魔辻
僕は、平田正夫小学六年生,僕は一人っ子です。僕はクラスの中で一番背が高く体重も一番です。
つまりデブで大男です、動きが遅くノロノロするので友達から、牛ちゃんと時々からかわれます。僕の家は、山方町の町はずれの山寄せに在り、小学校の近くの集落にお爺ちゃんの、お家が有り僕は、学校帰りに時々お爺ちゃん宅に寄り道します。
僕は、七月初めの金曜日にお爺ちゃんの家に寄り道しそのまま土曜日の夕方まで過ごしましたが夕方になって僕は、大事な用事を忘れて居たのです。
「お婆ちゃん、僕お家に帰るね」
「正夫ちゃん、もうすぐ日が落ち暗くなるから、今日は、泊まって明日にしたら」
「大丈夫だよ、暗くっても僕、頭は、悪いけど眼は良いから、それに今日は十五夜だよ」
「正夫ちゃんは、頭は悪い事ないのよ、ただね人よりゆっくり考えるだけ、その分正夫ちゃんは、優しいのよ」
「へへへへ、じゃ婆ちゃん僕、帰るね」
「大丈夫かい、気を付けて帰るんだよ」
「うん、又来るね」
僕は、お婆ちゃんの家を出て、落日した夕暮れの道を歩き出した。少し歩くと村はずれに在る、地神様の前まで来た。
道は、地神様の前で東西南北に交差しており、お爺ちゃんは、
「あそこは魔辻と言ってな、人の道と魔物の道が交わる所だ、人と魔物が魔辻で何かの拍子に交われば、どちらかの世界に迷い込む事になる。だからその様な事が起きない様に地神様と御神燈が建立されているんだよ」
と僕に教えてくれた事があるが、僕のお家は、その道を真っ直ぐ行った先の集落に在り必ず地神様の前を通らなければならない。
地神様の前まで来た時、僕は、一匹の蛍と交差した。僕は
「あっ、蛍」
と横を向いたその瞬間何かとぶつかった。その時左足を横に一歩ふみだした。
「痛い」
かぼそい声で悲鳴が聞こえる僕は、辺りを見回すと周りは、見た事の無い風景が夕闇の中に広がっている。
「あれ、ここ何処た、こんな所に川があったかなー」
と回りを見て、キョロキョロしていると、下の方から
「痛い・痛い」
とか細い声が聞こえる、僕は土手の下を覗き込むと薄闇の中に白い足が見えた。僕は、後ろ向きになると草を頼りに土手の下に降りて行った。
下に降りると、そこに着物を着た。少女が上半身を起こし片手で足をさすっていた。僕は、手を付きながら少女の足元から、
「君、大丈夫、けがしていない」
と声を掛けた。少女は、僕の顔を見つめると、ハッとして怯えた様な顔をすると、両手を使って後すだりをしだした。僕は、訳が分からず、よつばいのまま少女ににじり寄ると
「どうしたの、足けがをしているのでしょ」
と声を掛けると
「お願い、殺さないで」
「エッそれどういう意味、誰が君を殺すの」
すると少女は、僕をまじまじと見つめると
「だって、貴方人間でしょ」
とおかしな事を言う、僕は訳が分らず黙って少女を見つめた。二人は、暫く見つめ合った。二人の間に長い様な短い様な時が流れた。
二人が見つめ合っていると少女の顔から怯えの表情が消え代わりに摩訶不思議な物を見る様な眼に成り
「貴方人間ね、人間でしょ」
「そうだよ僕は、人間だよ、君だって人間じゃないか」
「違う、違うわ私人間なんかじゃーないわ」
とおかしな事を言う、僕は
「可哀想に、この子下に落ちた時頭でも打ったのかな」
と思い
「君ねー誰が見ても君は、人間の少女で、とても犬や猫には、見えないよ」
「違うわ、私犬や猫共違うけど人間とも違うわ」
「じゃー君は、何者だい」
「私は、真族の娘よ」
「エッ真族、そんなの聞いた事無いよ、君は、どう見ても人間だけど」
「貴方真族を知らないの、お爺さんかお婆さんから教わらなかったの、不思議ねー」
