未核という男
人は簡単には変われない。だけれど、変わってしまえばもう元に戻ることはできない。
舞台は夜。細道に立つ一人の男に三人の人間が囲む。囲まれている男の名は未核。見た目は20代前後。黒いコートを羽織り、黒いハットをかぶっている。気品あふれる全身黒コーデはまるで死神のようであった。
未核は変わてしまった。あのお方に会う前までは蟻すら殺すことのできない酔狂な男であった。
「ぶちゅ。ぶちゅぶちゅぶちゅ。これで一人目。」
バケツにたまった、ペンキを地面にたたきつけたようにあたり一面真っ赤に染まる。
未核に殺された男の名前は剛田武。武術を極め黒帯をその手に握りしめたが、家庭崩壊で多額の借金を背負い、両親ともに他界。残された弟を食わせるため銀行強盗を何度も行った。だが、一人の青年のヒーローじみた行動により、警察に捕まり牢屋へ。同じ刑務所で捕まっていた難波海士、鳥谷璃々亜と手を組み脱獄。そして細道で未核に引き止められ今に至る。
「おいしい。おいしい。この肉厚。鍛えている人間の味だあ。」
未核は変わってしまった。あのお方に会うまではベジタリアンであった。野菜を好み、肉を嫌う。そんな男であった。だが今は、人肉をこよなく愛し、野菜を食べるという風習は、彼のもとから消え失せてしまった。
死体にむしゃぼりつく未核に難波、鳥谷はともに足を震わせ恐縮していた。悲鳴すら出せない恐縮。筋肉が固くなり、身動き一つとれない。
「あぁ!いい!その顔いい!恐怖というスパイスがかかった人間はたまらない」
未核は変わってしまった。あのお方に会うまでは病弱の体であった。筋肉が少なく皮膚から骨の形が見えるくらい痩せ細っていた。未核は二人にとびかかる。それは百獣の王ライオンのような迫力ある狩りのようであった。続いて、剛腕で二人の頭を鷲掴して互いを無理やりぶつけた。頭を金属バット200km/hのスイングスピードで撃ち込まれたような衝撃が二人の頭を襲った。この時点で二人は即死した。未核は剛田武を喰らった時のように、体毛も皮膚も筋肉も骨も内臓も一つも残すことなく完食した。その後、未核は血の絨毯の中央に立ち手を合わせた。
「ごちそうさまでした。」
未核があのお方に授けてもらった能力は創食。食べた人間の人生を知ることができるとともに擬態することができる。
未核はいつものように食べた人間の人生を拝見していると。最初に食べた剛田武の人生の中にあのお方の映像が映し出された。
「ひひらいかるま。みぃつけた♡」
未核は笑う笑う笑う。舌を出しながら笑う。舌にしるされたハートの入れ墨が月光に反射し黒く輝いた。