フェイズ12 備考:各国概要(1)
・日本国(南日本もしくは日本)
再独立時は、関東地方から新潟以南の日本列島。
その後、東北地方と沖縄、南方の島の幾つかが復帰。
国土面積/約30万平方キロメートル
建国時の人口 /6900万人(元の86% ※復員者含む)
1951年頃の人口 /7900万人
1980年頃の人口/1億1500万人(1969年1億人突破)
2010年頃の人口/1億4900万人
(80年/11513.8 90年/12705.1 00年/13898.6)
政治面ばかりではなく旧大日本帝国のほとんどを継承しているため、実質的には日本そのものといえる。
このため日本戦争以後は、「南日本」よりは単に「日本」と呼ばれる事の方が多い。
特に日本戦争以後は、合わせて南北日本などと言われる時や、北との比較の場合に限り「南日本」また「南の日本」と言われる。
首都は東京で、東京は世界最大の都市圏を形成している。
領土は明治初期の日本領に北海道とその周辺部の島を欠いた状態で、江戸時代の日本に近い。
戦後1960年代半ば(法律的には1964年まで)まで、戦災復興と北日本への対抗政策として、食糧自給率に目をつぶって国家を挙げて多産政策を実施。
冷戦中も政府は一定の奨励と育児政策を続けたため、人口が大きく拡大した。
また所得向上と国力拡大に伴って政策を止めた後も、20世紀末までは順調な人口増加が続いた。
21世紀に入り急速な鈍化が見られるが、半ば惰性で一定の育児政策を続けているため、2025年頃に1億5500万人でピークを迎えると予測されている。
一方では、急速な高齢化に対する対策が疎かと言われることが多く、2020年以後問題が深刻化すると言われる。
農業生産力とカロリー摂取量に対して人口が増えすぎたため、極端な食料輸入国となっている。
このため、1980年代から国内での農業・農地に対する規制の緩和や大規模な企業経営導入など食糧自給率向上を目指す政策が国を挙げて実施されている。
経済面では、敗戦から日本戦争までは連合軍の占領に伴う占領政策、戦争による国土の破壊などにより経済は停滞。
しかし国内で戦争が起きたことが、きしくも経済が再稼働する大きな機会となる。
1955年から、高い割合での経済成長が本格化。
高度経済成長と呼ばれる。
1964年の東京オリンピックを挟んでオイルショックの1973年までに、先進国としての経済成長をほぼ成し遂げる。
あまりの発展速度のため、「アジアの奇跡」や「日本の奇跡」と呼ばれた。
以後は西側先進国の一角としての存在感を示すようになり、その後も順調な経済発展を遂げる。
ただし関東地方北部が1950年日本戦争で荒廃し、「回復」した東北の開発と発展を無理に行ったため、公共投資面などでやや歪な点も残すこととなる。
開発を強引に推し進めた成田空港や東北、上越新幹線などがその典型とされる。
東北のインフラ整備は、一時期自然災害対策などの口実を設けて過剰なほど行われた。
そして経済的成長と並行するように北日本との緊張緩和や交流を進め、北日本の核兵器開発以後数年間を除いては、北日本との関係を進めることを優先する外交が続いた。
民族間の対立より融和を進めた点では、東西ドイツとの違いがよく指摘される。
だが、「同じ日本人」という日本人独特の考え方が、極端な対立をもたらさなかったと分析されている。
このことを示す日本人の言葉に、「敵だが日本人だ」というものがある。
これを、閉鎖社会特有の考え方とする研究が多い。
1973年以後も一定の経済成長は続き、第二次オイルショックによる省エネと生産合理化がさらなる発展を呼び込んだりもした。
日本の好景気は1997年のアジア通貨危機まで続き、その後は構造改革の事実上の失敗や技術革新の停滞などのため、やや停滞した経済運営が続いている。
21世紀初頭のGDPは、約6兆7000億ドル(約800兆円・1ドル=約120円)に達する(※世界全体のGDPは約51兆ドル。
日本の対世界GDP比は約13%)。
経済成長と大きな人口が、プラス面で相乗効果をもたらした結果だった。
1969年以来、アメリカに次ぐ世界第二の経済大国であり、大きな国際的影響力を持っている。
