表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日本分裂  作者: 扶桑かつみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/16

フェイズ12 備考:各国概要(3)

 ・大韓人民共和国(人民韓国)

朝鮮半島全土

国土面積/約21.8万平方キロメートル

建国時の人口 /3200万人

1980年頃の人口/5400万人

2010年頃の人口/6100万人


 成立時点から民族自決国家として、独裁者の金日成のもとで相応に安定した国家となった。

 旧朝鮮王国の領土をほぼ引き継ぐ、歴史的に見てもほぼ完全な民族自決国家。

 だが、米ソ冷戦構造の結果、旧領土のうち済州島だけ手にすることができず、済州島併合のため海軍増強と国土統一を国是とする。

 後に人民中華との関係が極度に悪化したため陸軍に偏重。

 海峡を挟んだだけの南の日本とも対立状態を続けている。

 

 首都はソウルで、共産主義的な都市化が比較的進んでいる。

 


 建国すぐにも民族自決国家として、ソ連の後押しを受けて国際連合に加盟した。

 建国頃、周辺には南日本以外に特に外敵はなく安定している筈だったが、アメリカ軍が占領を続けた済州島は強く問題視された。

 

 このため、アメリカ委任統治領とされた済州島(※1965年以後は朝鮮共和国)に対する武力併合を常に画策したり、アメリカや南日本に対する強い敵意を見せる。

 しかし海空戦力の大きな不足から自力での物理的解決手段がないため、その後は人民中華国境近辺の「同胞」救済に傾いた。

 中韓国境では今も激しい対立が続いている。

 またソ連寄りの共産主義国のため、中華人民共和国との関係も1960年代から急速に悪化して、冷戦構造崩壊後も軍事的緊張が続いている。

 そして旧満州地域の朝鮮民族解放が、最も重視される国是となっている。

 

 冷戦時代、北日本との関係は良好で、互いに足りないものを補う関係が続いた。

 しかし北日本の市場経済導入と南日本との完全な融和後は、関係冷却化が進んでいる。

 それでも関係が断絶していないのは、北日本の資源や工業製品などを得るためで、また他の国との外交チャンネル確保のためとされている。

 ただし北日本との経済関係を深めるのが地理的に難しいので、最近では陸で僅かに国境を接するロシアとの関係を再び深めている。

 なお、核兵器関連に関して世界から疑惑が持たれたため、以後北日本から人民韓国への技術輸出は完全に閉ざされ、両国の関係を悪化させる要因の一つとなっている。

 

 軍備については、建国当初は済州島奪回や南日本への対抗から海空軍が重視されたが、自力での兵器開発がほぼ不可能な上にソ連からの供与が少ないため停滞し続けた。

 その後、人民中華との対立から満州国境沿いの陸軍が重視されるようになる。

 

 工業力、技術力さらには開発力の欠如から、21世紀初頭でも有力な海空軍を有するには至っていない。

 冷戦崩壊後は、ロシアからいくらかの有力な兵器を輸入して、日本との一定の緊張状態を継続する程度となった。

 むしろ冷戦半ば以後は、主敵は人民中華となっている。

 

 なお、1990年代に核兵器保有を実現した。

 保有する核兵器の数と破壊力は少ないが、中距離弾道弾もソ連の技術を基礎に自力で開発したため近隣に大きな脅威を与え、特に人民中華とは激しく対立している。

 


 いまだまともに市場開放もせず金一族による独裁体制が続いているため、アメリカを始めとするほとんどの国との関係は常に最低限であり、済州島を「奪回」するという国是を頑なに維持もしているためアメリカとの対立状態が続いている。

 核拡散防止条約にも加盟していない。

 

 そうした状態から、南の日本にまで対立の手が回らないため、緊張状態が比較的緩いという皮肉な状態となっている。

 ただし、日本の対馬を挟んだ西朝鮮海峡は、国際的にも知られた危険地帯であり、南日本の国境警備隊(海上保安庁)との対立が日常的に行われている。

 



