都へ
僕達は、奇妙な同行者が付いたまま一路都を目指した。
街道の両側には、田畑が広がり夏の午後の強い日差しの中で農作業をしている者や、大きな農家があちこちに見え、のどかな田園風景の中を街道が真っ直ぐ伸びている。
暫く歩くと前方に長い松林が見えて来た。少し近づくと、松林の中に水面に反射した光の帯がキラキラと林の間から見えだした。蛍さんが
「ねえ正夫さん、向こうに大きな池が見えるわ」
「蛍さんあれは、池じゃないよ、あれは海だよ」
「えっあれが、海なの、私海と言うのは、もっと広くて大きいものだ。と聞いて居たのに」
僕は、彼女が言うのを聞いて苦笑しながら
「蛍さんは、誰に海の事を聞いたの」
「お婆様よ、だって私、真山の町以外は、行った事は、無いもの」
「そうか、蛍さんは、海は、初めてなのか」
「ねぇ、正夫さん私、海が見てみたいわ」
「じゃ、ちょっと寄り道していくか、関さん達は、どうします」
「ねぇ先生私達も、行きましょうよ、私も海に行きたい」
と鈴さんが言うと、関も頷いた。僕達は、街道を離れて海岸に向かった。海岸に着くと、蛍と鈴は、海に向かって駆け出した。
僕と関は、松の木陰に腰を降ろした。僕達が水辺で遊ぶ妖精達を見て居ると、突然関が後ろを振り返り
「おい、坊主、そんな所で、こそこそしないでこちらに来たらどうだ」
と松の木の陰に居る少年に向かって声を掛けた。
すると少年は、おどおど、としながら僕達の前に来る。関が少年に
「まあ、そんな所に立って居ないで、座ったらどうだ」
そう言われて少年は、関の隣に腰を降ろした。
「おい、お前どこまで付いて来るつもりだ。家の者が心配するぞ」
「おっさん、おおきな御世話だ。僕が何処に行こうと僕の勝手だろ、それに僕を心配してくれる者は、いやしないよ」
「何だ、お前家族が居ないのか、そいつは寂しいな」
「ふん、家族なんか無くても、ちっとも寂しい事なんか無いや」
「お前ひょっとして住む家も無いのか」
「バカにすんな、この街道べりに死んだ爺ちゃんの家があらぁ、ぼかあーそこにすんでらぁー」
関は、少年を、からかう様に言うと、少年は、ますます関の言葉に乗せられて、しゃべる言葉もべらんべえ調子に成ってきた。
「お前、両親はどうした」
「ふん、親なんてもの、初めから居やしないよ、もの心がついた頃には、爺ちゃんが居ただけさ、その爺ちゃんも去年死んだけどね」
「死んだ爺さんは、お前の親の事を何も言わなかったのか」
「言ったさ、死ぬ前にね、お前は、捨子で爺が拾って来て育てた。だからお前に捨吉と名付けた。とね、死ぬるんだったら教えて欲しくなかったのに、知らなかったら何時までも僕のお爺さんだったのに」
といって捨吉と言った少年は、べそをかきだした。
「坊主悪い事を聞いたな、すまん、あやまる。ゆるしてくれ」
と関が少年に向かって頭を下げた。僕も一緒に頭を下げた。
僕が居た世界では、考えられない様な事の見本が目の前にいる。僕は、この捨吉と言う少年に興味を持った。僕の育った環境との差が激しすぎる、せいかもしれない。僕は、捨吉と名乗る少年に
「ねぇ君、捨吉君どうして僕達に付いて来るの」
「僕は、お兄さんに興味を持ったのさ、隣のおっさんが言っていただろう、お兄さんは、魔法使いだって、僕はまだ魔法を見た事が、ないんだ。だからお兄さんに付いて行けば見られるんじゃないか、と思ったのさ」
「僕は、魔法使い、なんかじゃないよ」
すると隣の関が、僕を肘でつつきながら
「このー嘘は、泥棒の始まりだぞ」
と言うと捨吉が
「御免なさい。お兄さんの籠を盗んで」
「もういいよ、僕が油断したのが悪いんだから」
「でも、やっぱり御兄さんは、魔法使いだね、僕があんなに早く見付かるのは、初めてだよ」
「そうかい、じゃー今までは、捕まらなかったのかい」