話をしている内に薄闇は、段々とその濃さを増してゆく、僕は少女に
「話もだけど、君足大丈夫」
少女は、声掛けられてハッと気付いた様に、足を曲げて立とうとしたが、顔をしかめて立てなかった。
「痛いの、立てないか、弱ったな―」
僕は、草むらに、しゃがんで少女に背を向け
「おぶってあげるから、背中に乗りなよ」
少女は、びっくりした様に綺麗な目を見開らき
「でも・でも私でも」
「何を、でもでも言ってるの、暗く成らない内に上の道まで上がらないと、だめでしょ」
僕は、しゃがんで背を向けたまま後ろを振り向き手を差し伸べ
「ほら、早く手を伸ばして」
すると少女は、恐る恐る手を伸ばした。僕は、其の手をぎゅぅと握り締めると背中に向けて引っぱった。すると少女は
「あー」
と声にならない様な声を出し僕の背中に倒れかかった。僕は背中に少女の重みを感じたがその重さは,異様に軽かった。
「君軽いんだね、背中に乗ったら、僕の首に手を回してしっかりつかんでね」
少女は僕の首にその細くて白い綺麗な手を回した。僕は、両手を後ろ手で少女の太ももを持ち
「よいしょ」
と声を掛けながら背中に背負い立ちあがった。
「大丈夫、痛くない」
と尋ねると、背中に顔を付けて頷いた。
「良いかい、上に上がるからしっかり掴まっててね」
僕は、少女を背負うと草を引っ張りながら土手を上がって行った。道に上がると
「君のお家は、どこなの」
と尋ねると、か細い声で
「此の先なの」
「じゃー此方に行けばいいんだね」
僕は、両手を後ろに回し少女を背負い直すと歩きだした。少し歩いた頃
「重いでしょ、御免なさい」
「謝る事は無いけど、此処何処なの僕来た事無いよ」
辺りは、十五夜の月明かりで薄水色に染められ土手の道だけがまっすぐ伸びている。僕は
「おかしいなーお家が一軒もないやー」
声を出して、独り言の様に言うと、背中でクスと笑う様な声がした。
「君、ここどこなの」
「笑って御免なさい。ここは、貴方の居た世界とは、別の世界よ、貴方は、間違って私達の世界に来たの」
「君は、別世界と言うけれど僕は、今までそんな話聞いた事無いよ、別世界ってアニメとか小説の世界なら知っているけど」
「貴方、真族の話誰からも聞いていない」
「うん聞いていないよ、君から初めて聞いただけさ」
少女は、呆れたように
「マァー」
と声を出し頭を上げた。僕はバランスを崩さない様に少女の柔らかい太ももを持ち上げた。女の子を背負うなんて初めてだし間違いなく柔らかくて暖かい女の子の足だ。と思った。僕は少女に
「まだ君の名前を聞いてないね、僕平田正夫と言うんだ。君は」
「私、私蛍です」
「へー蛍さんて言うんだ。何年生なの」
「何年生て」
「学年だよ、学年」
「学年て何なの」
「君学校に行った事無いの」
「学校てなーに」
此の時初めて僕は、この少女が言っていた。別の世界に来た事を自覚したのだ。僕は、彼女を背負ったまま黙って歩いた。背中に彼女の温かみと重さを感じながら
「女の子に年齢を聞くのは、失礼だけど君、歳いくつ」
「私、私十二歳よ」
「じゃー僕と同級生だ。ねぇー蛍さん一つ教えて、僕が居た世界に、どうすれば帰れるの」
「御免なさい、私も知らないの」
「誰か知っている人居ないの」
「私達人ではないけど、私の、お婆様なら知っているかも知れないわ」
「そう、所で君の家まだ遠いいの」
「もう少し、此の先を曲がったら見え出すわ」
「君んち、寂しい所に在るんだね家が一軒も無いや」
「私達の世界は、こんなものよ真族は、数が少ないの」
「少ないって、蛍さんにもお父さんやお母さんが居るんでしょ、お婆さんが居るぐらいだから」
「父様と母様は今都に上がっているの」
「エッ子供を置いて」