内政面では、日本戦争によってGHQの占領統治時代に極端に形成された第二次世界大戦へのマイナス感情や負い目が、国民の間でかなり払拭されてしまう。
このため日本戦争と社会主義陣営との対立を理由にして、軍拡や外交を実施した。
冷戦崩壊後も、第二次世界大戦の謝罪は終了したと宣言し、一部の国から強い非難があったが国際標準以上の言葉を語ることはない。
また日本人の共産主義者、社会主義者、無政府主義者、反王政派などが北の日本に亡命もしくは移民したため、南の日本での共産主義的活動は極端に低下している。
欧米でのリベラル活動と少し異なる日本での市民運動、リベラリストによる活動も抑制され続け、保守的な政治が続くことになる。
これを一部近隣諸国は軍国主義への回帰と呼んで、日本の軍備増強と合わせて非難する事が多かった。
国内政治そのものは、冷戦構造と経済の好調によって安定し、自由党と民主党の二大政党制状態が冷戦中維持される。
92年まで共産党は憲法上で非合法とされ、社会党、無産党も政治的規制が厳しいため、少数政党の地位でしかなかった。
国民全般も、日本戦争の影響もあって、共産主義的、社会主義的なものを忌避する向きが強い。
冷戦構造崩壊後に共産党なども合法とされたが、統一社会党の独裁がいまだ続く北日本との交流と同国の開放政策があっても、特に共産党や社会党系政党が勢力を伸ばすという事はなかった。
ただし冷戦崩壊後は、内政重視の民主党が政権を続ける向きがしばらく続いた。
ただし、共産主義、社会主義と日本人という二つは分けて考える向きが強く、外交にも強く反映される事になる。
また、日本的なリベラル思想や市民運動家は、南北日本対立の間は冷遇され続けたが、冷戦構造崩壊後はかなりの政治勢力を持つようになっている。
外交は、冷戦時代はアメリカとの同盟を基本とした典型的な西側外交だったが、北日本とはドイツ同様に相互承認に至る。
同時に、停戦で終わっていた戦争状態にも法的に終止符が打たれた。
また北日本とは海を隔てているため、お互いに制御がきくのでむしろ交流がしやすく、対立状態が強い時以外は積極的な交流が続けられた。
冷戦崩壊後は、ロシア(旧ソ連)との関係は進んだが、いまだ強固な共産主義(+独裁体制と軍国主義)体制の続く人民韓国との対立は続いたままで、国力を急速に増大させている人民中華との関係も軍事面、歴史認識を中心に良好とは言い難い状態が続いている。
軍事面は、津軽海峡の向こうには北日本、対馬海峡の向こうには人民韓国が存在するため、他の西側諸国の中では比較的多くの軍備を抱え続けた。
同時に再軍備も早く進み、日本戦争では海兵隊までが編成された。
在日米軍も、東北、北九州を中心に展開しており、沖縄を中心に日本各地に約4万人のアメリカ軍が駐留している。
冷戦崩壊までは北日本と人民韓国、そしてソビエト連邦を主眼としていたが、冷戦崩壊後は人民韓国が重視され、21世紀初頭ぐらいからは人民中華に対する軍備が重視されつつある。
日本の軍備そのものは、日本戦争までは陸軍が重視されていたが、日本戦争以後は戦争による領土の変化もあって、自らの効率的な国防のため海空戦力が重視された。
さらに国力が付くと、日本領全土の回復のための戦力の整備にも徐々に力が入れられるようになる。
日本戦争中に海兵隊と軽空母を保有するようになり、その後も順調な拡大を続けて1980年代には中型空母、原子力潜水艦や巡航ミサイルも保有した。
21世紀初頭の現在では、固定翼機運用型の6万トンクラスの空母2隻が計画もしくは建造中で、空母型の大型艦艇は揚陸艦を含めて6隻の保有が80年代の軍拡以後続いている。
しかしアメリカの保有するような巨大空母は、様々な制約(一番の問題は人員確保)から一度も保有していない。
ただし、経済成長が一定段階に至るまでは装備もかなり貧弱で、空母から銃弾に至るまでアメリカの払い下げの兵器ばかりだった。
このため対馬海峡、津軽海峡双方の防衛力がないと言われ、国民の危機感情も高かった。
21世紀に入っても、装備の多くはアメリカ製やアメリカのライセンス生産が多いが、徐々に国産兵器も増えている。
特に艦艇の全てが国産され、一部では輸出も行われている。
90年代には、新型戦闘機開発で大きな摩擦も引き起こした。