「そうだよ、だって風呂敷を使う間が無かった。もの」
「おい坊主、風呂敷と泥棒は、関係あるのか」
と関が聞くと捨吉は、得意げに
「そらーおっさん、物を盗んでそのまま逃げる。とすぐ捕まるけど品物を風呂敷で包むか、かぶせれば、盗まれた者は、あれは、自分の物とは、模様が違うと錯覚する。その間に普通に歩いて逃げるのさ、走って逃げるから捕まるんだよ」
僕と関は、顔を見合わせ、大笑いをした。
「おい坊主、どこで習ったんだ。その技は」
「習やしないよ、お爺ちゃんと一緒にやっていただけさ」
「なーんだ。坊主お前の爺さんも泥棒だったのか」
「そうだよ、おっさん、お爺ちゃんは、足が悪いから走って逃げる事が出来ない為に、風呂敷を使って盗んでいたのさ、でもお爺ちゃんは、余分な物は盗らなかった。食べれたら良い、余分な物は盗るな、が口癖だったからね」
「君も、その教えを守って居るのかい」
「そうだよ、だから、お兄さんの荷物も金目の物は、頂くけど残りは、街道の側にお居て置くのさ、そうすると持ち主が見つけても、金目の物しかない為、警手に届けても相手にされない。お前の勘違いだろう、普通泥棒は、荷物は返さない。全部盗んで行くものだ。とね」
僕は、捨吉の話を聞いて居て、変に納得した。
「じゃー君は、今まで捕まった事は、無いのかい」
「そうだよ、あの時だって風呂敷を掛けて居たら、お兄さん達だって分らなかったでしょ」
「なるほど、蛍さんが見つけなければ、分らなかったね」
僕と関さんは、顔を、見合わせると、再度大笑いをした。
僕達が笑っている。と彼女達が海から上がって来て
「貴方達何が可笑しいの、大笑いして」
とびしょ濡れので、上がって来た。すると捨吉が、すくっと立つと
「僕、捨吉と言います。連れにして下さい」
と頭を下げると、蛍と鈴は、顔を見合せ、僕達を見ながら
「貴方達が良いのなら私達は、文句は無いわ」
「僕、仲間の為には、一生懸命頑張ります」
と挨拶をすると全員が笑った。彼女達が着物を着かえると、又都へと足を向けた。
海岸沿いの街道は、海風が吹き抜ける。僕達は、次の宿場である。石町に入り宿に入った。僕は、宿に入ると関に
「関さん、ちょっと」
「なんだい」
「宿代ですが、捨吉君の分は、折半にしませんか」
「おう、それで良い。俺が持っても良いと思っていたからな、君がそう言うなら、それでいい、あいつは、持って居ないだろうからな」
「関さんから、捨吉君に、話してもらえます」
「ああ、良いだろう、俺からの方が良いだろう」
「すみませんね、無理いって」
「それにしても、お前さん、若いのに気を遣いすぎるぞ、やはり、お前さんは、魔法使いだね」
「そんなー僕は、魔法なんか使えませんよ」
「そうかね、俺は以前魔法使いだ。と言う老人から、魔法とは気を読みそれを、操り目的を達成する事だ。と聞いた事がある。今のお前さんがそうだと思うぜ」
僕が、黙ってしまうと、関は、笑いながら、みんなの所に行った。次の朝、宿を五名で出発し都へ向かった。
今日も、雲一つなく夏の日差しの中を、都へと歩いて居ると、後ろから
「魔法君、おーい魔法君」
僕の隣を歩いていた、蛍さんが僕に
「正夫さんを、呼んでいるのよ」
僕は、そう言われ驚いて後ろを振り向くと、三名がニコニコしながら歩いて来る。関さんが
「前に見える茶店で休憩しないか」
「良いでしょう、蛍さん行こう」
僕達が、茶店で休憩を取って居ると、後から来た商人風の男達が、関を見て何やらヒソヒソと話をしだした。そのうち僕達全員を見ていたが、一番の年寄りが僕達の所にやって来て関に
「失礼ですが、貴方様は、昨日路町はずれの川で、橋から落ちた。女の子を助けた。剣士様では、ありませんか」
「うーんそんなことも、あったかな」
「やはり貴方様でしたか、するとあの方が魔法使い様ですか」
