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竜の翼ははためかない10 〜血の色よりも濃く淡く〜  作者: 藤原水希
序章 王の思い
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チャプター0

『竜王杯へようこそ』

 その一文を考えたのは、他ならぬ国王その人だった。


「我ながら、何という名文だろうか……」

 それを思いついた時、書斎で思わず感慨に耽って独り言を漏らしてしまった。実際にそれを便箋に書き記すのは専門の役人だが、文面の全てを彼らの考えた文章で飾るのはどこか癪だった。

 だから、国王はその権限を行使して最後の一文だけでも、と自分で考えた一言を添えることを決定した。帝王学の一環でひとしきり自国と近隣諸国の名著と言われる文学作品は読んでいるが、いざこう言った書状に添える洒落た一言を考えるとなると、全く話は別だ。

 するりと浮かんできたわけではなく、書斎にこもりきり、しばらくうんうん唸った後で、ようやくひねり出した一文だった。

 しかし、国章を取って『竜王杯』とは、うまい具合に考えたものだと自負する。国章がドラゴンなのは全くの偶然で、その謂れについても一切伝わっていないのだが、エルリッヒという最強かもしれない娘を旗印に据えようとしているこの国にとって、これはとても好都合だった。

 つまるところ、国章、そして王家の紋章としては周囲の国と同程度にしか使ってこなかったドラゴンの紋章を、これからはもっと大々的に活用していこう、ということなのだ。

 それは魔王軍が再び攻めてくるであろう世界情勢にあって、国民の一致団結を図るためのマスコット的な意味合いが大きかったが、もう一つの目的があった。

 もし、この先戦闘が起こった際、エルリッヒが噂に聞く本来の姿で戦うような局面になったら、はたして国民は彼女をどう見るだろうか。魔物の仲間や化け物として見る者が大勢現れないだろうか。その懸念を少しでも緩和させるため、今の内からドラゴンの存在を強くアピールしておく必要があると考えたのだ。

「竜王杯は第一歩に過ぎないが……」

 そこには、平和になった後も、日々を健気に暮している娘が今まで通り暮らし続けられるように。そんな思いがあった。騎士団の兵士たちと同様に、戦士として使い捨てにするつもりはなかった。



「書状はこれで良い。あとは、大会の段取りを進めねばな」

 平時なら周りの人間に一任し、自分は最後の承認印を押すだけ、ということも多いのだが、今は残念ながら平時ではなくなってしまった。この段階で貴族たちの分断を招くわけにはいかないし、リーダーシップを示しておかねばならない。古来そうであったように、王というだけで万能なわけではないし、すべての分野においては貴族を中心に専門家をそれぞれの役人に任じている。だが、最も強い権限を持ち、この立場だからこそ見える視点も持っている。だから、それは行使しなくては存在感を示すことができない。



「課題は山積しているが、まずは竜王杯が盛り上がってくれれば……」

 一息ついて、王冠を文机に置く。なんとなく、こうしている間だけは重責から解放されるような気がしていた。



『やるからには、盛大に』

 そんな空気は共有せずともみんなの中にあった。きっと大丈夫だろう。この大会は、うまくいく。口にはしないものの、確信めいたものが国王の心中にはしっかりと居座っていた。



「そろそろ行くか」

 再び王冠を被ると、書斎を後にした。

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