プロローグ
カコーン、カコーン!!
日の出から間もない時間、森に薪割りの音がこだまする。
人里離れた森の奥深く、小さな小屋の横で一人の白髪の少年が身の丈ほどの斧を振っていた。
「ふぅ、こんなもんか、、、」
少年は額の汗を拭い、薪を小屋へと運んでいった。
しばらくすると、小屋の煙突からモクモクと煙が立ち上っていた。
「起きろー!! 飯の仕度ができたぞーー!!」
少年は部屋の隅に有るベッドに向かって大きな声で呼び掛けた。
ベッドの上で毛布を被った中年の男が眠っていたのだ。
「朝飯はいらねーって、いつも言ってんだろ?」
中年の男は深く毛布を被り再び寝ようとしている。
それを見かねた青年は、毛布を掴み引っ張るのだった。
「起きろよ!! 規則正しい生活をしろって、いつも俺に言ってんだろっ!?」
「人は人!! 俺は俺だ!!」
駄々をこねて2度寝しようとする中年の男。
毛布の奪い合いが始まったが、青年は呆れて渋々と毛布を手放した。
すると、その勢いで中年の男はベッドから派手に転げ落ちてしまった。
「こんな人が英雄だなんて、世も末だ、、、」
この中年の名前は『オズマ』。
かつて女神と共に魔界の軍勢と戦い、戦争を最終的に終わらせた張本人だったのだ。
そして、少年の名は『セッター』。
オズマとは血は繋がらないが、幼少の頃から共に過ごしている。
いわば、弟子である。
セッターが食事を終え、後片付けをしていると、オズマはようやく起きてきた。
『おい、スープを温め直してくれ』
『朝飯はいらないんじゃなかったの?』
『俺はそんなこと一言も言ってねー』
「はぁ」と溜め息を吐き、セッターはスープを温め直し始めた。
こんな事を毎日のように繰り返しているのである。
「じゃあ、俺はそろそろ食料の調達に行ってくるよ」
「おう」
そう言ってセッターは森へと出掛けて行った。
持ち物は、パン、釣竿、小麦を練った餌、そして腰には片手剣。
森の生き物以外にも、たまにだが魔獣も現れるからだ。
セッターが出掛けると、小屋の外に大きな黒い影が、、、。
森の奥へ進むと小さな湖が広がっている。
そこには様々な動物達が遊びに来ていた。
「やあ、今日も天気が良いね」
セッターは動物達に話し掛けた。
動物達はセッターを見慣れているせいか逃げ出す事は無かった。
餌を針に付け、湖に投げ入れると、釣竿を置き、剣を抜いた。
セッターは、魚がかかるまでの間に剣の稽古をするのが日課であった。
口には出さないが、師であるオズマを尊敬し、憧れていた。
(いつか、俺もオズマみたいに英雄になるんだ!)
黙々と剣を振るセッター。
そんな時、大きな爆発音が鳴り響いた。
木に阻まれているせいで視界は悪く、何が起きたのか分からなかった。
セッターは、何か嫌な胸騒ぎがして、すぐさま小屋へと駆け出していた。
オズマは身体中怪我をしてボロボロになり横たわっている。
「おやおや、随分と衰えたのではないですか?」
6つの翼を持つ仮面を付けた天使が、ボロボロになりオズマの首を掴み上げた。
そこに息を切らしたセッターが森から帰ってきた。
自分の中で最強だと思っていた者の、無様な姿を目の当たりにした。
「あっ、、、ああ、、、」
少年の眼差しから光が消えようとしていた。
目の当たりにしている現状を信じたくは無かった。
いや、信じれなかった。
「ほぉ、この子が例の、、、」
天使はセッターに向かって掌を向けた。
「逃げろーーーっ!! セッターーーッ!!」
オズマは必死に叫んだ。
「何でだよ!? アンタ英雄だろ? そんなヤツ、簡単に倒せるんだろ?」
今にも泣き出しそうな震えた声でセッターは言った。
「あぁ、勿論だ! こんなヤツに俺は負けたりしないっ!!」
「減らず口を、、、」
天使は、強くオズマの首を握り締めた。
オズマの声にならない声が森に響き渡る。
「オズマを離せ!!」
初めて感じる恐怖に体を震わせながら、セッターは剣を構え叫んだ。
「フッ、私に勝てるとでも?」
セッターに向けていた掌から炎の塊が放たれた。
セッターはまともに体に受け、吹き飛んだ。
その時、グッとオズマは首を絞めている天使の腕を握り睨み付けた。
「おい、、、アイツに手を出すな」
その眼光に圧倒され天使はつい、手を離してしまった。
「貴方がそこまで必死になるということは、やはりあの子はここで!」
天使は再びセッターに掌を向け炎の塊を放とうとした。
その時!!
セッターへと伸びていたその腕は、地面へと落ちていった。
「何を、、、何をしたのです!?」
天使は何が起きたのか分からなかった。
オズマは何かを手に持っている。
しかし、何もそこには見あたらなかった。
「セッターーーッ!!」
オズマが叫ぶと、意識が朦朧とした中、セッターはオズマの方へと目を向けた。
「これが英雄の戦いだ、目に焼き付けておけ」
天使は動こうにも身動きが取れなかった。
よく見ると、体中に何かが巻き付いている。
「光の鎖!?」
気付いた時には既に遅し。
オズマから黒い炎が噴き出した。
「どうしてです? 貴方が私達を裏切ってまで、あの子を守ろうする理由は!? 何故なんです!?」
天使はオズマに問う。
「アイツは、、、」
「アイツは?」
「アイツは、俺達の希望だーーーっ!!」
黒い炎を纏った拳で天使を思いっきり殴りつけた。
天使の意識は飛び、その場に倒れこんだ。
そして、オズマも倒れてしまった。
オズマが目を覚ますと、セッターは涙を浮かべ手当てをしていた。
「何情けねー顔してんだ」
セッターの幼い瞳から涙が流れ落ちた。
「だって、だって、、、」
オズマは軽く溜め息を吐いてセッターに問う。
「あのクソ天使のヤツはどうした?」
セッターが言うには、気が付いたらその場から消えていたらしい。
オズマが天使達を裏切ったということ、そして、自分の存在、、、。
色々と謎は有ったけれど、
「ったく、逃げられたか」
そうぼやくオズマを見てホッとしたのか、セッターは手当てを続けていた疲れで、その場で座りながら眠ってしまったのだった。
オズマは、そっとセッターの頭に手を当てた。
「明日から忙しくなるぞ」と。