チャプター9
〜コッペパン通り エルリッヒの部屋〜
フォルクローレが泊まる時は、いつも一つのベッドで眠る。一人用のベッドとしては十分なサイズのものだが、二人が眠るとなると少し狭い。フォルクローレはどう思っているのか知らないが、エルリッヒはそうやって身を寄せ合うのもいいものだと思っていた。
この日も、そうして二人でくっつきあってベッドに入っていた。
「……狭い」
「まあまあ。こういうのもいいでしょ? 人の温もりをじかに感じられて。それに、こうして抱きしめちゃっても仕方ないよねー」
向き合った形で寝ていた二人だが、おもむろにエルリッヒが抱きよせる。
「ち、近い近い」
「近いのだめ? 私は好きなんだけどなぁ。フォルちゃんの温もりも匂いも、全部が近くに感じられて。男たち相手にこんなことしようとは思わないけど、フォルちゃん相手にはこういうことしたくなっちゃうだよね。これって、つまるところ私が人間じゃないからなのかな」
などと考えてみるが、結論は出ない。感情がそうしたいと望んだだけなのだ。少なくとも、嫌がられない相手だとわかっているので、あとはただ、それに従うのみ。
事実、フォルクローレは嫌そうな顔はしていない。
「恥ずかしいこと言うねぇ。今までもそういうこと考える相手っていたの?」
「いないよー。基本的に、数年単位で旅から旅の生活だったから。だって、10年経っても全く変わらないんだよ? 怪しまれちゃうからねー。もちろん、女の子の友達がいなかったわけじゃないんだけど、ここまで親しくした子はいなかったかなぁ。といっても、もし正体がばれてなかったら、あと何年かでまた旅に出てただろうけどね」
改めて考えると寂しい気がしてならないが、いつもそういう流れで生活していたので、本当はこの街でもそうするつもりだったのだ。
「この街からいなくなったら寂しいよ〜。いなくならなくてもいいじゃん。だめだったの?」
「だめっていうかさー。だめだよ。言ったでしょ? 10年やそこらじゃ外見が全然変わらないんだから、怪しまれちゃうって。そうなったら、さすがにフォルちゃんも変に思うはずだよ」
これまで、正体がばれないように必死に気をつけて過ごしてきたのだ、そんなところでボロを出すなどということは、本来ありえないのだ。旅から旅、また次の土地に移り住むだけなのだ。
「そっかー。じゃあ、正体がばれてよかったんじゃない?」
「いやー、それはどうだろう。今はいいけど、私が本当の姿で戦うところなんか見たら、みんな怖がるんじゃないかなぁ。それって、すごく悲しいでしょ? だから、もしかしたらって思ってる」
こんな話をできるのも、フォルクローレだからだろう。あまり深刻にする気はないので、こういう内心はあまり吐露するのは進まないが、つい口から出てしまった。これもまた、フォルクローレという存在のなせる技なのかもしれない。
「ま、そうなったらあたしが全力で守ってあげるからさ」
「本当? なんか、すっごく頼りないんだけど」
実際のところ何をどうすればいいのかわからないので、言い返すことができない。それでも、何かあった時に守りたいという気持ちだけは本物だった。
「ま、当てにしないで頼りにしてるよ」
「その言い方、なんかなー。そういえば、話は変わるけどさ、エルちゃんは大会楽しみ?」
おもむろに、フォルクローレがそんなことを言う。
「え、なにおもむろに。う~ん、お祭りムードで盛り上がるのは楽しみかなー。でも、今回は実力も伴わないのに家柄だけで指揮官やってる、無能騎士どもを炙り出して、踏ん反り返ってるその座から引きずり下ろすっていう裏の目論見があるのを知っちゃってるからなぁ」
それを考えると、手放しでは楽しめないのが本音だった。
「あー、そういえばそれ前に聞いた気がする。悩ましいところだねぇ」
「そうなの。まあ、できるだけ純粋に楽しみたいところなんだけどねー。実力があるかどうかは試合してみたらわかるだろうしね。あとはあれ、知ってる人がいるわけじゃないから、そこもあるけどね。特定の誰かを応援した方が楽しくない? そこだけはちょっと寂しいよね」