国防の目玉商品とされる空母は、1960年代に軽空母を独自建造して以後始まり、ほぼ15年ごとに2隻ずつ程度整備され、現在建造中の空母は戦後四代目にあたる。
建造頻度は、イギリスを上回る事と、常に固定翼機を運用する空母を有し続けたため、世界第二の空母大国としても認知されることになる。
核兵器については、世界唯一の被爆国という事もあって日本国内からの反発も強く、いまだ保有されていない。
ただし、アメリカと北日本の二重の核の傘の下にいると皮肉られる事が多い。
国防に必要だとして、原子力攻撃潜水艦だけが例外とされている。
またほとんどの仮想敵国、対立問題を抱える国と海峡もしくは海で隔てられているため、国境警備隊でもある沿岸警備組織は非常に充実しており、自らの海軍と半ば対立しているのが世界的にも知られている。
海上保安庁という名称で管轄も軍とは違う省庁が行っているが、対機銃弾用の装甲が施された主要艦艇には平然と3インチ砲を装備するなど、並の海軍よりも重武装となっている。
このため「コーストガード」ではなく「セカンドネイビー」と言われることもある。
海軍と並んで国防の要とされる空軍は、主に防空空軍として高い能力を保持しており、防空密度は世界一、防空能力自体もアメリカに次ぐと言われるほど充実している。
早期警戒管制機、空中給油機も早くから多数保有しており、少数精鋭の効率的な防空が常に心がけられている。
日米貿易摩擦の影響もあって、アメリカからのライセンス生産の贅沢で高性能な機材が多く、訓練機を含めて各種300機あるF15戦闘機は、21世紀初頭でも日本空軍の表看板となっている。
21世紀初期の現在は、20世紀末から始められた自主開発の事実上の失敗により、次期主力戦闘機の選定で混乱している。
陸軍は日本戦争以後最も重要度が低く置かれているが、東北、北九州、首都圏にかなりの部隊を配置している。
完全な防衛陸軍として編成されており、北日本の「回復」は海軍の下部組織にあたる海兵隊がその任務を負っている。
もっとも、冷戦時代でも陸軍は25万人、海兵隊は3万人程度のため、実質的に海兵隊は機動防御用の予備兵力程度の能力しかなかった。
冷戦構造崩壊後は、陸軍が一番の削減対象となり、徴兵制の事実上の解除もあって、陸軍は18万人、海兵隊は2万人の維持が精一杯となっている。
また冷戦構造崩壊後は、国内外での災害救援組織として軍全体が見直されている。
仮想敵は、冷戦間は北日本とソ連を第一としていたが、冷戦構造崩壊後は人民韓国とされている。
このため九州北部を中心に有力な空陸戦力が一定数配備され続け、対馬海峡(西朝鮮海峡)には強力な国境警備隊が配備され続けている。
また人民中華との関係も常に一定の緊張状態であり、ミサイル防衛や制海権、さらには今後の東アジアでの覇権を巡る問題での対立が続いている。
近年は沖縄方面への軍事力のシフトが進んでいる。
国防予算は、高度経済成長後の1970年代半ば以後はGNPの2%程度が目安とされ、冷戦ピーク時には一時期突破した。
冷戦構造崩壊後は大幅に削減され21世紀初頭は1.5%程度で推移しており、2005年の前後5年ほどは12兆円(1000億ドル)を僅かに切る。
近年はGNP比率よりも、12兆円が予算枠の攻防線となっているが、近隣諸国との関係から微増が続いている。
軍事予算額は冷戦時代からアメリカ、ソ連に次いで世界第3位で、ソ連崩壊後は第2位の地位を維持している。
武器輸出も先進国一般レベルで行われており、核兵器を保有しない事を差し引いても、世界的には経済力相応の軍事強国と見られている。
このため東アジアの一部の国からは、第二次世界大戦を引き合いに出して日本を非難することが半ば日常的になっている。
また軍事と密接な関係にある宇宙開発予算も多く、アメリカに次ぐ金額を毎年予算計上している。
額は概ね80億ドル程度で、自力で人間を宇宙に打ち上げ帰還させる能力も持ち、衛星自動位置測定能力も構築しつつある。
国際宇宙ステーションの建造にも貢献した。
政府も、冷戦間は特に国威発揚と北日本との対立に宇宙開発を利用していた。
なお、核兵器を持てないことの代わりとして、宇宙開発が熱心に行われた向きが強い。
近年では、ミサイル迎撃装置などの防衛兵器と並んで、タングステン弾心による弾道弾の研究が始められていると言われる。