「そう真族のおきてなの、三年間は、賦役として都に行くの、だから今は、お婆様と二人だけよ」
僕は、もう何が何だか分からなくなり、彼女に問いただす事も考える事も止めた。道を曲がると又細い道が真っ直ぐ続く、その先に小さな明かりが見えた。
「君んち、あそこなの」
「そう後少しよ」
と言いながら僕の背中に横顔を着けた。背中を通して彼女と僕のぬくもりが混じり合う、僕は背中の彼女が溶けて僕の身体に入って行く様な錯覚を覚え背中の重みも感じない。僕はまるで一人で後ろに手を組んで歩いている様に思えた。
それなのに、僕の手や腕には彼女の足やお尻の感触はある。僕は、その不思議な感触を感じながら黙って黙々と歩いた。
蛍の家の前に来て、僕は吃驚した。
「ここが君の家、お爺ちゃんがよく見て居る時代劇にでてくる家みたいだね、それにしても暗いね電気付けないの」
「ここが私の家だけど、電気ってなーに」
「エッ君、電気を知らないの」
「貴方の言っている事分らない事が多いいわ」
僕は、僕と彼女の間には、生まれ育った環境や習得した知識の違いが大きいのだと思った。彼女を背負ったまま玄関の前で
「こんばんは、だれかいませんか」
と大きな声で呼ぶと、薄暗い障子の戸の向こうで
「誰じゃな、入って来なされ」
「失礼します、入りますよ」
と声をかけ、戸を開けて入ると、土間の奥に格子の木戸があり、その奥に明かりが有る、僕は彼女を背負ったまま木戸を開けると、そこには、一人の老婆が囲炉裏の前に居て、僕をまじまじと見つめると
「場違いの者が来たもんだ。お前様、何か用かな、おや背中のは、蛍かえ」
そう呼ばれた彼女は、僕の背中に隠れるようにして
「はい、お婆様」
と消え入る様な声で返事をした。その様子をじっーと見て居た老婆は、一瞬険しい顔をすると彼女に
「お前、許したのかえ」
すると蛍は
「はい」
と消え入る様な声で返事をすると、一瞬険しい表情を見せた老婆が元の優しい表情にもどり
「仕方ないのー、こればかりは、そんな所にいないで、こちらにおいで」
と僕を手招きする。僕は彼女を背負ったまま上がりかばちの前に行き彼女を降ろすと老婆に
「足を痛めているので、家まで送って来ました。僕これで帰りますので」
挨拶をして帰ろうとすると、老婆が
「お前様、いずこえ帰るつもりだえ、もうお前様の帰る道は無いぞえ」
「どうして帰れないの、僕が帰らないと父も母も心配しますから」
「なんと言われても無理な事は、無理だ、まーこちらに来て座りなされ」
僕は、しぶしぶ上がり蛍の横に座った。老婆は彼女の足をひときり、さすっていたが戸棚の引き出しから白い粉と少しの木の実を取り出すと丼の様な器に入れ水を加えて練りそれを彼女の足に塗り出した。僕は、初めて見る治療方法に思わず
「こんなの塗って大丈夫なの、お医者様に見てもらわなくてもいいの」
すると老婆は僕を見て笑顔を見せると
「大丈夫だよ、この木の実は、よく効くでのー明日は無理でも二・三日すれば良くなるぞえ、それに此の辺りには、医者は居ないぞえ」
「医者がいなくて、お婆さん病気になった時は、どうするの」
「アハハハ病気になったら、寝て居れば治る。治らないと死ぬ定めだよ、それは病気で死ぬんじゃないその者の持つ寿命が来ただけじゃよ」
この老婆の言う事は、僕には理解出来なかった。僕は、とんでも無い世界に紛れ込んだ。ひょっとして、ここは地球では、無いのかも知れないのだと思った
僕が黙って考えこんで居ると彼女が
「貴方お腹すいていない」
「うんすこし」
「お婆様いいでしょ、この人も帰る所もないのだから」
「しかたないじゃろ、お前も許したのじゃからのー」