とは言うものの、知ってる人のいる大会を観戦したことはないのだが、応援する相手がいた方が楽しいだろう、とは思う。そういう相手を見つけるのも、大会の楽しみ方なのかもしれない。
「まあなんにせよ、一般市民も入れて大々的にやるっていうんだし、楽しい大会になりそうではあるよね」
「それそれ。あたしは自分が参加できないとつまらないけど、エルちゃんと観戦するんだったら楽しめそうだし。飛び入りで参戦できないかな。命を奪わない程度の爆弾だったら持参してみようかなー」
物騒なことだが本気のようで、楽しげな瞳はまさしく真剣だった。もしフォルクローレが参戦したら、確かに楽しいだろう。観戦も応援もしがいがある。だが、規格外の戦力で、規定外の出自の相手を参戦など、認めてくれるはずがないだろう。
「頼むだけ頼んでみたら? や、さすがに無理か。大会の行程は全部決まってそうだし。何より飛び入り参加なんてしたら、大会がめちゃくちゃになりそうだよ」
「そっかー。ギルドの戦士が参加したらあっという間に優勝しちゃいそうだもんねぇ。ゲートムントたちは丸腰で来いって言われてるんでしょ? てことは、参戦できてもこないだ作った武具か〜。だったら勝ち目も何もないわ。少なくとも、自分じゃあれを装備できない!」
忘れてはならないポイントだった。フォルクローレ自身は比較的非力な娘に過ぎないのである。それを、爆弾を投げつけたり不思議な力の宿った杖を振り回したりしているせいで、屈強な戦士にも勝てそうな戦力を有していると思わせているが、生身ではまるで歯が立たないはずなのである。
「そりゃ、外に出て採取の旅に出てるとさ、多少は体力も身につくけどもさ、あんな丈夫な鎧を着て、剣だの槍だのを振り回すのは無理。その点、エルちゃんなら戦えるんじゃないの?」
「それ、絶対面白く無くなるやつでしょう。それに、私もあの鎧を自分で着ろって言われたら抵抗あるしね。やっぱり、可愛くない。かっこいいデザインになってるとは思うけど、それを自分できるのはなんか違う気がするんだよね〜。昔お城にいたっていう女騎士の人ならまだしも」
気にするのは重量や身のこなしの話ではない。そのような心配はする必要がないのである、だからこそデザインの話に終始しているのだが、鎧を着ようと思えば余裕で着用でき、武具を振り回せと言われれば余裕で振り回せる。それだけの力があることは、あまり口外したい話でもなかった。
「それに、武器を使うんなら、私は愛用のフライパン以外は使いたくないしねー」
「あぁ、あの……」
親しい人間なら誰でも知っている、超重量のフライパン。もしあんなもので大会に参加したら、それこそ屍の山ができるのではないだろうか。そう考えてしまうほどには、規格外の代物だった。
そうなのだ。エルリッヒは、何も本来の姿に戻らなくとも、この街の戦士全員に勝てる程度には強いのだ。
「まあ、何にせよ、騎士団の中での大会なんだし、私らはおとなしく観戦してろって話だよ」
「それはそれで面白いけど、やっぱちょーっとつまんないよね〜。なんか、血湧き肉躍るようなことが起こればいいのに」
できるだけ穏便にp割ってほしいと思っているエルリッヒの心中とは裏腹に、フォルクローレの思いは物騒極まりないものだった。
何としても、物騒な話にはすまいと、フォルクローレの手を強く握る。
「い、痛っ!」
「ご、ごめん。あんまり物騒なこと言うもんだからつい。私はさ、平穏に終わってほしいと思ってるんだよ。名ばかり指揮官みたいな貴族も、実際は現れない方がいいって思ってるくらいで」
フォルクローレがその思いを察してくれようがくれまいが、大会は進んでいくだろうし、その中で保身を考えたり家柄を傘に着て威張り散らす者は炙り出されていくだろう。それはもう、見守るしかないのだった。
「平穏無事、ねぇ。面白ければそれでもいいけどね」
「全く、フォルちゃんの物騒な発想には困ったもんだよ……」
ため息ひとつついたところで、二人の会話は途切れた。夜は穏やかに更けていくばかり。
〜つづく〜




