんだ、なんて言ってくるのもいて」
「あー、お前そんな連中とやりあってたのか。そりゃー辞めたくもなるよなぁ。でも、そういう連中はどうせ親衛隊にゃ入れねーんだろ?」
簡単に想像できる話だ。そんなやっかみを口にするような人間は人格、品性において親衛隊にはふさわしくない。国王を直接護衛する立場なので、審査は厳格なはずだ。
たとえ、公爵家の人間であっても変わらないはずだ。
「そうだね。家柄も人柄も審査されるけど、何より剣技で失格になると思うよ」
「剣技で? 人柄じゃないんですか?」
「そうそう。そこが俺も気になったとこ。やっぱ、剣の腕が一番必要ってことなのか?」
「それも妙な話だね。まずは家柄のような気もするけど。ずっと王様のそばにいるんだし、平民風情が近寄るなー! てならない? もしそんなこと言われたら、あたしだったら速攻辞めるわ」
「いやいや、今まで言われたこと……あったかもしれないね。でも、王様のそばにいるわけだから、なおさら人柄じゃない? もし反逆でも企ててたら、大変なことだよ? それに、人数はいるわけだから、一人くらい剣の腕がイマイチでもどうにでもなりそうだし……」
事情を知らない四人は、それぞれになぜなのかと考える。剣の腕が必要なのは当然だが、最も優先される理由、いや、件のツァイネにケチをつけてきた人物が剣技を理由に親衛隊入りを阻まれる理由とは一体……
「こんなところで長話するのもなんだし、教えてあげるよ。剣の腕が伴わない人間は、家柄だの人柄だのをどうこう言う前に、騎士団には不要なんだ。でも、家柄だけはあるから騎士団に入って地位を得ることはできる。だから、もしあの人が親衛隊への入隊審査を受けることになったら、本来剣の腕が必要なのに備わっていないことが露見しちゃうんだ。とはいえ、家柄だけはあるから、除隊ってことにはならないだろうけどね」
「なるほど、そういう話か。つーか、そんな奴まで騎士団に入れるのかよ。貴族の家ってのはすげーんだな」
「一部の大貴族だけだと思うよ? そんなに裕福じゃないし大した権力もない貴族の家だってあるっていうし。フォルちゃんならその辺心当たりがあるんじゃない?」
「まあね。その辺りは依頼人との秘密だから詳細は内緒だけど」
「そっか、そういうこともあるんですね。ためになります……」
かしこまった様子の兵士を見ると、つい新兵時代の自分を思い出してしまうツァイネがそこにいた。今目の前にいる彼ほどガチガチではなかったが、慣れない職場で苦労したものだ。
「ま、そういうわけで、俺から言えるのは一つ。出世のためでもみんなを守るためでも、とにかく剣技を磨こうねってこと。あの人、今回は参戦するのかなぁ。少しは成長したのか、ちょっときになるんだよね。っとと、そんな話はいいんだった。俺たちの席がどこなのかを教えて欲しいんだけど。どこに座ったらいいか、知ってる?」
そうだった。四人とも、それがわからなくてキョロキョロしていたのだ。しらみ潰しに自分たちの席を探すか、誰かに訊くか、適当に座るか、考えあぐねていたのをすっかり忘れていた。
「それでしたら、各座席にお名前が振ってありますから、それを見ればわかるようになっています。招待客ということでしたら、あっちですね。ほら、あの中央の一番高い座席が王室の方々の座席です。あの周囲が招待客の皆さんの座席のはずです」
「そっか、ありがとね。なんか、長々と話し込んじゃってごめんね。怒られたらとりあえず俺の名前出していいからさ。じゃね。君も出るんでしょ? 頑張って」
最後だけはと先輩らしい一言を添え、四人はその場を後にした。伝説の英雄ツァイネに応援されたとあっては、頑張らないわけにはいかなかった。
「よーし、頑張るぞ〜!」
〜観戦席〜
「えーっと、この辺?」
「かなぁ。王室席の近くって言ってたし」
「俺たち、王様の近くなのかよ。そんなん緊張してまともに試合見られねーんじゃねーの?」
「そんなに緊張しなくても平気だって。王様とは会ったことあるんだし、大丈夫でしょ?」
気楽に構えているのはツァイネだけだ。何度会っても相手は国王、緊張するなという方がおかしいのである。だからというわけではないが、できるだけ離れている席の方が良いというのに……
「あ、あった! て、王室席の隣か……私だって緊張するよここ……」
「あたしも見つけたよ〜! エルちゃんの隣でよかった〜」
「じゃあ俺たちもその辺かな?」
「や、その辺は今見たけどなかったぜ? 案外、反対側だったりしてな」
笑って話すゲートムントの言葉通り、男たちの席は王室席を挟んだ反対側にあった。四人で談笑しながら観戦できると思っていたのに、飛んだ番狂わせである。
「げ〜。どう言う席割だよ……」
「まあまあ。ボヤいてもしょうがないでしょ。とりあえずおとなしく座ってようよ」
そうして、四人は自分の席に着席した。周囲を見回すと、同様に貴族連中と思しき観客が順々に入ってきている。まずは彼らから入場、ということなのだろう。
「なんだかんだ言ってもワクワクするね〜!」
エルリッヒは言いようのない高揚感を覚えていた。
〜つづく〜