 ・朝鮮共和国

済州島

国土面積/1,845万平方キロメートル

建国時の人口 /70万人

1980年頃の人口/200万人

2010年頃の人口/200万人

 第二次世界大戦直後にアメリカ軍が占領。

 以後アメリカの委任統治領となり、イ・スンマンが朝鮮民族を代表した行政の長(自治政府代表)となった。

 

 そして1965年にアメリカの国連委任統治領から独立。

 国名は、最初は頭に「大」の文字を入れようとしたが、あまりにも相応しくないと判断せざるを得ず、単に朝鮮共和国とされた。

 また、国名に「韓」の文字が用いられなかったのは、相手が先に使っていたからだった。

 

 なお、アメリカが独立に踏み切ったのは、直接抱え込むことが政治的に難しくなった事よりも、偏狭なナショナリストとされたイ・スンマンが死去したからだと言われる。

 

 そして冷戦構造の中にあっては、国家としては存在しないに等しいほどの弱小国として過ごすことになる。

 アメリカの面子のために、アメリカの庇護により存在しているだけと言えような状態だった。

 南日本は、長らく援助の余力なしとして交流も最小限として過ごしていた。

 朝鮮共和国政府側も、反日姿勢を隠そうともしなかった。

 今現在でも関係は希薄で、人道支援以外で日本の援助や交流はあまり行われていない。

 北日本との関係は、今に至るも成立していない。

 

 冷戦時代は、人民韓国とソ連を海上から封じるためだけに存続が許されていたと言える。

 国力、経済力も低く、21世紀初頭の主要産業は依然として貧弱な三次産業が占めている。

 最大の外貨獲得手段は、駐留米軍の基地のレンタル料となっているほどである。

 

 冷戦構造崩壊後も人民韓国がずっと存続しているため、大きな変化は起きていない。

 

 21世紀初頭の現在でも人民韓国との政治対立が日常的に行われているが、圧倒的不利な事に変化はない。

 しかも、人民韓国が金体制の放棄と民主化、市場経済を導入するような事があれば、その時点で人民韓国に併合されると言われるような皮肉な状態に置かれている。

 アメリカもしくは人民中華と人民韓国が和解しただけでも危ういとすら言われている。

 状況としては、規模ははるかに小さいながら人民中華と中華民国の関係にも近い。

 



 ・中華民国(台湾)

台湾島に存在。

 

国土面積/約3.6万平方キロメートル

建国時の人口 /600万人

1980年頃の人口/1900万人

2010年頃の人口/2300万人


 「国共内戦」の結果、大陸から追い出された中華民国の国民党の支配が続いている。

 

 人民中華との長い対立関係が現在進行形で続いているが、近年は経済交流を中心に接近が見られる。

 

 1970年代前半に人民中華の国際承認により窮地に立ち、南日本との国交も1980年初期にとぎれた。

 しかし北日本との関係を冷戦構造崩壊後に締結し、今現在も北日本を通じて近隣各国との間接的外交関係が維持されている。

 また経済や民間交流面は、人民韓国を除けばむしろ活発化している。

 

 1980年代後半に、国民党の独裁体制から民主化を実現。

 経済発展とアメリカの庇護も重なって、当面は人民中華による併合や統合はないと言われている。

 ただし21世紀に入ってからは、急速に産業の空洞化と人口の少子高齢化が進み、衰退に入る可能性が高まっている。

 



 ・中華人民共和国(人民中華)

旧清王朝時代の領土のほとんどを継承。

 

国土面積/約959.7万平方キロメートル

建国時の人口 /4億5000万人

1980年頃の人口/10億5000万人

2010年頃の人口/約13億人


 1948年に独立を宣言した共産主義国家。

 しかし建国当初は、中華民国(国民党)をアメリカなど資本主義国が認めていたため、多くの国から国家として承認されなかった。

 

 建国後は、スターリン批判への迎合、大躍進政策、文化大革命を経て、他の共産主義諸国との関係を極度に悪化させて国際的に孤立。

 その後、西側資本主義国との関係改善を行う。

 ただし、東側陣営内での北日本との対立関係から、南日本と関係(国交)を結ぶまでにはさらに十年近くを要した。

 