と僕を指差す、関は
「そうだよ、本当に助けたのは、あの魔法使いだ。何しろ俺が救い上げた時は、死んでいたからな、それを生き返らしたのだからなぁー」
「やはり、その話は、本当ですか、今でも死者が生き返るなんて信じられませんが、無理なお願いですが、あの魔法使い様を紹介していただきませんか」
「ああ良いよ、魔法屋さんよ、こちらの爺さんがお前さんと知り合いに成りたいとさ」
「だから、関さん僕は、魔法使いではありません、と何時も言って居るでしょ」
「おい、爺さん、本人は、ああ言っているがね、どうする」
「私としては、是非とも」
「魔法屋さんよ、爺さんが是非ともって言っているぜ」
「弱ったな―お爺さん本当に僕は、魔法も知りませんし使う事も出来ません、是非ともと言われれば魔法使いとしてでなく友達なら付き合いますけど」
「おい爺さんそれで良いか」
「結構です、申し遅れましたが、私は、大島・寿と言います、都で衣服の商売をしております」
「俺は、関・超量そこの小さい方の娘は、鈴と言う俺はこの子の用心棒をしている」
「僕は、平田・正夫と言います、こちらの蛍さんの付き添いです、こちらの男の子は捨吉君です、僕達と一緒に旅をしています」
と老人に紹介した。その後全員で歓談し茶店を出たのは、昼をだいぶ回っていた。老人達が先立ちすると、関が僕に
「魔法屋さん、あの様な老人を紹介して悪かったか、なー、これからもこの様な事があると思うがどうする」
「勘弁して下さいよ、僕は、蛍さんの付き添いだけで手一杯ですから」
僕は、あまり有名になるのは、困るのだ。僕の素性がばれるのだけは、避けなければならない。
「でもお前さんは、今じゃー有名人だから、良いか悪いかは、別にして、これからも、この様な事は、再々起きると思うが、これからは、知らぬ、存ぜぬで良いのだな」
「お願いします」
「でもお前さんも、相当変わって居るなー普通有名になる為努力をする、付き合いを広げる、などするものなのに、名が売れるのは、困ると言うのは、初めてだぞ」
僕は、苦笑し頭をかきながら返事が出来なかった。
僕達は、又都へ足を向けた。各宿場で泊まりを重
ね、その都度、都の情勢を聞いて回った。情報が集まる。に連れて集まる情報の内様が少しずつ変化する事に僕は、ある疑問が湧いた。
それは何故こんな根も葉もない噂が広まったのか
その噂は、都から離れるほど、戦が今すぐに起きる。と言う噂が広がり都に近づくに従って、戦は、無い。戦仕度は、恰好だけ。と言う情報が多数を占める様に成って来た。
それは、今から二十日程前の都の皇城前に居た老人達が昼下がりの午後、夏の日差しを避けて休憩していた時の会話の中だった。
「のう太郎べえよ、わしゃ今朝東の広場で兵隊さんが大勢集まっていたが、何事じゃったんかね―」
「二郎べえ、知らんかのー今お城じゃ第一皇子様と第二皇子様の中が悪ぅてのー二つに分かれ取る。と言う話じゃーそうだ。噂じゃ皇王様の病が重くなった。そうじゃー」
「それにしても親が病気だと言うのに、たとえ腹違いとは、いえ兄弟でねえか、仲よう出来んもんかのー」
「それがのー三郎べえ皇子様の後ろにゃー右大臣様・左大臣様が後ろだてで頑張っている。そうだ」
「大臣様が、喧嘩すりゃ大事にならにゃーええがのー上がガタガタすると下までこたえるでなー」
「それにしても大臣様も大臣様じゃ皇王様が病気の時にゴタゴタして」
「そりゃなー三郎べえ、大臣達が皇王様のお金を狙っていると言う話だべぇ」
「皇王様は、そんなにお金をもっているのかいなー」
「そりゃあ噂では、金貨の半分は、皇王様がお持ちだ、そうだ」
「そんな沢山のお金どうするんだ。持って行ける訳でもなし」
「だから、大臣様達が目の色を変えて捜している。と言う話だそうだ」
