フェイズ12 備考:各国概要(2)
・日本民主共和国(北日本=DRJ)
建国時は、北海道の南半分と東北地方。
1951年以後は、北海道、樺太、千島列島とその周辺部。
国土面積/約16万平方キロメートル
建国時の人口 /1100万人(もとの14% ※復員者含む)
1951年以後の人口 /550万人
1980年頃の人口/1850万人
2010年頃の人口/2300万人
日本占領時のソ連占領地域に建国される。
建国時は、満州、朝鮮、さらには華北北部にいた日本人を根こそぎ移住させて不足する人口を強引に補った。
またその後は、他国からの花嫁を大量に移住して補填した。
さらに建国以来ずっと続く強力な多産政策を実施して人口増加に努める。
また人民韓国からの移民と「日本人」としての帰化もかなり行われた。
北海道が比較的人口包容能力が高いため、1970年代まではなんとか食料自給は行われている。
しかし野放図な人口拡大政策のおかげで人口増加したため、1980年代に入ると食料輸入国となっている。
また経済発展後の一人当たり摂取カロリーの増加と贅沢品への指向が、食料輸入の増加を助長している。
建国当初の総人口は1100万人ほどだったが、戦後の復員で満州、朝鮮半島の日本人を、ソ連が根こそぎ強制移住させて水増ししていた。
当初は日本共産党が政治権力を握るが、その後は旧満州国官僚団と財界人そして旧軍人が、国家の中枢を占めるようになる。
国家の団結も、南の日本への反発よりも、常にアメリカへの反発に向いていた。
南の日本にいる天皇(皇族)に対しても、常に一定の関心と敬意が払われているという特殊な状況にあった。
その証拠の一つとして、天皇(皇族)に対する非難は一度も行われていない。
政治は、1980年頃までは野坂参三が書記長として30年以上の独裁体制を敷いた。
野坂の引退後は独裁体制は事実上解除される。
その後は基本的に4年ごとに書記長が交代し、軍と党と官僚の三頭政治状態が維持されている。
政党は統一社会党以外にも多数存在しているが、実際はヘゲモニー政党ばかりで事実上の一党独裁が現在も続いている。
首都は札幌で、2010年頃の人口は450万人。
中央官僚専制ながら安定しており、野坂参三が引退そして死去した後は独裁者と呼べるほどの人物はいない。
野坂参三個人への崇拝も、実質的にはほとんど行われていない。
銅像が最も少ない社会主義国とも言われるほど。
一方では、かつての戦争で軍の失態が大きいという国民感情が強いため、軍の政治力も大きくはない。
中央官僚による専政傾向が強く、共産主義国としてはむしろ珍しい型となっている。
これが南北融和の北の側での大きな理由ではないかと言われることが多い。
共産主義国の中では、党及び党員の権力は低い。
一方では、一種の特権階級といえる官僚による腐敗は既に深刻化しており、国家体制の行き詰まりを好調な経済が覆い隠している状況が続いている。
国土の関係から、かつての戊辰戦争に存在した函館政府と自らをなぞらえる事が多く、自らの共和国の祖としている。
国民の間でも、幕末の北海道戦争で活躍した榎本武揚や土方歳三の人気が高い。
軍艦の名前などにすら採用されている(※「土方級」原子力攻撃潜水艦など)。
国内にある銅像も、野坂参三より函館政府の要人の方が多いとすら言われる。
冷戦構造は、既に野坂引退後の体制が確立していた事もあって、共産主義陣営の崩壊に際しても国民の間に大きな政治的な動揺は見られなかった。
そのまま市場経済への移行と南日本との融和を行って、独立を維持し続けた。
南日本との対話と交流は冷戦中も継続的に行われ、冷戦崩壊後は親密な関係を構築したが、いまだ民族統合には至っていない。
これは東西ドイツと違って、南北双方の民意が統合を拒んでいることを原因としている。
また、冷戦時代の中途半端な交流と相互承認がそのまま続いた結果でもあったと言われている。
海峡で二分されている事も大きな要因となった。
また近年では、南の日本とは違う国という面を強調するためか、先住民文化であるアイヌ文化に対する傾倒が盛んになっている。
オホーツクという言葉が使われることも多い。
これは、北東アジア諸民族の国家という面を押し出すことで、国家自立の維持と、国民の新しいアイデンティティーを目指そうという動きのためだ。
ただし国民の多くは「日本人」というアイデンティティーが強く、あまり成功しているとは言えない。
経済面は、建国から日本戦争後十年ほどは非常に困窮していた。
ソ連から北樺太の譲渡を受けた事による燃料資源自給体制確立と、ソ連からの手厚い援助と同盟国価格での資源輸入がなければ、国家が崩壊してもおかしくなかった。
1960年代までは人民韓国から援助を受けていたほどだった。
しかし日本との一時的な融和が行われた時期に、思い切って軍備削減に踏み切って余剰資金を経済建設と社会資本の整備に投入して一定の成功を収めた。
特に70年代までは、繊維産業を中心にした民生品の軽工業に力が入れられ、東側への輸出で発展した。
また食料を自給できた効果も大きく、国も農業・漁業振興を熱心に行ったため、21世紀初頭の現在でも食糧自給率は70%を越え、一部海産物は南の日本にも大量に輸出されている。
その後もソ連からの援助もあって、共産主義国家的ではあったが工業化を何とか行い、東ドイツもしくは南日本と同じ加工貿易国家として国を立てていくようになる。
