巻之六 「千鳥神籬太刀風絵巻」
「これで貴方も、私と同じ一刀流…勝負は五分と五分です!」
「フフフ…やるねえ!佐々木小次郎の奴は鞘を捨てたために負けたが、あんたはその鞘さえも得物として活かし、この俺の左腕をもぎ取った…おまけに腹も据わってやがる!この宮本武蔵、最後の相手に相応しいぜ!」
全く闘志の衰えていない口調で私に応じ、残る右腕で了戒を構える宮本武蔵。
隻腕にされたとはいえ、相手は宮本武蔵。
その剣技は並の剣客とは比較にならない。
再び打ち合った時に、私はその事実を改めて実感した。
その刀風だけでも、尋常な相手ならば充分な脅威だ。
ナノマシンによる強化改造のされていない身体に、普通の素材で出来た服を纏っていたなら、確実に私は負傷していただろう。
それに、武蔵の剣には型がない。
剣術には幾つもの流派が存在しているが、各流派にはそれぞれ癖がある。
それらの癖から次の攻撃を予測立てる事は、ある程度は可能だ。
だが、臨機応変に変化する武蔵の剣に、予測を立てるのは簡単な事ではない。
吉岡兄弟や宍戸梅軒、そして佐々木小次郎の敗北も、宮本武蔵の柔軟な応用力に対応しきれなかった点が大きいだろう。
確かに不利ではあったが、それでもまだ、私にも勝機は残されている。
今の宮本武蔵の一刀流は、元は二刀流だった所を隻腕にされての一刀流。
両腕での一刀流とは、随分と勝手が異なるはずだ。
その最たる物が、左側の防御の手薄さだ。
何しろ左腕その物が切り飛ばされてしまったのだから、がら空きと言ってもよいだろう。
その点については武蔵も察しているのか、巧みな体捌きを駆使して私を左側に行かせまいとしている。
「そっちに行きたいよなあ…だがな、そうは問屋が卸しゃしねえぜ!」
「くっ…うっ!」
がら空きの左半身ではなく、敢えて右半身を狙おうとする私の狙いは、既に武蔵に予期されていた。
しかし、そんな武蔵が私の何処を狙うのかも、私には読めていた。
宮本武蔵は、特命遊撃士と怨霊武者との戦闘を何度となく目撃しているため、私達が身に着けている遊撃服が強固な装甲として機能している事を熟知している。
胴体や腰を狙った所で、その刃は遊撃服の強化繊維とナノマシンでたやすく弾かれてしまう。
そうなれば、自ずと標的とする部位は決まって来る。
それは、遊撃服に覆われていない素肌の露出した箇所。
例えば、先に狙われた小手と、スカートとニーハイソックスの間の絶対領域。
そして…
「うおおっ!!」
予測していた通りだ。
宮本武蔵は遊撃服に覆われていない私の頭に狙いを定めて、唐竹割りにしようと剣を振るってきた。
「くっ!」
私は咄嗟に、遊撃服の黒いセーラーカラーを立てた。
当然の事だが、この襟もまた、ナノマシンを配合した強化繊維製だ。
ヘルメットの役割を充分に果たしてくれるに違いない。
防御力をより一層高めるべく、亀のように首を丸めて縮こまらせておこう。
今年の誕生日で16歳になる高校1年生の少女が取るには、いささか不恰好なポーズだったが、この状況下で贅沢など言っていられなかった。
「何っ!?」
上の方で、宮本武蔵の驚きの声が聞こえる。
どうやら、見映えを犠牲にした事が功を奏したようだ。
黒いセーラーカラーは白刃を跳ね返し、私の頭頂部を守ってくれている。
上目遣いをした私の視線が宮本武蔵のそれと、モロにぶつかった。
その目は、驚愕の色に染まって大きく見開かれていた。
「くっ…はあっ!」
それならばと首の付け根に迫った了戒の刃を、黒塗りの鞘と遊撃服の左袖とで押し留めた私は、がら空きになった左側から宮本武蔵の心臓部を一気に突き刺した。
「おっ…!ああ…!」
「ええいっ!」
武蔵の力が緩んだ隙を突いて、私は千鳥神籬で亡者の肉をザックリと切り下げると、返した峰で強かに打ち据えた。