道連れ
僕達は、老人に別れを告げた後又都へと歩き出した。道は緩い下り道で少し歩くと周りは、森が少なく田畑が広がり昨日の荒れた天気と打って変わって、夏の強い日差しが照りつける。
「蛍さん、あの木の下で休んで行こうよ」
「ええ、いいわ、でも良かった正夫さんが元気になって」
僕達は、木の下に腰を降ろした。
「僕が、どうして、僕は、元気だよ蛍さん、どうして僕が元気で無いと思ったの」
「だって正夫さんは、久町を過ぎた頃から、何時も考え事をしたり、ため息ばかり、ついていたのに今日の正夫さんは、はつらつとして心が弾んでいるんだもん」
「本当に、僕が」
「そうよ私が話かけても、うわの空、ひどい時は、無視するんですもの」
「御免・御免よ、君に心配かけて」
「うぅんいいの、今日の正夫さんは、明るいから」
僕は、彼女がいつも僕を見て居る事に驚くと共に心が熱くなった。
僕は、この子の為にも頑張らなければ、と思った。
「蛍さん、今日の僕は、そんなに明るいの」
「そうよ昨日までの正夫さんは、ひどく落ち込んで居たわ、何か悩みでもあったの」
僕は、彼女に指摘され、ハッと気がついた。今の僕には、拳銃と言う武器がある。少なくとも彼女を守る為の力の一つを手に入れたからだ、今までの不安と悩みの一つが解消されたのかも知れない。
「うーん悩みが無いとは、言わないけど、考え事は、この世界に来た時からずーとだよ、僕は、今までこんなに考える事は、無かったと思うよ」
「そうでしょうね、自分の居場所が判らなくて首をつる人も居たぐらいですもの」
「本当だよ、あの老人の話を聞いて居て、あっ僕の事だと思ったもの」
「ほんとね、もし私だったら、同じ事をしたかも知れないわ、正夫さんて強いのね、あのお爺さんも私に言っていたわ。あの若者は、お医者様か、お陰で少し痛いが足の指先を動かせる事が出来る。十日もすれば歩けるかもしれんって、都から帰る時は、必ず寄る様にと言っていたわ」
「僕は、医者ではないけどね」
「でも私だったら何も出来ないもの、正夫さんに付いて来て貰って良かった」
「じゃそろそろ行きましょうか」
と言って僕達は、また夏の日差しの中を都へと歩き出した。街道の辺りは、森が無くなり田畑が広がっている。僕は、その畑の中に
「ねぇ蛍さん、あれ・あれ牛でしょ」
「そうよ牛よ、正夫さん珍しいの」
「だって僕、こちらに来て、牛を初めて見たもの」
「牛だって馬だって居るわよ、おかしな人ね」
「そうか、居ても可笑しくないか元々一つの世界を二つに分けたのだから、在る意味どこかで繋がって居るんだろうな」
「私には、分らないわ、そんな難しい事は」
「そうだね、僕にも分らないや」
「あら正夫さん、あそこにお店があるわ、休んで行きましょう」
僕達は、少し休憩した後、又歩き出した。次は、路町で街道が複数交差する。交通の要所である。それだけに旅をする者も多く町は、騒然としていた。
僕達は、宿を探したが、どこも満室である。しかたないので、少し町はずれの小さな宿を捜し宿泊する事にした。
僕は都の情勢を聞くには、町の中の宿を取りたかったが仕方ない。夕食を済ませた時に宿の主人が来て
「お客様、お願いがありますが」
「何でしょう」
「ご存知でございますが、本日は大変混雑しています。御迷惑ですが相部屋をお願い出来ませんか」
「えっ相部屋を、どうする蛍さん」
「そうねえ、ご主人どんなかたなの」
「男の方は、剣士様で、女の方は、こちら様より少し幼い、二名様です。こちら様が不承知でしたら御断りしますが」
「断ったら」
「まぁ仕方ないですね、野宿でもして頂かないと、今の季節ですから野宿も風流かも知れませんが」
とまるで僕達の責任だ、と脅すように言う、僕と彼女は、顔を見合わせた。
「ねぇ正夫さん私は、相部屋でもいいわ、野宿なんて可哀想よ」
「君が良いのなら僕は、構わないけど」
「ご主人私達は、よろしいから泊めたげて」
「有難う御座います。では早速ご案内いたします」