またソ連から譲り受けた北樺太の油田及び天然ガス資源は国の発展に大きな貢献を果たし、比較的豊富な天然ガスは自給自足ばかりか一部が南日本などへの輸出にも回されている。
また北日本の存在は、ソ連の極東開発や経済にも好影響を与え、今現在でも北日本とロシア極東の関係は深い。
1970年代末には、ソ連製兵器のライセンス生産と輸出を行えるまでに工業力を発展させ、安価に生産した兵器輸出によって外貨獲得に努めた(※国営企業の南部重工が製造するAK-47J系列の銃器は有名)。
1980年代中頃の一人当たりGNPも、4000ドル近い数字となっている(※当時、サミット参加国の平均は約9000ドル程度。
東欧平均値よりも高い)。
そしてソ連のペレストロイカにならう形で市場経済を導入し、冷戦崩壊後は南日本の膨大な資本と技術を引き入れて一気に経済発展を行った。
21世紀初頭は先進国とは言わないまでも、新興国としては水準以上の経済力を持つまでに成長している。
一人当たりGDPも、先進国に準じる2万ドルに達するようになった(※南日本の約4割)。
首都札幌は都市圏としての人口が1000万人近くに達し、石狩平野には北日本の総人口の半数近くが居住する。
街の中心部には東アジア的な過密都市の景観に加えて、近年のハイテックな高層ビル群が林立するようになっている。
また北日本全体で、人口拡大後の都市住民率は非常に高くなっている。
軍事面は、日本戦争までは陸軍重視だったが、東北地方を失った戦後は一転して海空軍重視となる。
軍の方針も、「統一」から「国防」へと転換した。
1960年代に経済発展に力が入れられるようになると海空重視の傾向は強まり、冷戦最盛期の1980年代にはソ連に次ぐ東側第二の海軍を保有するようになる。
旧日本海軍から強引に引き継いだ形の戦艦「長門」は長い間国防の象徴であり、1960年代までは実働状態に置かれ、その後も予備役艦とされた。
冷戦崩壊後は、記念艦として保存され観光名所となっている。
しかし南の日本やアメリカに対して水上艦艇の劣勢は覆いがたく、対抗可能で効率的な国防が行える戦力として潜水艦の整備が熱心に行われ、ソ連以外で唯一原子力潜水艦を保有するまでに至る。
また冷戦時代においては、ソ連が簡単に太平洋に出ることができる場所として北日本は重宝され、ソ連軍も使用する巨大な潜水艦基地が存在し、今も北日本海軍の基地として稼働している。
このためアメリカ海軍も、北日本近辺の接近には高い注意を払っていた。
また北日本の原子力潜水艦保有は、日本の原子力潜水艦建造に大きな影響も与える皮肉も生んでいる。
多くの艦艇はソ連からの輸入によってまかなわれ、一部は国産されるようになった。
また1980年代以後は、ソ連が維持できなくなった艦艇の一部を押し売りの形で受け取り、一時期非常に大きな規模の海軍となっている。
それでも絶対的な国力差から、アメリカだけでなく南日本単独でも太刀打ちできる戦力ではなかった。
ソ連時代末期に得た艦艇の多くも、20世紀中に退役、破棄された。
そして通常戦力では仮想敵に対抗できないため核開発を熱心に行い、1980年代初頭に保有を実現する。
ただし開発当初は、短距離以外の弾道兵器を有しなかった。
その後弾道弾開発にも傾倒して、21世紀初頭までには人民中華の北京や上海を射程距離に収める中距離弾道弾を保有するに至り、同国との対立が深まっている。
ただし、南日本との対立にはほとんど利用されていない。
冷戦崩壊後は、南日本との融和が行われ経済的にも市場経済となったが、統一社会党による一党独裁政治と中央官僚専制はそのままとなっている。
近年は、党と官僚の腐敗が指摘され社会問題化しており、民主化の可能性が高まっていると見られている。
軍備は、南との和解進展により通常戦力は大幅に削減されたが(何しろ周辺には、南の日本以外の敵がいない)、海軍と核戦力はむしろ増強されている。
海軍増強は、資源の輸出入が盛んになった事が強く影響している。
21世紀初頭には、多目的艦艇として揚陸艦の独自建造まで計画されている。
核戦力増強は、南日本ではなく冷戦時代半ばから続く人民中華との対立が原因している。
この事も原因して、いまだ人民中華との国交回復には至っていない。
また核兵器を保有する事から、9.11テロ後の親米政策転換後もアメリカとの関係も常に一定の緊張状態が続いている。
日本との関係進展でも、核兵器問題が常に課題となっている。
また一方では、南北日本が統合することは常に各国から警戒されている。
日本人が一つになることよりも、世界第二位の経済力と通常戦力が核兵器と結びつくことでスーパーパワーが生まれることを警戒しているからだ。
特にアメリカの北日本に対する外交は、南北日本の関係によって極めて慎重なものとなっている。
外交関係では、いまだ中華人民共和国との断交状態が続いている。
冷戦崩壊後は、中華民国(台湾)との外交関係まで構築した。
アメリカとの関係は、核兵器開発もあって冷戦崩壊後も緊張状態が続いていたが、9.11テロ後に親米政策に大きく舵を切ったため、関係はある程度改善されている。
また冷戦時代常に友好的だった人民韓国との関係は、今現在も一定レベルで維持されている。
しかし、北日本の市場経済導入、新しい金体制成立、南北日本の和解進展、と事件を経るごとに関係が冷却化しているのが現状となっている。




