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巻之伍 「激突、千鳥神籬対無銘金重」

「どういうつもりだい、それは?」

「真剣での勝負でしたら、抜刀から始めなくては片手落ちと思いまして。」

 私の答えを聞いた宮本武蔵の顔に、屈託のない笑みが広がった。

「嬉しくなる答えだな。俺が最後に立ち合う相手に相応しいぜ。」

 このように応じた宮本武蔵も、先程まで構えていた無銘金重を鞘に納めた。

「最後になったが、名前を聞かせてくれないか、嬢ちゃん。いつまでも嬢ちゃん呼ばわりじゃ、様にならねえだろう?」

 成程、もっともな話だ。

「人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属特命遊撃士、淡路かおる少佐!そして我が愛刀の銘は『千鳥神籬(ちどりひもろぎ)』!お手合わせを願います、宮本武蔵殿!」

 そう叫んで軽く一礼した私を見つめる宮本武蔵は、何処となく寂しそうに、それでいて実に満足そうに笑った。

「いい名前だ…刀の銘も、あんた自身も…!よし!いざ尋常に勝負!」

 互いに向き合った私と宮本武蔵は、各々の腰に差した得物に手をかけた。

 わだかまりとか憎悪などといった余計な夾雑物を一切含有していない、純粋な殺気が凝縮していく。


 宮本武蔵は二天一流の会得者。

 腰に差した大小を同時に運用出来るという事は、手数が増える分、大いなる強みとなってくる。

 しかもその大小が、名刀として伝わる無銘金重と了戒とは。

 ましてや武蔵程の使い手だ。

 彼と相対した者は、巧みな連携の取れた2人の敵と戦っているのと、同等の危機にさらされるだろう。

 一方、私が帯刀しているのは千鳥神籬ただ一振りのみだ。

 一応の補助兵装として、特命遊撃士養成コース時代に支給された15連発式自動拳銃とトレンチナイフを、遊撃服に仕込んではいるが。

 では、耐久力はどうか。

 祝詞の浄化効果により、怨念による再生能力は、怨霊武者からは失われている。

 これは、宮本武蔵とて例外ではない。

 後は元来の耐久力に懸かっている。

 私の方はというと、サイフォースと生体強化ナノマシンで向上した身体能力は、今も快調に機能している。

 その上、ナノマシンを散布した特殊繊維製の遊撃服を着込んでいるのだから、ある程度の気休めにはなるだろう。

 戦場に身を置いている以上、用心し過ぎるという事はない。

 一見すると臆病にも思える用心深さが、戦場では何より身を助け、驕りと油断は、確実な破滅を招く。

 二天一流の開祖にして巌流島の剣聖である宮本武蔵は、確かに強敵だ。

 だが私とて、中学時代は「御幸通中学至高の剣豪」と呼ばれ、今では御子柴1B三剣聖の一角に数えられている。

 その名に恥じぬ戦いをしなくてはならない。

 そうでなくては、この異名を私に付けてくれた人々に申し訳が立たないし、三剣聖の残る二強である、枚方京花(ひらかたきょうか)少佐と手苅丘美鷺(てがりおかみさぎ)准佐にも、会わせる顔がないという物だ。


 市街地の何処かで炸裂した爆発の音が、軽く私達の周囲の空気を揺らした。

 手榴弾か、或いは軽迫撃砲から発射されたグレネード弾か。

 どちらにせよ、この爆発音が私と宮本武蔵による立会人なしの果たし合いの開始を告げる合図となった事だけは確かである。

「手加減なしに行かせて貰うぜ、かおる殿!」

「むっ!」

 宮本武蔵が腰間に差した無銘金重に手を掛けるのとほぼ同時に、私も腰に横たえた愛刀の鯉口を切った。

 鍔鳴りの音がチャキッと響き、千鳥神籬の光芒が漆塗りの黒鞘から迸った。

 千鳥神籬を右手で構えた私目掛けて、宮本武蔵の剛刀が迫り来る。

 敵の二刀流を封じなければ、仮に私が一の太刀を防いだ所で、二刀目に斬られてしまうのがオチだ。

 まずは左右どちらかの腕を頂こう。

 目には目を、歯には歯を。

 そして、二刀流には二振りの刃を。

 それでは私も、もう一振りの刃を遠慮なく振るわせて頂くとしよう。

 遊撃服の懐に差し入れた左手を、私は一閃させた。

「へっ!こんな小柄で倒せると思われたとはな…この宮本武蔵も、随分と舐められたもんだぜ!」

 先の猿飛佐助を模して私が投擲したトレンチナイフは、武蔵の無銘金重に弾かれて虚しく地に落ちた。

 だが、それでいい。

 牽制の役目を果たしてくれたのなら、それで充分だ。

 小手を狙って振るわれた無銘金重を、私は黒塗りの鞘と遊撃服に覆われた肘で食い止めると、右手で保持した千鳥神籬を切り上げた。

「む…くうっ!」

 そのまま駆け抜けた私の後ろで、武蔵の呻き声が小さく響いた。

 呻き声の理由は、すぐに分かった。

 武蔵の無銘金重が、アスファルトの路面に突き刺さっている。

 それでも彼の左腕は、決して手放すまいと柄を力強く握り締めていた。

 肘の辺りでバッサリと断たれた左腕が。

「まずは左腕…頂戴つかまつりました。ん…?」

 黒い糸のような物が数本、パラパラと風に吹かれて飛んでいく。

「うっ…!」

 それが私の毛髪だと気付いた刹那、私の右頬で熱い感触が弾けた。

 鏡代わりにした千鳥神籬の刀身で確認すると、黒い二つお下げの右側の先端が少し短くなり、右頬の辺りから血が滲んでいた。

 しかしながら、特命遊撃士養成コース編入時に投与された生体強化ナノマシンの働きで、この程度の傷はすぐに回復する。

 髪にしても、いずれは伸びてくれるだろう。

 崩れた左右のバランスを取るために、戒厳令が解除されたら直ちに美容院に行かなくてはならないが。

 左腕を頂いて二刀流を封じた代償としては、安い位だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] サイフォース能力者に傷を負わせるとは!! 宮本武蔵、その腕は甦った後でも変わりなし!!(゜Д゜;)
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