そう言って出て行くと間もなくお客を案内してきた。
先に入ってきた女の子は、蛍さんより少し小柄で幼い様に見えた。その後に入って来た男は、歳は三十歳前後で身長は、僕より少し高くがっちりした体格で腰には、大きな剣を差していた。
「では、お客様よろしくお願いします」
と宿の主人は、そう挨拶すると部屋を出て行った。僕は、男に声をかけた
「どうぞ、こちらに掛けて下さい」
「有難う、このたび無理を承知頂きお礼を申し上げる。鈴さんからもお礼を言って下さい」
鈴と呼ばれた少女は、ピョコンと頭を下げた。
「あなた、こちらに来て座ったら」
と蛍さんが少女に声を掛けると少女は、蛍さんの側に行き、座ると
「お姉様達どこまで行くの」
「私、蛍と言うの貴方わ」
「御免なさい、私は鈴と言います」
「私達は、都まで行くのよ、貴方達はどこまで行くの」
「あら偶然私も都に行くの、彼は私の師範兼護衛の関超量と言うのよ、お姉様の連れは、彼氏なの」
「あら期待に添えず残念、彼は平田・正夫と言うのよ」
「えっ彼氏でないの、お似会いなのに」
「そうねぇ」
と言って蛍は、寂しそうな顔をして僕の方を見た。その憂いに満ちた横顔を見た鈴は、何も言えなかった。
「僕は、平田・正夫と言います、貴方は」
「俺は、関・超量、あの鈴と言う娘の屋敷に食客兼用心棒をしている」
「鈴さんは、何しに都へ」
「あの鈴の親父様に合いに行くのさ、俺が世話になっている屋敷の老主人に頼まれて都に居る鈴の親父様の所に送り届けるのが役目さ」
「大変ですね」
「君達は」
「僕達も、彼女の両親が都に居るので合いに行きます、僕は、その付き添いです」
「君、見た所、付き添いなのに、今都の状況を知って居るんだろう、それなのに君は、武器を持たずにいくつもりか」
「そうですねー武器は、必要ですね」
「当たり前だろう、武器を持たずにどうして身を守るつもりだ。剣を持てとは言わないけど、せめて短剣ぐらいは、持っていた方が良いよ」
今の僕には、最強の武器を手にしているが、まさかそれを見せる訳にもいかない。彼には曖昧な返事をした
「もう遅いですから休みますか、明日が早いから」
両側に女子が中に男子が就寝した。
次の朝、食事を済ませると、関が僕に
「君、これから町の武器店に寄って行かないか」
「うーん蛍さん、どうしょう」
「私、武器を持つのは、前にも言ったけど嫌よ」
「関さん、聞いての通りだ僕は、遠慮しますよ」
「そうか、残念だが仕方が無いか。まあ道の側だから店によって見ようぜ」
僕達は、路町の中心にある武器店に入った。僕は、店を見て回ると、ある一つの品に目が止まった。皮で作られ腰紐のついた小物入れだ、これに拳銃を入れると、籠に保管するより武器を身につけ持ち歩くことが出来る。
僕は、その入れ物を交換券で購入し籠に入れた。僕達は、店を出ると都へと歩き出した。
「な―平山くん」
僕は、吃驚して関の顔を振り返り見ると、関は、ニコニコしながら
「君は、とうとう武器を手に入れなかったね」
「はい僕には、武器を使いこなす事が出来ないから」
「そう言うと思って君に合う武器を持って来たよ」
と言って背丈より少し長めの棒と短剣を僕に差し出した。
「これは、どうしたの」
「別に大した物じゃない。けど受け取ってくれ昨夜のお礼だ。これは短剣にも槍にもなる、君にも使いこなせると思うよ、これから先は、必要な物だと思う」
僕は、思わず彼女の顔を見ると、彼女は、仕方ないと言う様に肩をすくめた。
「有難う、遠慮なく頂きます」
僕は、腰に短剣を付け先程購入した皮の入れ物も付けたが拳銃は、その場では、入れなかった。僕は棒を持つと片手で振り回すと、関が
「君は、すごい力持ちだね、これなら剣の方が良かったかな」
「でも僕、剣は持った事は在りませんから」
「ではこれを持ってみてごらん」
と腰の剣を抜き僕に渡してくれた。もろ刃の直刀でずっしり重いが振り回してみると意外に軽い感じがした。僕は剣を関に返すと