 1972年に東側陣営以外の国々の多くから承認され、国連常任理事国の地位も得てすぐに大国の位置に立つが、この頃の国力は失政の影響で経済が崩壊しておりどん底の状態に陥っていた。

 当時は、国が崩壊していないのが不思議だと言われたほどだった。

 


 その後の南日本との関係も、南日本が人民中華との対立を止めない北日本との関係を重視するため、常に遅れがちとなっている。

 また、天安門事件後の関係の停滞と、20世紀末からの江沢民政権下での反日教育の影響で、両者の交流は政治、経済など多くの面で停滞を続けた。

 

 南日本からの投資や企業進出、技術輸出も、欧米諸国に比べて常に大きく遅れた。

 しかも1990年代半ば以後の南日本の企業は、今更中華地域での遅れが挽回できるとは考えず、北日本や東南アジア、さらにはインドなど他のアジアへの進出を強化して対応した。

 このため人民中華側は、南日本の資本と技術を得る機会を逸したと言われている。

 逆に南日本は、21世紀に入り本格的に経済発展しつつある中華市場では完全なマイナーとなり、どちらの経済的損失が大きかったのかが経済学者の間でよく議論されている。

 

 外交面では、表裏どちらも南日本との間の実質的な戦後賠償の要求と反省を促すやり取りが恒例となっている。

 南日本側は、日本戦争の政治的影響もあって第二次世界大戦の事について常に既に過去の清算は済んでいると一方的に宣言しているため、両者の政治的溝と感情的対立が埋まっていないのが現状である。

 ただし、人民中華自身の抱える反政府暴動への警戒から、近年では安易な日本バッシングは低調となって、南日本側も中華市場にある程度入りたいため、経済面を中心に相互の歩み寄りが進んでいる。

 

 一方北日本との関係は、1960年代に国交そのものが断絶したままの状態が約半世紀を経た今も続き、互いに核兵器を向け合っている事を表明するほど悪い。

 しかも北日本を、いまだに国家として正式承認していない。

 また北日本の存在があるため、南の日本も常に北日本の動きを気にしたものとなり関係悪化に拍車をかける大きな要因となっている。

 

 また1960年代に大規模な武力衝突した人民韓国との関係は現在も極めて悪く、国境を挟んで大軍を並べる対立状態が今も続いている。

 これは東北軍への過度の予算、装備の投入が行われ国内的に問題視されると同時に、国庫に少なくない負担を与え続けている。

 


 経済面では、1978年に始まった市場経済導入によって、着実に国力及び経済力の拡大が続いている。

 天安門事件の影響が薄れた1993年頃から外資が戻り始め、世界規模で製造業が中華域内に移り始め、ようやく経済発展が本格化した。

 

 平行して、90年代後半からはすさまじい勢いで軍事費も増額しており、人口が多いだけの発展の遅れた国から内実を伴った世界の大国としての地位を確実に築きつつある。

 

 ただし近隣各国との対立関係が多く、近隣で最も発展している日本からの投資や援助が低調なため、もし日本との関係が良好だったら経済発展は今よりも最低でも三割り増しで進展していたという予測もある。

 もしその予測通りなら、2010年の時点でドイツのGDPを越えていた可能性を指摘する経済学者もいる。

 

 現在の予測では、順調に経済発展した場合、早ければ2020年頃にドイツのGDPを越えると予測されている。

 第二位の日本には、早くても2025年から30年頃に追いつくか追い越すのでないかと言われている。

 

 しかし人口面など様々な要素から、既に経済発展が爆発的に伸びる時期は過ぎたと言われる。

 労働人口の供給は頭打ちとなり、学術的に言うところの人口ボーナス期も終了した。

 海外からの移民も考えられない。

 そして2020年代には、世界で最初に国民が豊かになれないまま老人大国になるという予測が同時に立てられている。

 

 20世紀の大国と言われながらも、政治形態、環境問題などその他多くの問題も含めて、前途が明るいとは言い切れない矛盾した状況を多く抱えている。

 


(※我々の世界からの視点:人民中華の経済発展は、10年から15年遅れています。)


これにて本当に幕となります。

この度もお付き合いいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