「捜すってお金だから、蔵に大事に仕舞いこんでいるんでないかのー」
「ところが皇王様は、お金を隠されているそうだ」
「そんな事する、から争いの種になるでねえか」
「だから皇子達が喧嘩することになる。皇王様も考えなかったものだ」
「そう言えば、昨日は、西の広場に兵隊さんが沢山いたのー」
「二郎べえ、そりゃ本当か、それじゃー東と西に別れて兵隊が集まって居たのか、何事も無けりゃええがのー」
この老人達の側で休憩していた。飛脚屋の小僧が、老人達の話を聞き、お店に帰り番頭に
「番頭さん、只今帰りました」
「お帰り、先様のご用は、受け取って来ただろうね」
「はいここに、番頭さんお聞きして宜しいか」
「なんだね」
「先程お城の前で聞いたのですが、兵隊さんが東西に別れて集まって居て大事が起きるって言っていましたけど何が起きるんですか」
「お前その話を何処で聞いて来たのだい」
「お城の前で大勢で話をしていました」
「うーん兵隊が東西に別れて対峙している。と言う事は、戦でも始めるつもりかな」
この小僧と番頭の話を聞いていた飛脚の連中が
「都で兵隊が東西に別れ、今にも戦が、はじまるかも知れない」
と言う話を宿場・宿場で話した。その話に、尾ひれが付きながら国中に広がった。こうなると単なる老人達の日常会話が噂として、口と言う足、否、羽を持ち会話と別の方向に広がり出した、のである。
僕達は、いよいよ明日都に着くと言う田町の宿で僕達は、それぞれの尋ね先を話合った。
「関さん、いよいよ明日は、都入りしますが、蛍さんと僕は、賦役所に行って、蛍さんのお父さんとお母さんが何処で仕事をしているのか聞いて、会いに行きますが貴方達は、どうします」
「俺は、この鈴の父親に会いにいくつもりだが」
と言って関は、言葉を濁した。僕は何か事情があるのだろう、とそれ以上は、聞かなかった。全員が居る中で僕は、関に
「ねえ関さん、このまま都に入ったらバラバラに成るのも、心が残ります、どうです都で宿を決めて居て、五日後に、もう一度合いませんか」
「うん、それは、名案だ。俺も明日で別れるのは、未練が残るからな―」
僕は、捨吉の方を振り向くと捨吉は、話に加われず手持ちぶさた、の様子でしょんぼりしていた。
「と言う事だ。捨吉君、君はどうする。僕達と行くか、それとも関さん達と行くか」
すると捨吉は、顔を輝かせて
「僕、僕は、何も目的は、無いから、おっさんに附いて行くよ」
「そうか、関さんそれで宜しいか」
「ああ、俺の方は、問題無い。だが君達が尋ねようとしている賦役所か、そこ、この情勢で開いて居るかね」
「僕もそれを心配していますが、彼女がね」
「まあ魔法屋さんが付いて居れば何とかするだろう」
と他人事の様に言う
「でも本当に戦が始まるのでしょうか」
「俺は、しないと踏んでいる。訳は、するのなら、もうとっくに始まっている。今まで始めて居ないのは、どちらにも戦う気は、ないが、体面上だろう、と思っている」
「迷惑な話ですね。誰も仲裁に入らないのですか」
「そうだなーそんな参謀家が居ないんだろう」
「そうすると皇城を挟んで東西の睨みあいは、当分続くと言う事ですね」
「俺は、そう思うなー」
「都に住む者も大変ですね」
「でも俺が、番頭に情勢を聞くと、一時都から非難した者も、最近は、又都に帰還しだした。そうだ」
「どうしてでしょう」
「民衆は、敏感なものさ、戦は口先だけで、どちらも戦を始めるつもりは無い。ってね」
「そうですね戦なんて無駄な事ですものね」
「そう言う事だ。明日は、いよいよ都入りだ。さあ皆もう寝よう・寝よう」
翌日僕達は、都へと足を向けた。街道を行き来する者も多くなり、とても戦が始まる様な雰囲気は、無く街道を旅する者も、穏やかである。僕達は、途中休憩しお昼過ぎに都の皇城に続く大路に着いた。