「僕には、使えそうに在りません、こちらの方が似会っています。有難く、頂戴します」
「君、武道を修業しないか、君の素質なら立派な剣士になれるのにもったいないな―」
僕は、苦笑いをしながら籠を背負うと
「さあ、行きましょうか」
路町を出ると川沿いに街道が続く、旅をする者も多く時折牛が引いている荷車やお客を大勢乗せた馬車などに合う事もある。川幅も広く心地よい川風が吹き抜ける。
街道を歩いて行くと前方に大きな橋が見えて来た。橋の上を一台の乗り合い馬車が渡っていた。
僕達が橋に近ずいた時、車を引いていた馬が何に驚いたのか突然暴走し橋の欄干に車が激突した。
その衝撃で小さな子供が川に投げ出された。それを見て居た関は、土手を飛び降りるとすぐさま剣と服をぬぐなり川に飛込んだ。
さすがに、剣士と自負するだけあって、その身体能力は、恐るべきものがある。子供が沈んだ箇所まで泳ぎ着くと潜って子供をだきながら岸に上がってきた。
関は子供を抱きながら
「だめだ、この女の子は、もう息も、していないし心臓も止まっている」
僕は、関の抱いている女の子を
「かせ僕がやる」
とひったくると女の子の足を持ち上げ背中を二三回強くたたくと草むらに寝かせ心臓マッサージをしだした。
これは僕達が夏休み前、学校で習ったもので、まさか異世界に来て実行するとは、思わなかった。
事故を起こした馬車から三・四人かけよって来て
「お嬢様・お嬢様」
「お嬢様大丈夫ですか」
僕は、その者達に
「離れてこちらに来ないで」
と大声で叫ぶと、遠巻きに立ち止まった。
街道にも群衆が立ち止まって
「何かありましたか」
「女の子が川に落ち死んだそうですよ」
「あの若者は、何をしているんです」
「さぁーあの剣士様は、もう死んでいるって言っていますがね―」
と勝手な事を言って騒いでいる。僕が一生懸命マッサージと人工呼吸を繰り返ししていると、服を着た、関が
「おい、よせ・よせ、その子はダメだ死んでいるから、もうよせよ」
僕は、思わず大声で
「うるさい、だまれ、気が散る」
と怒鳴ると、そこに集まり遠巻きにしていた全員が沈黙した。
しばらくすると女の子の心臓と呼吸がもどり、息を吹き返し大声で泣き出した。
僕はもう大丈夫だと思ったから女の子に付き添っていた乳母と従者に引き渡した。
「もう、大丈夫だと思うけど、お医者様には、診て貰いなさい」
「有難うございます貴方様は、お嬢様の恩人です、どうかお名前を」
僕は、それには答えずに、四名は、その場を立ち去った。昼近くに街道の側に、お茶屋が見えた。僕は、彼女に
「蛍さん、あそこでお昼にしない。貴方達は、どうします」
僕が関に、声を掛けると
「鈴さん、俺達もお昼にしよう」
僕達四名は、茶屋で休憩した。縁台でお茶を飲んで居ると関が
「平田くん、君どこで、あんな技を身に付けたのだ」
僕は、関の言葉が理解出来ずに
「何の事ですか」
「惚けちゃ、いけないよ、俺は今まで魔法とか祈祷や呪術のたぐいは、迷いや悩みを持つ者を、たぶらかし、その者の心を操り金品を搾取する様なものだ。と思っていたが、君があの女の子を生き返らした事、自体が分らないのだ、何故死者が生き返るのか」
「あの女の子は、死んでいなかっただけだよ」
「嘘だ、俺が抱き上げた時には、息も呼吸もしていなかった。女の子は、死んでいた。それを君は、生き返らした。君は、魔法使いだ」
「あの子は、仮死状態だった、だけだよ」
「仮死状態ってなんだ、そんな話聞いた事ないぞ、蛍さん、貴方は、平田君を良く知って居るんだろう」
「私も良く知らないわ、だって正夫さんは、時々分けの分らない事を言うけど、あれひょっとして呪文だったの」
と笑顔で言う
「もーう蛍さんまで、それはないよ」
僕は、彼らの問い詰めに沈黙した。僕が居た世界では、常識でも世界が変わると理解不能になる。
今僕は、常識が常識で無い世界に居る事を痛感した。
「これからは、君の事を魔法使いと呼ぼう」
と関が冗談の様に言うと、女性達もニコニコしながら頷いた。此の事があって以後、僕は、魔法使いと呼ばれる様に成る。