僕は二人の会話を聞いていたが、帰る所が無いとかお前が許した。とかその意味が理解出来なかった。
老婆は、戸棚から三人分の茶碗と箸を取り出すと囲炉裏にかけて居た鍋から熱々の雑炊を入れ、僕の前に差し出し
「口に合うかどうか、口を火傷せん様に喰ってみろ」
「ありがとう、お婆さん僕まだ挨拶をしていませんでした。僕平田正夫といいます。食事頂きます」
僕は、お婆様に挨拶と礼をいいながら口にした、お昼に軽い食事をしただけだし、まして軽いとはいえ少女を背負って相当歩いてすいたお腹に熱い雑炊は、おいしかった。
食事が済むと、する事が無い。僕は、囲炉裏端で小さく燃えている火を見つめながら、考え込んでいた。なぜ僕は、ここに来たのだろう。ここは一体どこだろう。いくら考えても答えは出ない。そうかと言って少女や老婆に聞くのも怖い。僕の考えて居る事を肯定されたらと考えると恐ろしくて聞く気になれなかった。
食事の後片付けを済ませた老婆が僕に
「お前様いくら思案しても答えは、出ないぞえ、今日はここに泊まって明日ゆっくり考えなされ、と言っても運命は、変える事が出来ないぞえ、そのまま受け入れるしかないものだて」
「お婆さん、僕本当に帰れないの」
「当分はのー、道が開かにゃーどうにもならん事じゃて」
「道は、何時開くの」
「道は、お前様がこの世界に来た。一年後の同じ時刻に開くと聞いている。わしも昔からの伝承を言っているだけじゃ、本当に開くかどうか」
「そんな、開かなかったら僕どうなるの」
「さぁーこればかりは、婆にも分らん、まぁーその時は、あきらめてもらうしかないのう」
「僕もう帰れない事」
「そうじゃーあきらめてこの世界で生きてゆくしかないのぅー」
「・・・・・・」
「まぁ、今夜一晩寝て明日ゆっくり考えるとして、お前様こちらに来て手伝ってくだされ、何時もは、蛍がしてくれるのじゃが何分あの足ではのぅ」
と僕を手招き奥の部屋に連れて行き
「その押し入れから布団を三組敷いてくだされ」
「エッ三組ですか、もしかして三人で寝るんですか」
「まぁ三人とは、いえんけど、この部屋しか寝る所がないからのー」
「僕が蛍さんと一つの部屋で寝るんですか」
「そうじゃ、わしも一緒じゃ、何か問題があるかのー」
「いえ別に、僕女の子と一つの部屋て゜寝るのは、初めてだから」
「まさか、お前様淫らな心が、湧いたわけじゃー」
僕は、老婆に指摘され、すぐ否定したが顔が熱くなるのを覚えた。布団を敷き終わると老婆は、
「もうひと働きじゃ、台所から蛍をおたのみしますよ」
「エッ僕が」
「あたりまえじゃろ、ここにはお前様しかおらんじゃろ、それともこの婆に蛍を運べと」
「でもどうやって」
「抱いて来るなり、背負ってくるなりお前様の良い方でええじゃろが、な」
僕は、囲炉裏端にいる彼女に
「これから君を奥に運ぶのだけど、その足だと抱いた方がいいのかなー蛍さんさえよかったら」
「私は、良いわ」
「じゃー抱きますから、僕の首に手を回してくれる」
蛍は、両手を僕の首に回し首元に顔を押し付けた。僕は、彼女の身体と両足に手を回し抱き上げ奥の布団に寝かせた。
三組の布団に、婆様を真ん中に川の字に就寝する事になった。一つの部屋にたとえ婆様と一緒とはいえ女の子と一つの部屋で眠るのは、初めてである。僕は布団に入っても、迷いや不安の入り混じった気持ちで寝付かれなかった。寝がえりを繰り返していると
「寝れんようじゃな、無理も無い。しかし寝ないと身体にこたえるぞえ、寝れなかったら今日一日の出来事を三回思い返して御覧」
僕は、眼をつむったまま、朝起きてから寝るまでの出来事を思い出しながら、たどった。一回目・二回目・三回目を過ぎ四回目に入る、か入らないかで、僕は睡魔に襲われた。