僕達が食事を済ませ歓談して居る時僕は、手拭いを取出す為後ろの籠を取ろうとしたが籠が無い。あっと思って後ろを振り返り、思わず
「籠が無い。盗られた」
と大声を出すと、蛍さんが
「正夫さん、あれ・あれ、貴方の籠でしょ」
と道の先を指差す。そこには、僕の籠を背負った少年が何事も無かった様に向こうに歩いて行く、僕は、すぐ追いかけ追いつくと
「おい君この籠は、僕のだぞ」
と後ろから籠を持つと、思いもかけず少年が
「泥棒だ。僕の籠を盗るなー」
と大声で叫んだ。僕が一瞬躊躇すると、少年は、しめた。とばかりに、再度大声で
「泥棒だ、泥棒だ―」
とわめきあげる。街道を行き来する者も多く、何の騒ぎか、と足を止める者も出て来た。僕は、少年が背負っている籠を押さえ
「この籠は、先程あの茶屋で盗まれた。僕の籠だ」
と言うと少年は、更に大声で
「僕が背負っているから僕のだよ」
僕と少年が言い争いをしていると、彼女達が追いつき、関が少年に
「お前、素直に返した方がいいぞ、この男は、魔法使いだぞ、悪くすると呪いを掛けられるぞ」
「おっさん、そんなおためごかしを言っても信じないよ。魔法なんて言うのは、嘘っぱちだろ、見たとこ剣士見たい、だけど魔法を信じて居る剣士なんて聞いた事無いよ」
「俺だって先程まで信じて居なかったさ、けど目の前で死者を生き返るのを見ると、信ずる気にもなるさ」
「おっさん、阿呆やないか死んだ者が生き返る事があるものか」
「坊主も、そう思うだろう、俺も昨日まではそうだった。ところが昼前に死んでいる子を、この魔法使いが生き返らしたのさ、俺が言うんだから間違いないぜ」
「おっさん、それを見たのかい。信用出来ないぜ」
「見たんじゃない。俺がその子を救い上げたからな―」
「ほんまかー」
「嘘を言ってどうする。おまえも程々にしないと呪いを掛けられてからでは、遅いぞまぁー俺には、関係ないがなー」
僕は、関と少年のやり取りを聞いて居て、悪戯心が湧いて来て。少年に
「君は、その籠が、自分の物だと言い張るが、その籠には、人間の呪いが掛っている品物が入っているんだよ」
「嘘をつけ人間なんて居るものか」
「本当だよ、君も知って居るだろう。この向こうの峠に立っている御堂は、人間が出て村の者が五名切り殺されたんだろう」
「何言ってんだ。あれはもう、何百年前の伝説さ」
「所が違うんだね、つい四十年程前の話さ」
「嘘をつくな、そんな話は、聞いた事などないぜ」
「僕は、人間に合った老人に人間の呪いの掛った品物を預かって来たのさ、その品物は、風呂敷に包んで籠の底に入れて居るのさ」
それを聞いた少年は、少し顔を青ざめ背中の籠を降ろした。僕は、少年や周りに居る群衆に、わざと大きな声で
「これから君に、この籠は、僕の物だと証明するから良く見て置くんだよ」
と言って籠の中を捜した。僕は風呂敷包みを取り出し拳銃がある事を確認するとホットした。
そして手帳を取り出すと中に在る写真を手に持ち、それを少年の目の前に
「ほらこれが、人間さ、よく見るんだよ」
と見せると、少年は、怯えたように飛び下がると尻持ちをついた。周りに居た者も一瞬ギョッとした様に後すだりをした。
「これが四十年前に、あの御道で死んだ人間だよ、そんな呪いの掛った代物をまだ自分の物だ。と言い張るかい」
すると少年は、身ぶるいしながら無言で激しく首を振った。
「じゃーこれは、僕のだから貰って行くね」
僕は、籠を背負うと、
「蛍さんお待たせ、行きましょうか」
と都へと歩き出した。しばらく僕達一行が歩いて居ると、蛍さんが
「ねぇ、正夫さん、先程の少年が付いて来ているわ、どういうつもりかしら」
「ほおっておこうよ、もう僕達には、関係ないさ」
「そうね、でも何故付いて来るのか、気になるわ」
「気にしない、気にしない、僕達が声を掛けるのを待って居るのさ」
「そうかしら」
僕達は、都への道を急ぐ事にした。
奇妙な同行者が一名増えて